ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編1)
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(13.夢見のVerアレク)
15.既視感

 森の中の一本道を一人歩いていた。
 辺りは侵しがたい静寂に包まれている。
 霧掛かったその坂を上ると、行き止まりは切り立った崖になっていた。
 眼前には、堪える事なく流れ落ちる滝。
 滝は霧の中に消えて、何処までも落ちていくかのようだ。

 ――あなたの名は…?

 不意に声が響く。
 驚いて、辺りを見渡すけれど、人の気配はない。

 ――あなたの真実の名を教えてください

 声は頭の中に直接響いていた。
 懐かしい。
 母を思わせる優しい声。
「わたしは…。わ、たし…?」

 わからない。
 自分の名前も、自分が何者なのかも。

「あっ」

 呆然と立ち尽くす少女を、風が翻弄する。
 風が止んだとき、少女は不思議な浮遊感に包まれていた。
 足元に自分の姿を見るという不思議な現象に、自分が意識だけ空中を浮遊しているのだと気付く。
 眼下の風景は急速に揺らぎ、遥かな高みから世界を見下ろす。今まで立っていた崖など、小さな点にすら見えない。

(これが、世界)

 碧く広がる海。
 そこに点在する緑の大地。
 と、その陸地の一つに炎が上がった。

(火山だ)

 天空から一閃した光が、大陸の中心にそびえる高山を撃った時、山は覚醒した。
 轟と揺れ、吠えた山は赤々と焔を噴き上げる。
 噴火は大陸中の山々に拡がり、熔岩が全てを飲み込んだ。

(やめて!!)

 少女は天に向かい叫んだ。まるで、そこに住まう神が、惨事を引き起こした事を知り、責めるように。

 ヤメテ ヤメテ
 あそこには私の守りたい、守らなければならない人がいるのに!

 悲鳴はやがて呪詛になる。
 無力な自分を、無慈悲な神を、少女はちっぽけな魂の全てをかけて責め叫んだ。



「アルっ!」
「いやあぁぁぁぁっ!!」
「どうしたっ!?」

 悲鳴を上げたまま、がくがくとリリアに揺さ振られて目を醒ました。
 悲鳴を聞き付けたのだろう。武器を手に隣室のセイとディクトールも駆けこんでくる。

「大丈夫? アル、僕らがわかるかい?」

 落ち着きなく瞳をさ迷わせ、肩で激しく息をしているアレクシアの額に、ディクトールは神の名を称えながら触れようとした。

「偉大なる主神ミトラ…」
「!? いやっ!」
「アレク?」

 したたかに振り払われた手に、ディクトールは表情を無くした。
 目を丸くして仲間達が立ち尽くす中、アレクシアはただ体を丸めて、泣いた。



「夢?」

 腫れてしまったアレクシアの目に冷やしタオルを乗せてやりながら、リリアはオウム返しに聞き返す。
 あれからしばらく、アレクシアは全てを拒絶するかのように泣いた。
 ひとしきり涙が出てしまうと、どうして自分が泣いていたのかよく分からなくて、急に恥ずかしくなって来た。
 仲間達に悪いことをしたと、隣室に声をかけると、落ち込むディクトールをセイと二人で慰めていたらしいリリアが、アレクシアの泣き腫らした目を冷やそうと、再び部屋に押し込んだのである。

「うん。よくわからないんだけど、凄く悲しくて辛い夢」
「…なにか、嫌な事でもあった?」

 声をひそめて問われたので、アレクシアはタオルを外してリリアを見た。神妙な顔付きのリリアに思わず笑みが漏れる。

「いや。そういうんじゃないんだ」
「そう? なら良かったけど」

 言いながらタオルを当て直させる。

「冷やしとかないと腫れが引かないでしょ」

 その時、くぅ〜と腹の虫が鳴った。ぐっと言葉に詰まるリリアに、アレクシアは口許だけで笑う。そういえばもう昼に近い時間だというのに、朝から何も口にしていない。
「何か食べよう」と言おうとしたところへ、控え目にドアが叩かれた。この叩き方はディクトールだ。

「どうぞ」

 言うが早いかがちゃりと遠慮なくドアが開く。開けたのはセイだろう。許しも請わずどかどかと中に入って来てリリアに怒られている。

「飯もらってきた。食うだろ?」
「やーん、ディクトールったら気が利くんだからぁ!」
「いやオレが…」

 セイの発言はきっちり無視して、リリアは食事をテーブルに並べ始める。肩を竦めるセイの代わりに、ディクトールが食事の支度を手伝った。

「ありがと♪ ディ」

 あからさまな作り笑顔で言うリリアに、セイはケッと不機嫌顔だ。
 これまた断り無しにアレクシアの隣に乱暴に腰を下ろす。
 濡れタオルをずらしてちらりと様子を伺うと、そんなセイと目が合った。

「何やったんだよ?」
「なんでもねぇよ」
「怒ってるじゃないか」
「知らねぇよ。あいつが勝手に怒ってるんだろ。生理じゃねぇのあづぅっ!!」

 こっそりひそひそやっていたつもりだが、しっかり聞こえていたらしい。
 恐いくらいの笑顔で、リリアがこちらを見ていた。右手は湯気の立ったナプキンを投げ付けた体制のままである。

(怖…)

 食事や水を投げ付けては部屋が汚れる。わざわざ濡れナプキンをメラ辺りで熱したのだろう。
 顔面を押さえて悶絶するセイを憐れに思うよりも、リリアに対する恐怖の方が勝った。

(セイ、ごめん)

 ここでセイに同情して手当てなどしたらリリアが怖い。
 内心で舌を出し、アレクシアはセイに心の中で謝った。

「はい。アル」
「あり、がと」

 わざとらしいほどにこやかに差し出されたサンドイッチを、アレクシアは強張った笑顔で受け取った。



 遅い朝食を済ませた後、アレクシアは仲間達に夢の内容を語った。
 今出来る精一杯の笑顔でなんでもないのだと、取り乱した事を詫びる。

「ディも、ごめん」
「ん、いいよ。気にしてない」

 ディクトールは首を振ったけれど、気にしているのは一目瞭然だ。
 アレクシアに拒絶されたことに、実はかなり傷付いている。
 どうして彼がそこまで傷つくのか、その理由までは、アレクシアは気付いていない。アレクシア自身、あの時ディクトールの手を振り払った理由がよく解らないのだ。
 アレクシアは、浮かない表情の幼なじみを、どうしたものかと、助けを求めるようにいまひとりの幼なじみを見上げた。彼女としては、あの時無性に忌まわしく感じられたのはディクトールではなく、彼が口にした神の御名であり、なぜああも嫌がったのかが今になってはよくわからない。それをそのまま伝えても、神に仕えるディクトールにはショックだろう。逆に話がこじれるような気がした。
 アレクシアの視線を受けて、セイはやれやれと内心で肩を竦める。
 指についた肉汁を舐め取り、セイはやおら掛け声をあげて立ち上がった。

「っし! 出発は明日にして、今日は自由行動にしようぜ。リリアはアレクについててやれよ。ディ、買い出し行こうぜ。お前の装備新調しよう。俺が見立ててやる」
「え? ええっ?」

 ディクトールの反応を待たず、ぐいと腕を引いて半ば引きずるように立ち上がらせる。

「じゃ、よろしく」

 呆気に取られているリリアとアレクシアに、セイはパチリと片目をつむって見せた。



 秋とは言え、砂漠が近いアッサラームの空気は熱く乾いている。正午近くになる今時分は、陽射しも肌を焼くようだ。
 夜中賑わう街だが、何も昼間は眠っているわけではない。酒場も、店も賑わっていた。

「お、ここだ」

 有無を言わさず引っ張って来たディクトールに、セイはにんまりと笑いかけた。
 その笑みに嫌な予感を覚えたディクトールが身を固くする。こんな時のセイは録な事を考えていない。

「ぶ、武器屋にいくんじゃなかったっけ?」

 眼前の店は、見るからに武器屋ではない。旅に関係する類の物を売っている様子もない。

「お前もさぁ」

 やれやれと首を振ったかと思うと、セイはディクトールの肩に太い腕を廻すとにかぁっと歯を見せて笑った。

「固いんだよ。アッサラームだぜ? 楽しめよ!」
「ええっ? ちょっ」

 強引に屋内に連れ込まれ全てを悟った。
 きつい粉白粉の香り。
 ディクトールも男だ。興味がない訳ではない。訳ではないが…

「あら」

 暗がりの中から姿を見せた女が驚いた顔をして、それから艶っぽく微笑んだ。

「いらっしゃい」
「まだ早いけどいいか?」

 ディクトールを見ないまま指差し、セイは女と商談を進める。

「あんたの紹介なら断れないわ。お友達は初めてよね?」
「ああ。よろしく頼む」

 顔を上げることも出来ないディクトールは、成すがままに薄暗い一室に連れていかれ…

 その日、若き神官の悲鳴がアッサラームの街に響き渡った。
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