ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編1)
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17.盗賊団ふたたび‐1
「で、何があったわけ?」
異様な光景に、思い切り眉をしかめて開口一番リリアが言った。
リリアでなくとも、そう聞いたに違いない。
砂地の道路には人が争っていた様子がありありと遺り、そこに泣き崩れる老人がいる。
老人を宥めている屈強な戦士――セイだ――と、少し先に何者かに突き飛ばされたらしい細身の剣士――アレクシアである――が尻餅をついている。
「アル、大丈夫?」
「うん。ありがと」
ディクトールが差し出した手をとって立ち上がる。アレクシアが服に着いた砂を払っていると、もうひとつ、影が動いた。
「俺は後を追うが、あんたらはどうする?」
「あんた誰よ?」
今まで家の壁にもたれていたのだろう。様子を伺っていたらしい男が、アレクシア達に歩み寄りながら言った。
突然上がった声に、リリアが喧嘩腰な質問で返す。
暗がりの中、表情は見えないが、男は肩を竦めたらしい。金色の髪が闇に浮いて見えた。
「あんたらとご同業だと思うぜ」
街灯の下に進み出た男の容姿に、リリアが息を飲んだ。その様子にセイがほんの少しだけ眉を歪めたが、恐らく金髪の男以外は気付いていない。
「目的も同じはずだ。ここはひとつ手を組まないか?」
端正な容姿に人懐っこい笑みをたたえ、リリアにその笑みを向ける。リリアの隣にいたセイには、彼女の「あら、ちょっと」というハートが飛びそうな浮かれたつぶやきが聞こえた。
「目的って何のことかしら? あたしにもわかるように説明して下さらない?」
先程までの刺のある態度はどこへやら、途端に態度を軟化させるリリアに、仲間達は曖昧な笑みを浮かべる。リリアがいい男に弱いのはアレクシアの時で判明済みだ。
(あーあ、かわいいというか、判りやすいというか…。そんなにいい男かなぁ…)
女の子らしくしななど作りながら、男の話を聞いているリリアと、一見人の良さそうな青年とを、アレクシアは観察する。リリアのように、男を異性として見たことがないアレクシアには、彼女の色めき立つ気持ちが解らない。
青年の容姿が整っているのは認めるが、だからといって特別な親しみ等感じないし、特別な感情というのなら、セイやディクトールに持っている感情の方が余程特別だと思う。リリアに言わせれば、頭から間違っていると否定されそうだが。
じっと青年を観察するアレクシアを、ディクトールも落ち着かない気分で見つめている。
リリアほど露骨でないにしても、アレクシアがあの青年に興味を持っているように見えた。
それが青年の人為を見極める為だとしても、自分が恐れていることへの布石となりそうで恐いのだ。
セイでもない、自分でもない。知らない誰かに心惹かれていくアレクシアを見ることが、何より恐い。彼女が女性として美しく花開き、自分の知らないモノになってしまうことが。
異なる視線を浴びながら、青年は話続けている。その目はもう、リリアだけに向けられてはいない。順に四人を見遣り、やがてセイを交渉相手と決めたらしい。
曰く、彼もまた黒胡椒を求めていること。黒胡椒を販売している店の娘が人掠いに掠われ、娘を救うべく娘の恋人である使用人が先程飛び出していったこと。セイが手を貸している老人が、黒胡椒屋の主人であること。
「俺はレイ。事は急を要するぜ。ここは協力した方が得策だと思うんだがね」
真正面にやってきて握手を求めて来た青年に、セイはくいくいとアレクシアを指差す。
「?」
「オレじゃない。うちのリーダーはあっち」
くるりと青年はディクトールを見て、一瞬怪訝そうな顔をした。
「あの神官が?」
「違う違う。その横の小さい方」
言われるままにアレクシアを見た青年は、眉間の皺をますます深くした。冗談だろうと言いたげにセイを見る。
その反応に、今度はセイが怪訝な顔をした。確かにアレクシアはセイやディクトールに比べて背丈こそ小さいが、そこまで反発されるほど頼りなくは見えない。
「女がリーダー? あんたら気は確かか?」
小ばかにしたような青年の発言に、アレクシアは方眉をぴくりと跳ね上げた。髪を短く切り揃え、男の服を着ている。これまで一目でアレクシアを女と見抜いた者はいなかった。それをこの男は、初見で、しかもこの暗がりで、アレクシアを女だと決め付けたのだ。油断がならない。と言うより、女を見下した態度が気に入らなかった。
「わたしがリーダーだと何か問題でも?」
青年の正面まで進み出て問う。自然口調はきつくなり、値踏みするような不躾な男の視線に、見返す目付きは悪くなる。
「…いや?」
半笑いを浮かべ、尚も小ばかにしたような態度を崩さないレイに、アレクシアの態度が軟化しようはずもない。
「協力するメリットがこちらにあるのかな? まあ、ついて来るのはあなたの勝手だ。邪魔だけはしないでもらいたい」
身長差のせいで、見上げるしかないのが余計に勘に触る。吐き捨てるように言って、アレクシアは青年の横を擦り抜けた。
向かった先は黒胡椒屋の老人の元だ。
「ご主人。お怪我はありませんか? お孫さんはわたし達が連れて帰ります。安心してお待ちください」
にこりと微笑むアレクシアに、老人はこくこくと頷いて、二人を頼むと泣いて縋った。
安心させるようにもう一度微笑んで、アレクシアは仲間達に出発を告げる。
休む間も無いのかと、セイはひそかに天を仰いだ。
橋を渡った森の中にある洞窟に、最近人掠いが住み着いたらしい――そんな噂だけを頼りにバハラタの街を飛び出したアレクシア達一行は、早速行き詰まっていた。
土地に不慣れな上に夜。森を探索しろというのが無理な話で、四半時も歩かないうちにアレクシアは後悔し始めていた。
熱くなっていた自分を自覚はしていても、原因が同行していたのでは素直に反省も出来ない。
それもこれもこいつのせいだと、レイのせいにしてしまえるほど無責任にもなれず、アレクシアは月を見上げて途方に暮れていた。
「川傍の洞窟なんていうと、滝の裏側を連想するけどな」
隣にやってきて、気遣わし気に声をかけて来たのはセイだ。セイの言う通り、洞窟の出来そうな地形を探ってみたが、この辺りにはそもそも滝がない。
気のない返事を返しながら、アレクシアはセイの顔を見上げた。
幼なじみには、どことなく落ち着きがないように見える。というのも、最近は彼の隣で口喧嘩をしていることの多かったリリアが、レイの隣にいるからだ。
リリアの猫被り振りには、ある意味感心する。
リリアとレイをちらりと振り返り、アレクシアとセイは二人同じタイミングでため息をついた。
「ったく、よくやるよ…」
「女の子ってのはよくわからん」
「っは、それをお前が言うか?」
「だって…」
思わず吹き出したセイだったが、口を尖らせて抗議するアレクシアを見て眉尻を下げた。仕方ないという言葉は互いに飲み込んで、かわりにくしゃりと頭を撫でてやる。
「確かにな。あんなアレク気持ち悪ぃや」
にかっと歯を見せて言われても、どう返したものか返答に困る。
自分でもセイのいう通りだと思うが、肯定するのもなんだか哀しい。
結局肯定も否定もせずに、頭の上の大きな掌を、振り払うことにした。
小休止はおしまいとばかりに、かじりかけの干し果実のかけらを口にほうり込んだ。
「ここでこうしていても仕方ない。行こう」
「行こうって、あてはあるのかい?」
すぐ後ろからかけられた声に、アレクシアとセイは体ごと振り向いた。
いつの間に近づいたのか、気配を感じさせなかった。レイの顔には相変わらずの笑みが浮かんでいる。
「洞窟の場所なら、俺わかるけど?」
アレクシアたちが行き詰まるのを待っていたということか。
道案内を買って出たレイの後をついて歩きながら、アレクシアはこの金髪の青年にますます不信感を募らせるのだった。
たどり着いた人掠いの寝蔵は、洞窟というよりは地下迷宮というのが正しいような人工的な建造物で、特徴のない正方形の部屋がいくつも繋がった造りをしていた。
人を惑わす造りは、古代に栄えた都市の遺跡を思わせる。実際、空間を歪ませた無限ループなどがあったことから、意地の悪い魔法使いの館だったのかもしれない。
やはりここでもレイの技術は役にたった。
旅の剣士だなどと言っていたが、持てる技術も足捌きも盗賊のそれだ。胡散臭い事この上ない。
「次はあっち」
どうやっているのかは不明だが、暗がりの中迷う事なく進んでいく。一見壁でしかない空間を探り、かちりと扉の鍵を外したレイは、手元を覗き込むリリアにはにこりと、後ろで待つアレクシアにはにやりと、得意げに笑って見せた。
「な? 俺は役にたっただろ?」
(やっぱやな奴!)
何もないと思われていた壁の向こうには、小さな真四角の部屋だった。
今までの部屋とひとつ違うことがあるとすれば、部屋の隅に階段があったこと。それも最近頻繁に使われている形跡がある。
「この上だな」
小さく言ってレイが視線でアレクシアを促す。
「どうぞ、リーダー」
恭しく前を譲る仕種が、芝居がかっていて腹立たしい。
擦れ違い様レイの皮肉な笑顔を睨み付け、どかどかと石の階段を上がっていく。その後を少し遅れてセイが続いた。
「あんまり焚き付けるなよな」
呆れたようなセイの言葉に、レイは肩を竦めて後を追った。
レイの後に、リリア、ディクトールと続く。
先に階段を下りていたアレクシアは、後ろの仲間を待つ事なく、ずんずんと無人の廊下を進んでいた。
「おい、アレク! 一人で行くなって!」
慌てて追いかけて来たセイを一瞥すると、壁に掛けられたランタンを翳して辺りの様子を伺う。
廊下に面した広い空間は、空の酒瓶や食べ物の残骸が散らかっている。更に奥には廊下があって、その先に人の気配がした。
ランタンを左手に、右手に剣を持って、アレクシアはセイに目配せする。セイも戦斧を両手に構え、無言で小さく頷いた。二人の様子に、追い付いて来た三人も、それぞれ戦いに備えた。