ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編1)
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10から話が飛んでいます。わかりづらくて申し訳ないです


11.父の背中

 フリーランスの傭兵、アリアハンの勇者オルテガと共に並び立つサマンオサの英雄サイモン。
 魔王バラモスの討伐に旅立ったのは、なにもオルテガに限った事ではなかった。サマンオサのサイモンもまた、魔王討伐に旅立った英雄の一人であったのだ。
 ただ、彼の英雄は、狂気に侵された国王に国家反逆の大罪人として投獄され、いずことも行方が知れなくなっていた。

 それから、15年…

 オルテガに子がいたように、サイモンにも子があった。
 その違いは明らかで、勇者の後継ぎとしてオルテガの子は将来を嘱望されたのに対し、サイモンの子は大罪人の子として後ろ指を指されて育つ。
 幼いうちに父を失い、心労の末に母も早くに去った。残された子供の行く末等、どこの国でも大差はない。
 英雄サイモンの子は、それと知られぬよう街の暗がりへ暗がりへと潜み、18歳になるころには一端の――それも一目置かれるほどの盗賊に、育っていた。


「おい、レイ。知ってっか?」

 興奮気味に話しかけて来た仲間に、金髪の青年はうるさそうに視線を向けた。けだるげな様子で先を促す。

「アリアハンから勇者が旅に出たらしいぜ。これでちったぁ世の中住みやすくなるんじゃねぇか?」

(ちっ。おめでたい奴)

 内心で舌打ちしておいて、レイモンドは脳天気な仲間に適当な相槌を返した。

(そいつが魔王を倒したら、なんだってんだ? だいたい、魔王を倒すって保証もないのに、今から浮かれてどうする)

「期待するのは勝手だけどよ、滅多な事はいうもんじゃないぜ」

 どこに王の間者が潜んでいるかわかったものではない。
 国や王にたいしてちょっとでも不満を口にしようものなら翌日は首と胴体がさよならしているようなご時世なのだ。
 昨日までの友人が、我が身可愛さに密告者にならない保証はどこにもない。
 仲間――ガズに、レイモンドは気をつけろと言った。

「そうかなぁ。あのオルテガの息子だっていうじゃねぇか。もしかするともしかするかもしれねぇ」

 巻き煙草に火を点け、ガズは直も言い募る。
 レイモンドは今度こそ、ちっと舌打ちして顔を歪めた。

「おい、やめろ」

 幻覚作用と強い常習性のある、その甘ったるい麻薬の煙が、レイモンドは好きではない。
 現実から逃れるための手段に、この街の弱い奴らが好む嗜好品のひとつだが、確か先代の王の時代には禁忌とされていたものだ。
 常習者の末路を、レイモンドは知っていた。
 他でもないレイモンドの母が、そうだったからだ。
 正常な判断力を失い、薬の効果が切れても幻覚を見続ける。夢と現の堺を失い、時に己が内面の恐怖に発狂する。
 そして気力を失い、食べることも眠ることも出来なくなり衰弱死するのだ。

「俺の稼ぎで俺が何しようと勝手だろ」
「そうだが、そいつだけはやめておけ。前にも言ったろ?」

 不満げなガズに、言うことを聞かないならコイツで解らせてやる、と腰のダガーに指を触れる。ことダガーの扱いにかけて、仲間内でレイモンドに敵うものはいない。
 レイモンドの瞳に燈る剣呑な光に、ガズはしぶしぶ火を点けただけだった巻き煙草を揉み消した。
 けれども火を消したそれを、大事そうに懐にしまう。
 やめるつもりはないらしい。

「少なくとも、俺の前では吸うな。俺はそいつのニオイが嫌いなんだ」
「わかった」

 懐のものに未練があるらしいガズに、やれやれと肩をすくめて立ち上がる。
 禁断症状でキレられる前にいなくなったほうが良さそうだ。
 人を斬ることには何の抵抗も感じないが、知り合いを相手にはしたくないものだ。

 母親の事を抜きにしても、レイモンドはあの煙が嫌いだった。
 この匂いを嗅いだ日は夢見が悪い。
 おかしな夢を見るようになったのは16歳頃からだろうか。
 思春期の気の迷いかと思っていたが、どうやらそうではないと最近は思い始めている。

「ほどほどにしとけよ」

 と言い置いて、レイモンドは路地を出た。
 建物の影から影へ、街の闇が濃い方へと歩いていく。とはいえ、街の表通りにも人気はまばらで、表通りも裏通りも同じようなものだ。
 レイモンドの知る限りこの街が活気に満ちていた事等一度もない。
 それでも裏の世界に生きる者は、街の闇に潜みたがる。

 ひどく自然に、けれど油断なく辺りを伺ってから、レイモンドは朽ちかけた建物に足を踏み入れた。
 軋む床板を歩いて階段に向かうと、物乞いらしき男に挨拶する。
 ちらりとこちらをみた男は何も言わずに道を開けた。
 サインを知らない人間は、ここから先は入れない。
 ここはサマンオサの闇が集う場所。盗賊ギルド。

 目的の部屋の前に、見知った男がいた。
 額に翳した指が、ちょっとだけ不自然に曲がっている。

「ぃよう、レイ」

 男のサインは仕事を手伝えと告げていた。

「やあ、テッド」

 こちらも了解したとサインを返し、言葉を続ける。

「頭に呼ばれてるんだ。通してもらうぜ」

 男はおどけた様子で体をどかす。
 実は扉の横の壁が、ギルドマスターの部屋に通じる隠し扉になっているのだ。
 いつも誰かしらがこうして、扉を塞いでいる。
 程なく広くもない空間に行き着く。その辛うじて小部屋と呼べそうな空間に、柔和な笑みを浮かべた老人がいた。

「レイモンド」

 一見、どこにでもいそうなこの老人が、サマンオサの裏世界を牛耳る盗賊ギルドの長である。
 5歩の距離で不動の姿勢をとったレイモンドに、老人が呼び掛ける。

「おまえの父親の行方が掴めたぞ」

 表情を変えずに聞いていたレイモンドの肩がぴくりと動いた。

「サイモンは北の祠の旅の扉から連れて行かれたそうだ。どうするね?」

 王都から正規の方法で出ていくには王の許可がいる。
 まして国外に人が出ていく事は厳禁とされていた。
 山間の国サマンオサと外界を繋ぐ唯一のルートである旅の扉は国王の管理下にある。
 生半可な方法では外へ出ることも、外から入ってくる事も出来ない。
 現在のサマンオサは鎖国状態にあった。

「どうする、って…。俺は別に、親父を探そうなんてつもりは、べつに…」

 笑おうとした口許は奇妙に歪み、平静を装うとした口調は、完全にレイモンドを裏切った。
 幼い頃、別れたきりの父親。
 父を知る人物からは、若い頃の父親に似て来たという自分。
 顔だけ似ても、サイモンと自分は違う。
 英雄と呼ばれ、家庭を顧みず、最後には反逆者として投獄された男。そんな男の事を愛し、信じ続けて死んでいった可哀相な母。
 すべてを解るには当時の自分は幼過ぎて、すべてを割り切るには今の自分はひねくれすぎていた。

「俺は…」

 父に似ていく息子の成長を喜び、息子に夫の影を重ねて、恨み言一つ言わずに死んだ母。
 息子にも、夫のような立派な人物になれと教えた母。
 期待に応えたかった。けれど逆に、自分自身を認めて欲しくて反発した。
 拳を固め、唇を噛む養い子を、老人はじっと見つめていたが、やがて若者の後ろに声をかける。

「テッド、お前にレイを預ける」
「了解しました。端からコイツには手伝わせるつもりだったんでさぁ」

 振り返ると、いつからそこにいたのか、扉番のテッドがニヤリと笑っていた。
 レイモンドの気ままな街暮しが終わった瞬間だった。
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