ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編1)
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12.夢見

 誰かに呼ばれている。
 懐かしい、優しい声。
 これは夢だとわかっているのに、その声に抗うことが出来ない。
 導かれるままに、長い坂を登る。
 坂を登りきるとそこは切り立った崖で、眼前には滝が流れ落ちている。
 清涼な空気。
 空はどこまでも青く、高い。

 ――レイモンド

 ――あなたの真実の名を教えてください

 問われる事はいつも同じ。答えも一緒だ。

「俺には真実の名なんてない。俺はレイモンドだ」

 声は決まって悲しそに「そうですか」と返し、そこで目が覚める。
 だがその日は、少し勝手が違っていた。
 崖の上には既に先客が一人。

(女…?)

 まだ大分距離があるのに、レイモンドにはその人影が女だと分かった。
 まだ幼い、ほんの少女だ。
 体の線はほっそりとしていて、強い風が吹いたら、崖の下に投げ出されてしまうのではないかと思われた。
 レイモンドが近付くと、少女は真っ直ぐにレイモンドを見た。
 心の内側に、まっすぐ入り込んでくるような、曇りのない眼差しで。

「………」

 無意識に名前を呼んだ。それが彼女の名前だと、自分は知っている。
 それは、魂に響く、愛しい音。

「……」

 少女もまた、名を呼ぶ。それは彼の名前だ。
 彼の全てを揺さぶる真実の名。
 磁石のように惹かれ合う。
 互いの手を取り合った時、光が、弾けた。


 ――運命の輪は回り始めました

 ――お行きなさい。定めの子らよ

 ――あなたがたの上に、精霊神ルビスの幸多からんことを




「っ!」

 ばっと肌掛けを振り払って起き上がる。
 素早く視線を走らせたそこは、間違いなく自分のねぐらだ。
 夢の中で、自分は光になった。そして世界の各地を旅していた。傍らには、あの少女がつかず離れずついて来ていたように思う。
 この手に触れた、温もり。

「ばかばかしい」

 感触を掻き消すように、レイモンドは強く拳をにぎりしめた。
 部屋の隅に放ってあった上着を羽織って、簡単に身支度を整える。
 今日はテッドの仕事を手伝わねばならない。もたもたしていたらどんな文句を付けられるかわからない。
 レイモンドは摂るものも摂らず、急ぎねぐらを後にした。




 テッドの制止を聞かずに地下通路を戻りながら、レイモンドは今朝の夢を思い出していた。
 夢で出会った少女の事。彼女の名前。
 夢の中の出来事なのだから、当然なのだが、確かに言ったはずの名前を覚えていない。
 定めだとか、運命だとか、そんなものは知らない。
 神の加護なんかいらない。そんなものなくたって、自分はこれまで生きて来た。

 神が、いるのならば…

「ばかばかしい」

 吐き捨てて、闇を蹴る足に力を込める。
 所詮は夢だ。
 けれど心のどこかで、もう一度彼女に会いたいと、会えるに違いないと思っている自分がいる。

 ばかばかしい。

 もう一度吐き捨てて、あれはただの夢だと自分に言い聞かせる。

「?」 

 自分の足音に紛れて、何か音がした気がして、足を止めた。

(…気の、せいか…)

 辺りの気配を伺うが、異常はないように思えた。
 再び歩き出したレイモンドは、闇の中で自分を見つめる一対の目があったことを、知らない。
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