ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編3)
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サマンオサ王家の歴史は、世界でも一、二を争うほどに古い。
世界統一を果たしたアリアハン三代国王アンリ一世の御代から500年経った今日も、サマンオサの玉座はホテ一族に守られてきた。神代の時代から続くとさえ言われる古い王家だ。宝物庫には得体の知れない古代の秘宝が受け継がれていたとしても不思議ではない。更には、三代前の国王がかなりの収集家であったらしく、宝物庫には世界の名品珍品が詰まっているという。それらはリスト化され、今も王宮に保管されている。
「なんでそんなに詳しいんだよ」
当然のように胡散臭い眼差しを向けてくるアレクシアに、レイモンドは平然と
「盗みに入ったからに決まってるだろ」
と長い足を組み替えながら言い放つ。
今にして思えば、ギルドの度重なる王宮への侵入も、幽閉された王の救出と偽王失脚の為だったのに違いない。
呆れ顔の三人を前に咳払いをして、レイモンドは組んでいた足を下ろした。
「まぁ聞け。最後に宝物庫に忍び込んだとき、変化の杖は宝物庫にはなかったが、サマンオサに変化の杖があるのは確かなんだ。前にも話したが、サマンオサの国王は偽物だ。ダーマでの襲撃で偽物がバラモスの配下だってことも確信してる。となれば、偽物が変化の杖を持っている、と考えるのが道理だな」
「じゃあ、サマンオサに行くのね?」
命からがら逃げ出した故郷に帰るのは気乗りしないが、か弱い老人から船乗りの骨を力尽くで奪うわけにもいかない。復讐の矛先ははっきりした。仲間達の弔いも兼ねて、そろそろ戻る頃合いなのかもしれない。
リリアに頷く前に、アレクシアを見る。結局、最終的な判断を下すのはアレクシアだからだ。
「ああ。それで…」
「ちょっと待って」
頷きかけたアレクシアとレイモンドの間に割って入ったのはディクトールだ。ぴくりと片眉を上げたレイモンドには構わず、ディクトールはアレクシアを見詰め言う。
「サマンオサは鎖国しているだろう? 唯一の入国ルートである山道は封鎖されて、もう何年も人の出入りがないって聞くよ」
国王がすり代わった17年前。サマンオサを取り囲む険しい山の中を通っていた山道は国王軍の手により瓦礫の下に埋められ、渓谷に架けられた橋は落とされた。
では、サマンオサが外部と隔離され、陸の孤島となったことを告げたのは、誰だったのか?
サマンオサの盗賊ギルドから、腕利きが少規模の隊商を組んで国王軍の警戒の網の目を潜り、旅の扉から国外に出ていたからだ。レイモンド自身もそうして国を出た。
「俺が使ったのはカフカース山脈のロマリア側に出る扉だ」
話している間にマルロイが広げた地図上に、とんとん、と人差し指を突きながらレイモンドが話す。
今居るのは北メリア大陸とグリーンランド間の海洋であり、とてもではないがポルトガを目指せる距離ではない。
肩をすくめるディクトールに意味ありげな笑みを向けた後で、レイモンドは地図上の指をそのまま右上にスライドさせた。ほぼ、現在地だ。
「旅の扉は、なにもひとつじゃない」
サマンオサから逃がしてくれた神父の姿が脳裏をかすめる。
「直接サマンオサ国内に入るなら、ここが一番早い」
世界中になんの意図があり、何者が作ったのかは解らない。今では作動していない旅の扉も多いと聞く。しかしサマンオサの旅の扉は、少なくとも二年前までは動いていた。偽の、魔物が化けた王が治める国だとしても、その下で働く者全てが、魔物であるわけがない。サマンオサは豊かな国ではない。完全に国を閉じてしまえば、中にいる人々は死に絶えるだろう。
「さ、て…」
皿の上のナッツを一掴み口に放り込むと、マルロイは席を立った。行き先が決まったのだ。帆の向きから何から変えてこなくてはならない。
「手配書が出回っていないといいな」
地図を丸めながら、にっ、とアレクシアが笑う。
「もとよりお尋ね者だ」
こちらもにやりと笑い返し、レイモンドはマルロイの後を追う。もたもたしていてはどやされる。それは誰が相手でも同じだ。席を立とうとしないディクトールにレイモンドは一瞬視線をやり、結局なにも言わずに食堂を出ていった。
つまみの皿を片付けていたリリアは、何か言いたげなディクトールの控え目な笑みに肩をすくめる。
「アルー。あたし、洗濯してきちゃうね」
「ん。わかった」
後はよろしく、と残された洗い物とディクトールに、アレクシアは僅かに苦笑する。何にも気づいていない風を装って、テーブルの上を片付けていく。
「ねぇ、アル」
「うん?」
「さっきはごめん。でも、やっぱり僕はレイモンドをセイのようには信用できない」
テーブルを拭く手を止めて、アレクシアはディクトールを見た。
「なぜ?」
恋敵だから、なんて言えるわけがない。
ディクトールは苦笑して、頭をひとつ振った。
「付き合いの長さかな? 僕は人見知りだからね」
「何を今更…」
困ったように首をかしげるアレクシアに、ディクトールは表情を引き締めた。レイモンドを信用できない理由なんて、いくらでも用意ができているのだから。
「彼は何者なんだ? ダーマでは監禁されたと言っていたね。ランシールでの事もある」
アレクシアは居心地悪そうに身動ぎした。テーブルから離れようとする手を捕らえて、ディクトールは正面からアレクシアを見据えて逃さない。
「賢者のように攻撃魔法も回復魔法も操る。理論が確立していない魔法もだ。ただの人間であるはずがない」
一度は本人に直接問うたことでもある。回答は自分だって解らないと言うもので、解答になっていなかった。
アレクシアはますます困った表情を浮かべてディクトールを見る。ランシールで、自分が見る夢の話をした。何者かの記憶を持っていることも。けれどレイモンドも同様だとは、話していない。皆、薄々感付いているだろうとは思っている。だから言わずに来た。
「アルは知っているんじゃない?」
「う…」
知っている。けれどそれを、当人のいない場所で、勝手に漏らしてよいはずがない。
しかし、言い淀んだその反応こそが、真実だ。
「デ…、ディはズルいよ!」
「え?」
捕まれていた手を力任せに引き抜く。
「そんなの、本人に聞けばいい。レイのいないところで、わたしに聞かないでよ!」
それに、とアレクシアは一度言葉を切った。
「2年も一緒にやって来たんだよ? 今更なんだよ」
たかが2年だ。ディクトール達が過ごした16年には比べるべくもない。けれど2年だ。一緒に過ごしたからこそ、わかることもある。胸に溜まるどす黒い感情もそのひとつ。しかし、
「ごめん。そうだね」
ディクトールは内心の思いなど奥眉にも出さず、いつもの柔和な笑みを浮かべた。
「少し気が昂っているのかな。セイが居ないのは、やっぱり変な気分だよ」
「うん…。そうだね」
寂しげに見える微笑みには、気づかない振りでディクトールは立ち上がる。
「さて、マルロイに怒られる前に行かないと」
「あ、後でわたしも上がる」
「わかった」
すれ違い様、ディクトールはアレクシアの腕を取った。咄嗟の事に固まるアレクシアの耳元に、唇を寄せて囁く。
「僕は君のそばを離れない。もう、どこにもいかないからね」
それだけ。
そう言ってディクトールは離れた。と同時に、アレクシアもまた、真っ赤に染まった耳を抑えてばっ、とディクトールから体を離す。
反射的に見てしまったのだ。なにをするのか、と文句を言ってやりたくて。けれどアレクシアは、怒鳴るどころか声ひとつ立てることが出来なかった。
ディクトールの、嬉しそうな幸福そうな、それでいて勝ち誇った得意気な笑みを見てしまったから。
ただでさえ赤い顔に、更に熱が上る。
ディクトールは最上級の笑みを残して、甲板に上がっていった。
残されたアレクシアは、拭いたばかりのテーブルに勢いよく突っ伏した。
(なんであんなこと?いやきっと深い意味はなくてたんにセイがいないからもうダーマにはいかないとかそんな理由で!)
「うだあああああああっっ!!」
(照れるなアレクシア! からかわれただけなんだから!)
顔をあげて、甲板に行かねば。けれど甲板に行けば、ディクトールと顔を会わさなくてはならない。そう思ったら、また血が昇る。
結局夕食を作りに来たリリアに発見されるまで、アレクシアはテーブルの上に突っ伏していた。