ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編4)
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55.再び大穴

話終わると、レイモンドは胸の内にたまった嫌なものを吐き出すように長く長く息を吐いた。
話はじめてから小一時間は経っただろうか、只でさえ雲に隠れていた太陽は山の向こうに沈んでしまった。今は肌寒い程度だが、もうしばらくすれば歯が鳴るほどに寒さは耐えがたくなるだろう。

「…なんでそれをもっと早く」

言わないのだとディクトールが言い切る前に「今思い出したんだ」とレイモンドが噛みつく。二人は不機嫌さを隠しもせずににらみ合いながらも、寒さを訴える女子二人の前に枯れ木を集めて火を起こした。出来ればここで調理のひとつも始めたいところだが、アリアハンからほとんど着のみ着のままやって来たので夜営も出来ない。悲しいかな長い盗賊家業の習性でレイモンドが持っていた保存食を、細々と分けあうのが精一杯だった。

「それで」

先程はよく食事などできるなと、レイモンドを白い目でみていた割に、干し肉の欠片とナッツを蜜で固めた菓子をあっさり胃袋に収めたリリアが、自分の持ち物の中にも何か無いかと探りながら問う。

「さっきの話のどの辺にあんた達は絡んでくるわけ?」
「ガイアの子」
「ルビスの作った精霊」

自分の事を言うのが恥ずかしかったと見え、互いを指差しながらアレクシアとレイモンド。言った後でよく恥ずかしくないなと口論を始める。リリアは半笑いでため息を吐くと、

「ランシールでも似たような書物を見つけたわよね。ここまで詳細ではなかったけど。まぁ、ダーマに持っていったら異端扱いされるのは間違いないわ」

「ね」と、ディクトールに同意を求める。ディクトールの方は頷きながら、自分の中の知識と今得た情報を比較検討するのに忙しい。

「ちょっと待って。いろいろ一度に信じられないことが起きすぎる」

バラモスを倒すのが旅の終着点だと信じて来たのに、それが故郷に凱旋するや逆賊扱いされ、旧友を失い、半ば拐われるようにミトラ教徒のディクトールにしてみれば異端の神である竜の女王から、この世界は既に神に見放され、ゾーマの跳梁を阻止するすべは人間である自分達に委ねるからギアガの大穴へ行けと現地に送り込まれたのだ。わずか一日の間にこれだけの事が起きたのだから少なからず混乱もする。
ディクトールは一度目を閉じ深く深呼吸をした後で、ポケットに入れたままだった光の玉を取り出した。もう熱いとは感じない。6つのオーブよりもう一回りは大きいだろうか。占い師が使う水晶玉に良く似ているが、水晶玉ほどに重たくないし、何より水晶玉は乳白色の煌めきを内に宿して自ら光を放つことなどしないものだ。意識を凝らして見なくても、これが途方もない魔法の力を秘めているのがわかる。神の代理人たる賢者の力が遠く及ばない、比べることすら愚かしい程の強力な魔力だ。

「信じられないけど、これが事実なんだな…」

独り言ちて、ディクトールは光の玉を丁寧に布にくるむとアレクシアに差し出した。

「…え?」

戸惑って光の玉とディクトールとを見比べるアレクシアに

「君が持っていると良い」
「でも…」

これは"人間"であるディクトールが賜ったものだと、尚も躊躇うアレクシアの手に強引に包みを押し付ける。

「レイモンドの話も、竜の女王の話も、悪いけど僕はすべて素直に信じられない。だけど、ゾーマは存在する。ゾーマは友の仇だ。仇は打つ。ゾーマを倒し、世界に平和をもたらすためにこの光の玉を使えと竜の女王は言ったけど、正直僕はミトラ教の神官として、得体の知れない異教の神器なんて持っていたくないんでね」

生真面目に言い切った後で、ディクトールは少しだけいたずらっぽく「だから頼むよ」と方目を瞑った。

「これ以上罪人・異端扱いされるのはごめんだし、僕としてはこのまま先を目指す事を提案するね」

旅支度を含めて一度どこかの町にルーラすることも出来るのだと、このときはじめてアレクシアはその選択枝に気が付いた。「あ」と小さからぬ声を出したのを、生徒を諭す教師の顔でディクトールが微笑む。

「仮にルーラしたとして、再度ここに戻れる保証はない。それに時間の猶予がどれだけあるのか。気づいていたかい? 何日か前から天気が悪いね」

すぐ上の空を指差す。

「部分的だけど、どんどん厚く、濃くなっている。風で動いたりしないんだ。ただの雲じゃない。このままこの雲が空を被い続けたら? 比喩ではなく世界は滅ぶよ」

ごくあり触れた事象を話すように淡々と、それこそ教壇に立つ教師のような口調で、ディクトールは驚愕し、顔を見合わせるアレクシアとリリアが、自分の発した言葉の意味を理解するまで待った。

「…でもそれとゾーマとなんの関わりが? ただの天候不良かも」
「言ったろ? 普通の雲の動きじゃないんだ。それに偶然にしては時期が合いすぎるよ。リリア、君は直接聞いたのだろう? ゾーマの声を。その言葉を」
「……」

唇をきつく引き結び、黙るリリアの変わりに、レイモンドが呪いの言葉を繰り返す。

「 我が名はゾーマ
  闇の世界を支配するもの
  この我がいる限り、
やがてこの世界も闇に閉ざされるであろう」

「良くできました。ゾーマの言う闇がどんなものかはわからないけど、この不自然な雲擬きが全く無関係だと断ずるのは危険だ」

だから行くなら早い方がいいと、ディクトールはギアガの大穴を封じた神殿を指差した。

「準備ったって、異世界なんだろ? どんな準備も無駄になるかもしれないし、それに」

冷たい風が吹いて、ぶるりとディクトールは身を振るわせた。

「ここは寒いよ」
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