ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編1)
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9.イシス
まだ本調子ではないディクトールを一人宿に残し、一行はイシス女王ネフェルタリ4世に謁見した。
アリアハンの勇者、オルテガの息子、アレクシス・ランネスとして。
謁見の目的は、国内行動の自由の許可と、オルテガの軌跡を尋ねること。
玉座の間、清廉な空気が支配する空間で、絶世の美女と名高い女王は、神秘的な瞳を一行に向けた。
飲み込まれそうな威厳と気品。
これまでに謁見したどの国王にも感じたことの無いプレッシャーに、アレクシア達は畏まった。萎縮した、というべきか。床に落ちた視線を上げることも出来ない。
「よくぞ参られました。アリアハンの勇者よ」
大きくはない。けれど凜と響くよく通る声は、慈愛と威厳に満ちている。
平伏したままの一行に、女王は面を上げるように言った。
「ロマリア王よりの親書、確かに受け取りました。海峡を封じた鍵が欲しいそうですね」
「え?」
寝耳に水の内容に、思わず声を上げるアレクシアに、女王は首を傾げる。
「違うのですか?」
三人は顔を見合わせ、暫く逡巡――押し付けあいとも言う――した後で、アレクシアが口を開いた。
「畏れながら、女王陛下に申し上げます。わたくし達はネクロゴンドへ向かうための国境越えの許可を賜りたいのです。それから、父オルテガの動行も女王陛下ならばご存知かと」
真っすぐ女王を見る事は不敬とも思われたが、敢えてアレクシアはそうした。
女王もまた、アレクシアを真っすぐに見返してくる。
心の内まで見通すような女王の目が、不意に緩んだ。
子を慈しむ母のように、焦がれた恋人を見る少女のように。
「そう、あなたがオルテガ殿の…。いわれてみれば、母上によく似ている」
独白にも似た女王の言葉に、アレクシアは訝しげに眉をひそめた。母が父と旅をしていたなんて話は聞いたことがない。たんに自分が知らないだけで、自分が生まれる前に母も父と共にイシスを訪れたのだろうか。
アレクシアの様子に気がついて、女王はわずかに声を立てずに笑った。
「わたくしも、なにも常に玉座に座っているわけではありません」
「はぁ…」
イシス女王は、アリアハンを訪れた事があるといいたいのだろうか。無礼とは思いつつ、どう反応して良いのか分からず生返事を返す。
自分が両親のどちらに似ているかといわれれば、どちらにも似ていないような気がする。母にはあまり似ていないと思う。となれば、父と似ているのだろうか。
(それはなんかヤだな…)
これまで考えた事もなかった。誰に似ようと別にどうとも思わない。アレクシアはアレクシアだからだ。
それより今は重要な事が別にある。
「確かにオルテガは、14年前こちらに立ち寄りました。そして今のあなたと同じようにネクロゴンド越えの案内を求めました。結果から申し上げましょう、陸路で彼の帝国に行くことは不可能です」
「本当ですか!?」
思わず上げた声に、宮廷がざわめく。
至高神にして太陽神ミトラを奉じるイシスの宮廷で、虚偽を口にすることは禁じられているのだ。
そのミトラの巫女王である女王が、嘘などつくはずがないのである。
「失言でした。申し訳ありません」
ざわめく廷臣たちを制し、女王はにこりと微笑んだ。
それからなにやら指図して、大きな地図を持って来させると、アレクシア達に側に来るように命じた。異例の事にざわめく宮廷を、凜とした声で鎮める。
「アレクシス、イシスとネクロゴンドは一見繋がっているように見えますが、険しい岩山で隔てられています。人の足であの山脈を越えることはできないでしょう」
「そんな!? …でも、待って…オルテガはネクロゴンドの火口まではたどり着いた。どうやって…」
直ぐさま衝撃から立直り、ぶつぶつと己の考えを口にするアレクシアを、女王は温かく見つめている。
「船? 海路なら。大陸を回り込んでなら!」
勢い込んで地図を指差す。険しい山脈の間に、確かに細い川の流れが書き込まれていた。川は海に続いている。
女王を前にぶつぶつと一人物思いに耽るアレクシアの態度に、眉をひそめる者もいたが、女王は微笑んだまま頷いた。
「アレクシス。船は残念ながらポルトガに行かねば手に入らないでしょう。造船技術に於いて、彼の国以上に優れた国はないでしょうから。オルテガ殿もそうしたのです」
「父が?」
「ええ。ですから、ロマリア王も『魔法の鍵』をあなたたちに渡すように言って来たのでしょう」
困惑顔で顔を見合わせる3人に、女王は語った。
オルテガが旅立った後、ポルトガとロマリアが航海域を巡って争った事。
魔王侵略に脅かされる中、人間同士の 争いをしているときではないと、互いに不可侵の誓いを立て国境を封鎖した事。
その鍵が『魔法の鍵』と呼ばれる鍵で、先のイシス王の墓所に安置されていること。
仲介役であるイシスを含めた三国の同意無しに、この封鎖は解かれない事。
「ポルトガ王からは、すでに書状を預かっております」
商業国家ポルトガは、海運国とはいえ、陸路を封鎖しているデメリットを早い段階から感じていたらしい。
ネフェルタリはそこで一度言葉を切り、改めて3人を見つめた。
「アリアハンの勇者オルテガの子アレクシス。イシス女王ネフェルタリ4世の名に於いて、魔法の鍵の持ち出しを許可します」
「はい。ありがとうございます」
「墓所はここより北西、砂漠の中程に聳えるピラミッドです。盗賊除けの罠と近年そこに巣くうようになった魔物とで、誰も近寄ることが出来ませんでした。アレクシス、わたくしからもお願いします。魔物を退治し、我がイシス代々の王を安らかに眠らせてください」
「はい。必ず。女王陛下」
力強く頷くアレクシアに、女王は嬉しそうに笑う。
その笑顔があどけない少女のようで、アレクシアの心臓はどくんと高鳴った。
「アレクシス」
「は、はいっ」
声が裏返ってしまってますます赤面する。
(な、なに女の人相手にどきどきしてるんだ。私…)
「これをお持ちなさい」
女王は自分の指からひとつ指輪を外し、女官に手渡した。青い宝石の付いた指輪が、女官からアレクシアへと手渡される。
「祈りの指輪といいます。困難に陥ったときに祈りなさい。きっと役にたつでしょう」
手自ら賜ったものを返す訳にも行かず、アレクシアはその指輪を、恐縮しいしい受け取った。
それから、城を退したアレクシア達は、翌日再び砂漠に向かって街を出たのだった。