ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編4)
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61.魔王の爪痕

 アレフガルドに来てから、試すことがいくつかあった。周辺の地理、魔物の生息地、生水が飲めるのか、などに加えてルーラやリレミトなどの空間転移魔法の働きかただ。
 リレミトは上の世界と同じように作用した。ルーラは高速移動として使う分には変わらないが、転移するとなると全く勝手が違う。アレフガルドの具体的な場所のイメージが掴めないからではないかと、宿に魔方陣を敷いてみたがやはりうまくいかなかった。頭を押さえつけられているような圧迫感があり、空高く飛んで転移すると言う、もともとのイメージが描けないのである。
 移動は基本的に徒歩だが、緊急時にはルーラを使えるようにしておきたい。ルーラの習熟に数日を要した。
 アレクシア、レイモンド、リリア、ディクトールのうち、レイモンドが一番早くルーラでの転移に成功したが、上の世界、アリアハンへはどうしても飛べなかった。
 しとしとと弱い雨が振り続ける中、アレクシア達はガライの生家がある北へ向けて旅立った。太陽の位置が甚だ掴みづらい為、正確な時間はわからないが、体感として半日も歩いた頃、いよいよ雨脚が強くなり、レイモンドの「なにかある」との言葉に従って洞窟へとやってきた。

「ずぶ濡れだ」

 撥水性の高い素材で出来ている皮のマントも、何日も濡れたままではもはや水を弾かない。ぐっしょりと重たく水を吸ったマントを岩と岩の間に張ったロープに吊るし、それを目隠しとして男女で分かれて濡れた衣服を脱いで絞る。

「メラ」

 アイロンの要領で岩を熱して濡れた服を乾かそうとメラを唱えたが、リリアの指先から火の玉は生まれない。

「あれ? メラ!」

 初歩の呪文を今更唱え間違えるとも思えない。何事かとアレクシアもメラを唱えてみたが、やはり呪文は発動しなかった。

「どういうこと?」

 試しにメラ以外の魔法も唱えてみるが、ヒャドもホイミも、何もかもが発動しない。魔法自体がかき消されているという印象だ。

「ディ!」

 マントのカーテンの向こう側でもアレクシア達のやり取りはもちろん聞こえていて、ディグトールが魔法は使えないと首を振る。
 こうなってくると、ひとつ焚き火を起こすのも不便なものだ。火口箱から起用に火をおこしたのはガライだった。
 焚き火を囲んで燻製肉を炙り、水と塩を入れて練った小麦粉焼いて食べる。燃料も貴重なので、悠長に服を乾かしてはいられない。手早く食事を済ませると、すぐに火を消して燃料は素焼きの密閉瓶に入れてしまう。こうしておけば、次にまた燃料として利用できるのだという。

「おそらくこの洞窟に魔法封じの呪いがかけてあるんだろうね」

 この世界でも魔法が使えることは、既に実証済みなのだから、問題があるとすればこの場所にあるのではないかと考えて、試しに洞窟を出て唱えてみたところ、メラは発動した。洞窟の中に戻ると、やはり魔法は発動しない。 

「おい、どこにいく?」

 そんなやり取りをしている中、松明を手にしたまま、ふらりと奥へと入っていこうとするレイモンドをディグトールが呼び止めた。無意識だったらしく、レイモンドは驚いてすぐに戻ってきたが、どうしても奥が気になるようで、しきりに暗がりへと視線を巡らせる。

「何があるんだ」
「わからない。けど、気になるんだ」
「…誰かに、呼ばれている様な」

 アレクシアまでもがこう言い出したら二人の前世絡みなのは決定事項も同然だ。魔法をかき消す仕組みといい、何かがあるのは間違いない。どうせ調べることになるならと、非戦闘員となったリリアを囲んで5人は慎重に洞窟を奥へと進んでいった。
 洞窟の内部は広く、5人で並んで歩ける程の広さがある。岩肌は滑らかで、まるでなにか大きな地虫が食べた跡の様だ。

「この穴自体が虫の腹の中かもしれない」
「ちょっとぉ、嫌なこと言わないでよねぇ!」

 生き物という感じはしないけどね、と真顔で話すディグトールに、リリアは心底嫌だわと鳥肌の立つ腕を擦る。洞窟の道自体は複雑に分岐しているが、最終的には一本道となり、ぐるぐると緩やかに回りながら、どんどん下っているようだ。時々分岐路から人と竜をかけ合わせたような見たことのない魔物が出てきたが、高くもない天井をバサバサと飛び上がるので、隙だらけの胴を突き刺して落とせば良く、苦労はなかった。魔物も魔法を唱えようとしているようだが、等しく魔法は打ち消されている。
 体感で、ぐるりと3週分洞窟を降りた頃だろうか、先頭を歩いていたレイモンドが不意に立ち止まり、ランタンを高く掲げた。

「どうし…」

 最後まで言わずにアレクシアが言葉を飲み込む。一歩先には闇がポッカリと口を開けている。ランタンの明かりを飲み込む闇。どこか外に繋がっているのか、穴からはこうっと冷たい風が吹き上げてくる。

「これだけ?」

 ここが洞窟の終点だ。
 魔法を打ち消す仕組みも、アレクシアとレイモンドを呼ぶ声の正体もわかっていない。けれどもう、進むべき道がない。どうする? と後ろを振り向いたレイモンドの目が大きく見開かれる。つられて振り返った4人の影が隆起し、影から伸びた無数の手が5人を襲った。
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