ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編4)
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62.海辺の町 ガライ

 森の中の、道とも呼べないような道を北へひたすらに進み、2日目の昼。一行はようやく森を抜けた。途端吹き付ける潮風の独特の生臭さに、リリアなどは吐きそうだと口と鼻を抑えた。
 ガライの道案内がなければこの森を越えることも苦労しただろうが、そもそも森に入ろうとも思わなかっただろう。

「ああ、見えてきたべ」

 口を開きさえしなければ、神の彫像もかくや、という美青年であるガライが嬉しそうに指差すその白魚のような指の先には村と呼べるのかすらも怪しい集落が見て取れた。
 海辺の村なのだろうが、岸壁の隙間に作られる海鳥の巣のような印象を受ける。村の周囲には硬い岩山がそびえており、とても農耕などは出来そうにない。
 ガライが言うには表向き漁で生計を立てているのだという。

「表向き?」

 わざわざ余所者の自分たちになぜそんなことをいうのだと、アレクシア達は首を傾げる。

「うん。まぁ、狭い村だけんど寛いでけれよ」

 ガライが向かったのは村の中央に建つ大きめの家で、村の代表か有力者の家なのだろうと思われた。あまり出歩く人もいないのか、むき出しの土を踏み固めただけの道にはまばらに苔や草が生えている。
 ガライは「たでぇま〜」と大きな声で門扉をくぐると、迎えも待たずにずんずん奥へ進み、開けた部屋へ一行を案内した。つるりとした石を磨き上げられた高い天井。天窓の光があたるところには、今は影になって詳細はわからないが聖印らしきものが彫り込まれている。寂れた漁村にはおよそ似付かわしくない。民家と思っていたものは教会を兼ねた集会場だったのだろうか。だとしても村の規模に比して大きすぎるように思える。

「チョット待っててな」

 お茶を持ってくると言って、呆気にとられている一行にはお構いなしに、ガライは出ていってしまう。残された一行は思い思いの場所に荷物をおろして部屋の様子を観察したり、壁にもたれて目を閉じていたりする。

「…?」

 なんとはなしに部屋の中を見渡していたディクトールが一番最初に気づいた。部屋の暗さをなんとかしようと、不本意ながらレイモンドにレミーラを請う。枝毛やら長年使っているグローブの綻びを調べていたリリアとアレクシアがそれで初めて顔を上げた。
 壁一面に描かれた大地創造の神話。ランシールの神殿で、ラダトームの王宮で、見たものと同じだ。

「なぜ…こんなところに…?」

 世界創造の神話としてポピュラーなものなのだろうから、アレフガルドのどこで見てもおかしくはないのかもしれない。違和感をおぼえるのはその規模だ。100人いるかどうかの寂れた漁村には似つかわしくない。

「それはここが、ロト様に導かれた正しき一族の末裔の村だからだなや」

 間延びした訛りとともにガライが現れる。手には宣言した通り、見たことのない茶器と食べ物の乗った盆を持っている。

「たいしたもんがなくてよぉ。あ、このままでゴメンな」

 食事をする場所ではないので、椅子もテーブルもない。野宿をするときのように、石の床にマントや背嚢を置いて座り、ガライが持ってきた盆を囲んで丸く座る。
 3枚におろした魚の骨部分を油で揚げたのだという物は、グロテスクな見た目に反してパリパリと芳ばしく、なにかの香辛料が薫る。香草を蒸して干したあと湯で煎じた緑色の茶は、初めて口にしたが爽やかで、揚げ物でくどくなった口をさっぱりと流してくれた。

「王様のところでロト様の話は聞いたべや?」

「ロト」という名前が出る度にレイモンドが奇妙な顔をする。

「…ああ」

 なんとも歯切れが悪い。ガライには話していないことだが、アレクシアとレイモンドはその神話を‘知って’いるのである。

「元の世界でも、その神話は見たことがあるよ」
「そうけ。なら分かるべ?」
「何がだ」
「オラたちのご先祖さんも、おめらと同じように上の世界からやってきたのよ。そして、上の世界から持ち出した神器をそれぞれの長が代々管理することにした。この竪琴もそのひとつだ」

 引き寄せた竪琴の本体には精緻な彫り物が施されている。その彫り物の中には、よく見ると文字のようなものが掘られていた。この文字とよく似た文字を、アレクシアは見たことがあった。

「笛の…」

 アレクシアとレイモンドにしか吹けなかったあの笛だ。テドンを滅ぼす理由となった、あの笛。忌まわしい記憶にアレクシアはぐっと目を閉じた。

「ほい」
「え?」

 気軽な様子で投げて寄越されたのは小さな布袋で、ちゃり、と手の中で固いもの同士が当たる音がする。ガライに促されるままに中身を掌にあけると、何かの輝石を細い金属紐でチャーム状に加工したものが出てきた。陽の光に透かすと、輝石の中に文字のようなものが見える。

「おめさんがたは‘本物’だ。持っていけ」

 顔を見合わせるアレクシアとレイモンドにガライはぱちりとウィンクをして、それから、と地図を広げさせた。今いるのがここ、とアレフガルドの地図の左上を指す。そこからつつ、っと右下に指をずらし

「メルキドっつー街に預言者のオババがいる。アルの探しものもめっかるかもしんねーぞ。噂によるとメルキドは封鎖されとるらしいけど、ま、なんとか頑張れ」

 にこりとガライは微笑んで、話は済んだとばかりに骨煎餅をバリバリし始める。呆気に取られていた一同は、それで口々に疑問を口にし始める。ガライは何者なのか、だとか、預言者とは何なのか、この石は何なんだ、などなど。ガライは分かることには答えたが、わからんものはわからんと、きっぱり首を振った。
 雑談を交えながら情報を整理しているうちにまた雨が降り始め、雨が上がるのを待って一度ラダトームに戻ることに決まった。
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