ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
58ページ/108ページ

38-10-2

 アレクシアたちも同席した会議では、いくつかのことは即座に決定された。
 まずひとつは、玉座の間の真上に作られた王の寝室の撤去。魔物が10余年に渡り占拠せしめた忌々しい場所であるし、何より戦いが行われたそこは半分瓦礫に埋もれていて、修繕するより壊す方が手っ取り早い。変わりにそこには、主神ミトラの像が立てられることになった。当然、玉座に通じる扉も封鎖された。
 また、玉座の間に至るたったひとつの入り口には、ラーの鏡が置かれることに決まった。もう二度と、政に携わる者が、真実を犯すことがないように。
 ラーの鏡を設置する前に、アレクシア達にはやることがある。ボストロールとの戦闘から二日目には、ラーの鏡と街中に敷かれた魔方陣の調査が開始された。
 調査といっても、古代の文献を読み解き、語り部から話を聞くくらいで、古代文字を解読できないアレクシアには外回りの方が向いているのだが、諸事情あって城の書庫にいる。

「はぁ…」

 それらしい文献の解読はディクトールに任せているが、そもそも「それらしい」文献が見当たらない。ボストロール戦の前にディクトールが教会の地下で見つけた資料以外は、偽王が処分してしまったのだろう。実際、王の為人が変わったと噂され始めた頃、大規模な焚書があったそうだ。語り部などの生き証人にしてもそうだ。サーディ以上に詳しい人間は、生き残っていない。
 焚書によって、城の書架には空きが目立つ。密かに写しが作成され、国外れの教会に隠されていた文書が急ぎ戻されているが、この教会も数年前に魔物の襲撃を受け、幾つかの文書が失われた。

「…ふぅ」

 溜め息と共に本を閉じたアレクシアの耳に、くすりと、笑う気配が届いた。

「ごめん。君があんまり溜め息ばかりつくものだから」

 真横、というには高い位置。授業中に居眠りする子供を見付けたような顔で、ディクトールが苦笑している。

「ああ、いや、その…」

 無自覚な溜め息の理由なんか、言えるわけがない。参った、と表情を曇らせるアレクシアの肩に、力付けるようにディクトールが手をのせる。

「大丈夫。あれしきの事で壊れたりしないさ」

 アレクシアは僅かに目を見張った。

「う、うん」

 ボストロール戦以来、ラーの鏡は輝きを失ったままだ。最初からそんなものだったわよ、とリリアは言うが、事情を知らない大臣連中の中には国宝の魔力が失われたのではないかと疑うものもいる。それがための調査でもあるのだ。
 のはずなのに、ディクトールに言われるまで忘れていた。

「やっぱり、めぼしいものはないな。実物を見た方が何かわかるかも」

 行こうか、と促すディクトールについて図書館を出たアレクシアは、溜め息の原因を思い出してもう一度肩で息を吐いた。これは、気合いを入れ直すための深呼吸。

(気にするな。わたしには関係ない)

 昨夜、アレクシアの部屋をリリアが訪れた。ラーの鏡と魔方陣の、調査の組み合わせを変えてくれと。
 庶民出の自分にはお城の中での調査が窮屈だとリリアは言ったが、他に理由があるのは態度から明らかだった。
 真意を確かめることはしなかったが、アレクシアにはリリアがレイモンドど一緒に居るための方便のように聞こえたのだ。
 スーの開拓村で、レイモンドの胸で泣いていたリリア。
 リリアが誰を好きになろうが、二人の関係がどんなものになろうが、そこに口を挟む権利は、アレクシアにはない。

(いがみ合われるよりは、全然マシ)

「何?」

 視線を感じたのだろう。振り返るディクトールに、なんでもないと首を振る。

(わたしには、関係ない)

 もう一度胸中に呟いて、抱きあうレイモンドとリリアの姿を脳裏から追い出した。その時感じた胸の痛みには、気付かない振りをして。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ