ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編4)
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 真っ黒な影が迫ってくる。抜身の剣を構えかけて止める。近くに仲間がいる。ぶつかる距離だ。反射的に足を引いた。背後は奈落。そこまで大きく下がったわけではないのに、足元でガラリと地面が崩れる感覚があった。

「え…」

 右足から崩れる。
 迫る闇。
 視界が効かない。
 そのままに、落ちた。
 落下の感覚に、きゅっ、と胃がすぼまる。やがてやってくる衝撃に備えようにも、下までどれほどの距離があるのかすらわからない。壁に反響しているのが自分の悲鳴なのか、仲間のものなのかも。無意識に何かをつかもうとばたつかせた指先に硬いものが触れた。必死に掴む。拍子に腹を打った。そしてそのまま、アレクシアは意識を失った。

  
 闇の中で気がついた時、アレクシアは世界でたった一人自分だけが存在しているのではないかという錯覚に陥った。
 仲間の気配が感じられない。魔法がかき消されるとは、気配にすら疎くなるということなのだろうか。
 否応なく早くなる鼓動を落ち着かせようと深く息を吸い込む。

「みんな無事か」

 全員、数歩の距離に居るはずだ。そう信じたい。声をかけながらのばしたアレクシアの左手に誰かが触れた。

「ここにいる」

 引き寄せられる。レイモンドだ。背中に腕が回されたのがわかる。安堵が胸を占めるのと同時に、先程までとは違う意味で鼓動が乱れた。

「リリア、ディグトール、ガライ!」

 レイモンドが張り上げた声は、闇に飲まれて消えてゆく。

「リリア! ディ! ガライ!」

 アレくシアの声も虚空に消えてゆく。レイモンドの腕の上から手をかけてぎゅっと握りしめる。途端、指先から肩までに痛みが走り顔をしかめた。落ちたときに痛めたのだろう。一度痛みを自覚すると、全身がズキズキと痛みを訴えていた。

「はぐれたのか…」
「とにかく明かりを」

 レイモンドは無意識にレミーラを唱えて舌打ちした。全ての魔法が打ち消されるのだ。怪我をしたってホイミも唱えられない。今更になって恐ろしくなった。ホイミがあるからと多少無茶な戦い方をする癖がついている。よほど慎重によく自分に言い聞かせておかねば、大変な失敗をしでかしそうだ。
 明かりになりそうなものはないかとポケットを探ってみるが、焚火をつけるのも魔法を使うのが常なのだ。松明どころかマッチすら出てこない。舌打ちではなく溜息が出た。
 見えもしない天を仰いで、それが見えた。

「おい」
「…?」

 声の方を振り向く。目が慣れてきたのかレイモンドの金髪が見えた。不意に体の向きを変えられる。

「見えるか? ほら、あれだ」

 レイモンドの指が示す先にゆらめく淡い光が見えた。

「水?」
「ただの水が光るとも思えんがな」

 行くぞ、とレイモンドに腕を引っ張られ、アレクシアはたまらず「痛っ」と小さく声を上げた。

「怪我してるのか? どこだ?」
「わ、わからない。でも、大したことは…」
「大したことかどうかも、わからないんだろうが」

 レイモンドの声に焦りが滲むのを聞いた。珍しいこともあるものだと内心感心していると、不意に体が浮き上がってアレクシアはまた小さな悲鳴を上げた。無意識に伸ばした手がレイモンドの首に回る。

「そうそう。捕まっててくれ」
「え…、え?」

 抱えられているのだと理解するのに少し時間がかかった。下ろせ! と主張する前に「おとなしく運ばれていろ。こう暗いと流石に危ない」と言われては大人しくしている他ない。
 暗がりでも分かる。レイモンドの金髪。白い肌に明るい緑色の瞳。吐息が届きそうな距離に、それがある。
 カァっと、頬が熱くなった。
 まるでそこらの町娘のように軽々と抱き上げられて、だからなのだ。心臓がどきどきとうるさいのも、頬が熱くなるのも、恥ずかしくてそうなっているだけだ。

「ああ、やっぱりだ」

 淡く光っていたのはやはり泉だった。ただの泉ではない。魔法の水が涌出ている。昔見たことがあるのだと、レイモンドはアレクシアを抱えたまま泉の中に身を浸した。不思議と冷たくはない。
 破けたグローブから覗いていた爪が割れて血だらけだった指先も、擦りむき打ち身だらけの腫れた肘や膝や腹も、泉の水に触れるやたちまち癒えていく。

「凄い…」
「保険に少し汲んでいくか」

 予備の水筒に湧水を汲もうと、レイモンドが抱えていたアレクシアを泉の中央に競り出た岩の本に下ろした瞬間、それは起った。

「あっ!?」

 岩の中から爆発でも起きたように、光が、弾けた。 
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