ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編1)
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16.バハラタ

 アッサラームで備品を買い揃えたアレクシア達4人は、ポルトガ王に言われた通りにアッサラーム東の山脈に向かった。
 岩場の洞窟に住むホビットの抜け穴を通り抜け、山脈を越える。
 大陸を分断している山脈を越えると、辺りの生態系は一変した。砂漠で独自の進化を遂げた、火を吐く芋虫や、やたらと固い上にスクルトまでかけてくる蟹に比べれば、驚くようなものではないにしても。

「神の聖句、汝紡ぐことを許さず。マホトーン!」

 呪文を唱えながら繰り出したディクトールの槍が、闇の生き物を貫く。
 隣では、呪文を封じられた魔物が術を発動しようとした姿勢のまま、あっさりとセイに切り倒されていた。
 アレクシアとリリアはあっさり片付いた戦闘に、複雑な表情で武器を収める。
 アッサラーム以来問題なのは、魔物ではなく仲間内――アレクシアとディクトールの間――に流れる微妙な気まずさの方だ。

「あの、さ。ディ。何か、あった?」
「べつに、なにもないよ?」

 おずおずと声をかけると、いつも通り微笑んで答える。
 けれど幼なじみのダークグリーンの瞳は、以前のように真っ直ぐアレクシアを見ない。

(まだ、気にしてるのかな…)

 夢を見た日以来、ディクトールとはまともに話をしていないような気がする。

(気まずい…)

 列の最後尾を歩きながら、アレクシアは打開策を見つけあぐねていた。



 バハラダの街に着いたのは夜も更けてからだった。
 霊峰ガナルから注ぐ聖なる河の辺(ほとり)にあるバハラダの街は、主神ミトラの大神殿ダーマ巡礼者の中継点であり、河女神ラーチャ信仰の中心でもある。
 魔王などというものが現れ、魔物が跋扈するような時代になっても、街には巡礼の旅人が訪れるようだ。
 寂れた風もなく、といってアッサラームの様に騒然としてもいない。

「なんか、いいな。なんつーか、落ち着く」
「そうね。冬の間はここに逗留できたらいいわね」
「オレら、ゆっくり冬眠してていいのか?」

 リリアととりとめのない話をしながら、街の中抜け通りをぶらぶらと歩く。何気なく後ろの様子を伺えば、俯きながら歩くディクトールと、最後尾をとぼとぼとついてくるアレクシアの姿。セイは盛大な溜息をついた。

(どーしたもんかね。欝陶しい)

 困った顔で笑い、がしがしと頭をかくセイを、リリアが小突いた。

「ちょっとあんた、ほんとに何したのよ?」
「なーにが」
「アルは解るわよ。ディのせいよね。で、ディがああなったのはあんたのせいよ!」

 びしりと突き付けられた指を退け、セイは曖昧な笑みを浮かべる。

「なーんで、なんでもかんでもオレのせいにするかなぁ…」

 ディクトールがああなった訳をセイは勿論一部は理解している。原因が自分にあると言われれば、否定できないかもしれない。
 女相手に自信を無くした時は、女で自信を取り戻すのが一番と、馴染みの店にディクトールを連れていった。清廉潔白な僧侶には、荒療治でもショック療法が有効だと思ったのだ。
 セイの思惑通り、ディクトールは何かを吹っ切った。しかしそれはアレクシアとのこととは無関係なところで、逆に幼なじみの心を傷付けたような気もするからだ。

「だってあんたのせいじゃない。なにしたのよ?」
「いやぁ?」

 まさか、ぱふぱふ小屋に行ったと正直に話せる訳もない。そこでディクトールが体験した悍ましい経験を話したら、何故それを知っているのか追及されるに決まっている。ディクトールがそうしている間、自分がどうしていたのかも。
 ぐいと迫るリリアから、セイは体ごと目を反らした。あからさまなその態度に、リリアは柳眉を吊り上げてセイの襟首に掴みかかり、体重をかけて引っ張った。

「人の目を見て話しなさいよっっ!」
「っとっと、危なっ」

 バランスを崩して前飲めりに転びかける。このままでは小柄なリリアを潰しかねない。
 もちろん、戦士として修練を重ねて来た「武器屋の」セイたる者が、いくら不意うちを喰らったとは言え小娘一人の体重を支えられないわけがない。
 しかしここは…

「きゃ…」
「おっと」

 バランスを崩した振りをしてリリアの細い体を掻っ攫う。
 話をうやむやにするには持ってこいだ。ついでにいつもは見せないリリアの素顔も覗けて口元が緩む。
 軽々と横抱きに抱き抱えられ、真っ赤になったリリアが文句を言おうと口を開いた時

きゃーーー!!!

 夜のしじまを悲鳴が引き裂いた。

「どうした!?」
「あた、あたしじゃないわよ?」
「ばか。当たり前だ」

 駆け寄ってきたアレクシアに、見当外れな答えを返したリリアを地面に下ろしながらセイが苦笑する。
 まだ赤い顔のリリアの髪を撫で、セイは優しく微笑んだ。その笑顔にリリアがどきりとしているうちに、セイはアレクシアに真面目な顔で向き直っている。

「あっちだな」
「ああ。リリア、後から来い。ディクトール、リリアを頼む!」
「わかった」

 アレクシアとセイは頷きあい、声のしたほうに走り出す。
 残されたリリアは、熱の残る頬を押さえながら、恨めしそうにディクトールを睨み付けた。
 睨まれたディクトールは何も見てないよとでもいいたげにわざとらしく顔を背けた。
 ディクトールがなにか言う前に、リリアは口を開く。問題のすり替えは得意分野だ。

「で、何があったのよ」

 悲鳴のほうは二人に任せておけば問題なかろう。ゆっくり歩いていくことにする。

「何が?」
「何って、あんたアッサラーム以来おかしいじゃない」

 ああ、と一人ごちて曖昧な笑みを浮かべるディクトールから、リリアは視線を外さない。

「言わなきゃ、ダメかなぁ?」

 じっと見つめる赤い瞳に、居心地悪く身じろぎする。自分自身持て余し気味の感情を、仲間に吐露する気にはならない。話してみたところで、解決することでもないとディクトール自身が解っていることだ。

「…あくまで話す気はないのね」
「ごめん」

 小さく頭を下げた神官に背を向け、リリアは盛大に溜息をついた。

「見てて苛々すんのよ! あんたは暗ったいし、アルはあんたに気を使ってるし! 言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいじゃない!」

 ディクトールはわずかに苦笑したようだ。

「言えないよ」

 口の端しに浮かんだのは、自嘲の笑み。

「言えるわけ、ないよ」
「ディ?」

 俯いた青年の表情は、濃い影に埋もれて窺い知ることが出来ない。

「あたし、にも…?」

 幼なじみではない。ある意味部外者である自分になら、話せるのではないかと思った。
 けれどディクトールは濃い闇に顔を隠したまま、首だけ振る。

「セイにも、リリアにも、誰にも」

 もの心ついてから今まで、彼を作って来たものだから。
 憧れ、望むこと。そしてそれを失うことへの恐怖。
 希望と絶望は、常に表裏一体。
 それでも望んでしまう、己があさましさに嫌悪する。

「そう。わかった。なら、仕方ないわね」

 ふ、と緊張を解いてリリアが笑う。

「ただし、アルにあんな態度取らせるような真似しないで。ほんっと欝陶しかったわよ。この数日!」

 唸りをあげて噛み付いてきそうな、リリアの様子に、ディクトールは苦い笑いを浮かべる。困惑や、嘲りではない、正しい意味での笑みだ。それを見て、リリアもにやりと笑う。

「悩むのはあんたの勝手よ。あたしに迷惑さえ掛けなきゃ、ね」
「う、く…。気をつけるよ」

 青年の腹に、軽く肘打ちを入れて、リリアはぽきりと間接を鳴らす。

「さ、アルが心配だわ。早くいきましょ!」
「あ、ああ。待ってよ!」

 駆け出したリリアの後を、一拍遅れてディクトールは追いかけた。
 蟠りが無くなるわけではない。裏なる闇は、失くなりはしない。
 それでも前を向いて走って行けるうちは、向かう先に光があるうちは、闇に捕われることはない。
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