ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編1)
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10.古代王の秘法
松明を翳して進む一行の前に、次から次へと魔物が襲い掛かってくる。
「キリがない!」
もうどれだけの魔物を土へ帰して来たのか。
剣を拭う暇すらなく、魔物の屍を乗り越えて、入り組んだ通路の影から、また新たな魔物が現れる。
「いったん下がろう!」
「さがるったって、どこへだよっ?」
背中にリリアとディクトールを庇いながら、アレクシアとセイは怒鳴りあう。
狭い通路ではとりわけでかいセイの戦斧は邪魔になる。専らセイは敵の牽制にまわり、アレクシアの直刀で確実に魔物にとどめを刺していく、という戦術を取らざるを得ないのだ。
自然アレクシアにかかる負担も多くなってくる。
「きょーほっほ」
「お前予備の武器買え!」
意味もなく笑い声を上げる笑い袋を切り伏せたアレクシアの横から、包帯だらけのミイラ男が襲い掛かってきた。
「しまっ」
剣の引き戻しが間に合わない。思わず覚悟を決めて、体を硬くしたアレクシアの耳朶を、ディクトールの鋭い声が叩いた。
「不浄なるものよ、ガイアの懐に還れ。ニフラム!」
ディクトールの放った青い光に包まれて、付近にいたミイラ男が消えうせる。
「ディ、助かった!」
礼をいいながら、アレクシアは火炎ムカデに切り掛かる。ディクトールを振り返っている余裕はなかった。
「アレク、先に行け!」
別の火炎ムカデが吐いた炎を盾で凌ぎ、双子の石像の影から魔物を牽制しながらセイが怒鳴る。
「頼む!」
二人のやり取りを聞き、目線だけ交わしてディクトールとリリアが走り出す。その後をアレクシアも追った。
「階段があるよ!」
「セイ伏せて! ギラ!」
返事を待たずに放たれた閃光は、セイの脇ぎりぎりを掠めて炸裂した。
「うぉ熱っ!」
咄嗟に身を捻ったが、軽く火傷を負ったらしい。
火を吐くような生き物に炎の呪文がどこまで効くのかは疑わしいが、魔物が怯んだ隙に、セイはくるりと踵を返した。
仲間に殺されると口の中で文句を言いながら、猛ダッシュで階段 に飛び込む。
入れ違い様に、アレクシアのギラとディクトールのバギが、セイの背後に迫りつつあった魔物を押し戻す。
縺れ合いながらも、4人は上層階に上がることができたのだった。
砂漠に偉容を誇る巨大なピラミッドでは、イシス女王の言った通り、罠と魔物に行く手を阻まれた。
とはいえ既に盗掘された迷宮の罠の殆どは無効化されていたから、主に行く手を阻んだのは魔物である。
外の乾燥を避けて入り込んだのか、蛙や芋虫がわさわさいる。
それも砂漠特有の進化を遂げたのか、はたまた魔王の影響か、火を吹いたり魔法をつかう厄介さだ。
王墓に埋葬されていたミイラや死体はそのまま生ける屍となって襲い掛かって来た。
リリアが「蛙も芋虫もお化けも嫌い!」と、女の子らしい悲鳴を上げていたのも最初の30分だけで、あとは悲鳴の"ひ"の字も出ない。
「慣れって怖いわね」
保存食をかじりながらリリアがぼそりと呟いた。
身を隠せる小部屋を見つけて小休止中である。
後ろは壁なので、今魔物が大挙してくると甚だまずいのだが、そこは見つからないことを祈るしかない。
リリアの呟きに通路を警戒していたセイはぷっと吹き出した。
「お前が蛙や芋虫にきゃーきゃー言ってる事のほうが…なんでもないです」
物凄い形相で睨まれてフェードアウト。もそもそと食事に取り掛かる。
「空気も飯もかさかさ。俺の心もひび割れちゃう」
壁に向かって訳の分からないことを言っていじけるセイに、リリアはふんっと鼻を鳴らした。
アレクシアとディクトールは顔を見合わせて苦笑する。
些細な事でやり合う二人だが、なんだかんだで仲がよいのだろうと思う。指摘すれば、二人して嫌な顔をするだろうけれど。
「そういえばセイ」
火傷をしていたんじゃないのかと言いかけて、アレクシアは動きを止めた。
壁に触れた手の感触に恐る恐る視線を動かす。
「どうしたの?」
半笑いの情けない顔のまま固まっているアレクシアに、全員の視線が集中した。
「な、んか…押しちゃった…」
恐る恐るどけたアレクシアの掌の下に、小さなボタンがあった。
見れば壁を挟んで反対側の窪みにも、似たようなボタンがひとつ。
4人はアレクシア同様微妙な表情を浮かべて互いの顔を見比べた。
「…罠、かな?」
「罠臭ぇ」
「で、でも、何も起きないよ? 大丈夫だよ」
「この際一つも二つも変わらないわよ! えい!」
「あ、バカ!」
「まんまるボタンはお日様ボタンー。小さなボタンで扉は開く。初めは東、次は西〜♪」
稚拙な節を付けて歌うセイを、アレクシアはじろりと睨み上げた。
「なんだそれ」
「あ、僕も聞いたよ。その歌」
セイとディクトールが二人して同じ歌を歌い出すのを、アレクシアとリリアは不思議な生き物を見るような目で見た。
4人は、あれから何度目かの階段を上っている。
「イシス城で子供が歌ってたんだ。ただの子守歌かと思ったけど、あれってこれの事だったんだね」
ははは、と爽やかに笑うディクトールに、アレクシアは珍しく殺意を覚えた。
これがセイだったら、躊躇なくグーで殴っていたに違いない。
固めた右手を左手で包み、ふーと長く息を吐く事でどうにか気持ちを落ち着かせる。
「もっと早く気付けば良かったね」
壁の小さなボタンは、玄室の大きな石扉を中心に左右対象、計4つあった。
押す順番を間違えると、床が開く仕組みになっており、階下に落ちる。
数えるのも嫌 になるほど落ちたので、試していないパターンはもう一つしかない。
一階と二階を何往復もするうちに、このフロアに巣くう魔物は一掃したらしい。自分達以外に動くものは見なくなっていた。
「ついでに魔物退治もしたって、女王様に報告できて一石二鳥だな痛っ」
有無を言わさずセイの事は殴るアレクシアである。
ディクトールの分も合わせて思い切り。
階段の上の段から頭を殴られたのはさすがに痛かったらしく、セイはその場にうずくまった。
「オレが何したってんだよー」
「うっるさいっ」
4つ目のボタンを押した時、ゴゴゴ…と重たいものを動かす音がした。
床は、抜けない。
「…やっ、た…?」
半信半疑の顔を見合わせ、真ん中の通路まで出てみる。
先程までそこを封じていた石壁がなくなり、立派な階段に続く道が現れている。
それを見て初めて、4人は快哉を叫んだ。
「あれ、か?」
「あれじゃないかしら?」
「あれかな?」
「あれだな」
階段を上るとそこは豪華な作りの大きな部屋だった。
装飾を施された柩が列び、場違いな木箱が安置されている。
「祟りとか起きないよな?」
セイの一言に、木箱に手をかけていたアレクシアがびくりと手を引っ込める。
そんなアレクシアを見たセイが、方眉を上げてにや、と笑った。
「あれー?」
殴られたことを根に持っているらしい。
にやにや笑いながら、アレクシアの顔を覗き込んできた。
「アーちゃんてば、お化けとか、怖がる人でしたっけー?」
幼なじみとは厄介な存在だ。舌が廻らず自分の名前を発音できなかった時の呼び名でからかわれる。むっとして、アレクシアはセイを押しやった。
ややヤケクソ気味に、アレクシアは木箱の蓋に手を掛ける。木箱は、呆気ないほど簡単に開いた。
中に入っていた銀色の鍵を手にしても、特に変わったことは起こらない。
ほっと胸を撫で下ろした時、アレクシアの首に、生暖かいものが触れた。耳元で低い声が響く。
「我が眠りを妨げるものは誰だぁ」
「きゃあああっ!」
思わず声を上げて頭を抱えてしまう。
堪え切れないという風に吹き出した声に勢いよく振り返ると、セイが腹を抱えて笑っていた。
その後ろでは必死に笑いを堪えている様子のディクトールと唖然とした顔のリリア。
「〜〜〜!!」
やられた! と思っても声も出ない。
顔を真っ赤にして今だ笑い続けるセイを殴るくらいしか、仕返しの方法を思い付かなかった。そしてあんな風に悲鳴を上げてしまったあとでは、それもいまいち決まらないのだった…