ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編1)
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8.戦う者

 魔物の咆哮。
 悲鳴。
 それから、重たいものがぶつかる音。
 尻餅をついたまま、アレクシアは呆然とそれを見ていた。
 アレクシアに被さるように倒れている白い神官服。そこに広がって行く赤い染み。
 周りの音が聞こえない。
 何が起きているのか理解できない。


 動かないアレクシアに豪を煮やし、リリアがディクトールの傷を止血しようと押さえる。
 魔法使いの華奢な指の間から、じくじくと命の証が流れていく。

「アル!」

 泣きそうなリリアの声。

「アレク!!」

 魔物と切り結びながらセイは怒鳴っている。

 仲間の声も、魔物の断末魔も、何も頭に入らなかった。

 ぱんっ!

 左の頬に微かな痛みと痺れ。
 触れた指に、ぬるりと赤い物が着いた。
 食い込むほどに強く肩を掴まれ、激しく揺さぶられる。そこにも、ねっとりと赤い染みが移る。

「アル! ディを治して! しっかりしてよ!」

 ディ…?

 治す…

 はっと息を飲んだ。
 停止していた回路が繋がり、瞬時に事態を理解する。
 突き飛ばすほどの勢いでリリアを押しやり、アレクシアはディクトールにとりついた。

「見えざる命の精霊よ。精霊ルビスに仕える者よ。我が言霊を糧として、汝が力を示せ」

 傷口に触れて、残されたありったけの魔力を注ぎ込む。

「ベホイミ!」

 一瞬アレクシアの手が強く光り、直ぐに光はディクトールの体に吸い込まれる。
 光が消えると、アレクシアは急な目眩を覚えてディクトールの体に突っ伏した。
 魔力を使い切ったのだろう。頭がくらくらして吐き気がする。

「アル?」

 延ばされたリリアの手を大丈夫だと制し、アレクシアはディクトールの傷を調べた。
 塞がっている。しかし出血の量が多かったためだろう。顔色は蒼白で、肌は冷たい。

「歩けるな?」

 いつの間に魔物を倒したのか、セイがアレクシアの腕を取った。アレクシアは頷き、よろけながらも立ち上がる。
 それからセイは、無言でディクトールを背負った。

「ちょっと! 無茶させないで!」

 ディクトール同様、真っ青な顔で足元も覚束ないアレクシアを支え、リリアはセイに噛み付いた。

「いい。リリア。大丈夫だから」
「何言ってるのよ! 真っ青じゃない!」

 歩き出したセイの後を、支えられながらアレクシアも歩き出す。

「セイ!」

 尚も非難の声を上げるリリアを、セイは視線だけで黙らせた。
 見ればセイも怪我をしている。
 ディクトールを担いだ肩は、人を担いでいるのが信じられないほどに腫れ上がっていた。

「ここにいれば、皆死ぬだけだ」

 ぼそりと落とされた呟きに、リリアはハッと息を飲んだ。
 戦士の正しさはわかる。唇を噛んで押し黙るしかなかった。


 30分も歩いただろうか、空が白み始めた頃、一行はイシスにたどり着いた。
 武装した旅人に、街の入口を守る衛兵は槍を構えて警戒したが、一行が重傷を負っていることを知るや一人は街へ、一人は4人の元に駆け寄った。


 街に入り、リリアが衛兵に事情を聞かれている間、三人はそれぞれに治療を受けた。
 とは言え、治療と言う治療が必要だったのはセイだけで、アレクシアとディクトールには寝台が提供されただけだった。
 半日もしないうちにアレクシアは回復し、肩を脱臼したセイも、包帯で腕を固定されてはいたが普段通りの生活が出来るようになった。
 回復したアレクシアが再びベホイミをかけ、イシスの医者にも診せたが、ディクトールだけは未だ昏睡状態にある。
 こればかりは体力の回復を待つより他なかった。

 明けて、ディクトールの看病をリリアに任せ、アレクシアとセイはイシス女王に謁見をもとめた。
 ロマリア王からの親書のお陰で、希望はすんなり通り、翌日一番の謁見が許された。

 砂の浸入を防ぐために、高い塀で囲まれたイシスの石造りの街中を、アレクシアとセイは言葉少なに歩いている。
 途中、道具屋に寄って薬草や聖水、使い物にならなくなった服や装備を新調した。
 いつもなら、値切るのが礼儀とばかりに生き生きと商談するセイは買い物の間も、道中もむっつりと黙り込んだままだ。
 城でもこの調子で、筋肉質で大きな形(なり)のこの男がこうしていると、知り合いのアレクシアでさえ近寄りがたい。

(だから、いつもふざけてるのかな)

 普段見ることのない男の背中を見上げながら、アレクシアはふとそんなことを思った。


 宿に戻った二人を出迎えたリリアは開口一番笑顔で言った。

「目を醒ましたわ!」
「ほんとか!」

 今まで黙りこくっていた男が、別人のように明るい声を出す。

「ええ。まだちょっとくらくらするみたいだけど。お腹すいたって」

 と、食堂で用意してもらったらしい盆を掲げる。
 リリアの腕には重そうなそれを、ひょいと取り上げ、セイは二人に先んじてディクトールのいる部屋の扉を開けた。
 ベッドに半身をおこしていた青年が、仲間たちに気付いて微笑んだ。
 夕日を背に浴びたその笑顔は逆光になっていて見えないのに、彼が優しく微笑んでいることを、三人は疑わなかった。

「ディ!」

 ベッドに駆け寄るアレクシアの後に、むっすり顔のセイが続く。

(ほんと、素直じゃないんだから)

 さっきまではあんなに嬉しそうにしていたくせに、とセイを見上げてリリアは笑った。

「良かった! 心配したよ。痛むところない?」
「大丈夫だよ、アル。心配かけてごめん。セイも」

 がしゃん、と乱暴に盆が置かれた。皿からスープが飛び出る。
 眉をひそめたリリアが何か言う前に、セイはディクトールの襟首を掴み上げた。

「セイ!?」
「ちょっ! なにやってんのよ!?」

 アレクシアの驚愕も、悲鳴にも似たリリアの非難も、共に無視して締め上げる。

「何のつもりだ! ふざけんな!」
「セイ、止せ!」

 腕にしがみつくアレクシアもそのままに、セイはディクトールを怒鳴り付けた。

「お前が真っ先にやられちまったら誰がこいつを治すんだよ! 誰がこいつを止めるんだよ! お前のすべき事はなんだ!? 一番前で敵の攻撃を受けるのはオレの仕事なんだよ! お前が倒れちまったら…お前が…」

 一気に怒鳴りつけるつもりだったのだが、驚いた顔をしたディクトールを見ていたら怒りも何もかも薄れてしまって、尻すぼみに手を離した。
 しがみついたままだったアレクシアの腕も振りほどく。

「もう…間違えるなよな」

 咳込むディクトールの頭をぐしゃりと掻き交ぜ、ため息をつく。

「…よかった」

 ため息に混じって聞こえた言葉に、アレクシアは苦笑した。
 目が会うと、セイはばつが悪そうに視線を逸らす。

「飯、食ってくる」

 ぶっきらぼうに言い捨てて、セイは部屋を出て行った。
 入れ代わりに、リリアがベッドサイドにやって来る。
 咳込むディクトールの背を摩ってやりながら、アレクシアとリリアは顔を見合わせ、笑った。
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