天空

□肩越しに見た空の色
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『この仕事が終わったら、お前との時間がとれるようになる。そうしたら、たくさん遊んぼうな』

 背の高い父の肩車で見た世界は、光輝いて見えた。


肩越しに見た空の色


 物心ついた時、僕は父さんと旅をしていた。
 母さんはいなかったけれど、僕には父さんがいたから寂しくはなかった。
 寂しいのは、立ち寄った町や村で、仲良くなった友達と、さようならをすることだ。
 新しい町や村で、新しい喜びや出会いがあったけれど、さようならをするときは、いつも寂しかった。


 父さんは、強くて、誰からも頼られる立派な男で、僕の憧れだった。僕の自慢の父さんだった。

『構ってやれなくてすまない』

 そう言って、僕を撫でてくれる、大きな暖かな手が、大好きだった。
 今なら知っている。
 父さんが僕をつれ、なぜ旅をしていたのか。
 僕を見る父さんの目が、なぜ時おり、優しいけれど寂しい眼差しになるのか。
 けれどあの頃の僕は小さくて、ちっぽけで、弱くて、傲慢で…

 僕がもっと早く生まれていたら

 僕がもっと強ければ

 僕がもっとうまくやれていたら

 父 さ ん は 、 死 な な か っ た



 父さんには小さなナイフでも、小さな僕にはちょっとした片手剣の大きさで、サンチョが拵えてくれたお鍋の蓋は、僕にはちょうどいい盾だった。
 大人が見たら吹き出してしまいそうな可愛らしい装備で、僕は一端の戦士を気取り、一人でいくつか冒険もして、強くなったつもりでいた。
 父さんの背中に守られているだけの僕じゃない。ホイミも覚えた。バギだって使える。もう父さんの隣で一緒に戦えるんだ。もう子供じゃないよ。
 父さんと一緒なら、父さんと旅が出来るなら、それだけでいいんだ。

 そう言いながら、肩車にはしゃいで、
 一日中一緒にいるなんて久しぶりだ。何して遊ぼう。
 なんて浮かれていた僕は、悔やんでも悔やみきれないミスをおかした。


 ヘンリーがどんな子供なのか、考えもしないで、目先のことばかりに囚われて注意を怠った。
 意地悪なあの子と仲良くなったら、父さんと旅を再開できる。友達のふりでいい。ご機嫌をとって、それでサヨナラだ。
 最初の誤り。
 僕が気を付けていたら、ヘンリーは誘拐されなかっただろう。今思えば、城の中は異様な雰囲気に包まれていたし、隠し階段だって少し注意して観察すればすぐにそれと見抜けたはずだ。

 二つ目の誤りは、事情をラインハット王に告げずに父さんの後を追ったこと。それさえしていれば、もしかしたらサンタローズは焼かれずに済んだかもしれない。誰も死なずに済んだかもしれない。

 三つ目の誤りは、敵の力量を見誤ったこと。
 素直に逃げていたなら、僕さえ人質にならなかったなら、父さんはゲマになんか負けなかった。


 今も夢に見る。


 何で戦わないの?
 父さんは最強の戦士なんだ!
 そんな奴になんか負けないでしょう?
 剣を取って! 戦ってよ父さん!!

 叫びたいのに喉が潰れて声が出ない。
 踏みつけられ、全身の骨が悲鳴をあげている。
 痛い! 痛いよ。父さん。助けて!
 けれど父さんは助けには来られない。
 ならばせめて勝ってくれと、祈る気持ちで見つめる先で、父さんは剣を手放した。
 僕の視界は見る間に赤く染まる。僕の血と、父さんの血。



「……カ、…リュカ!!」

 はっと目を開くと、赤黒く顔を腫らした怪物みたいな顔が、心配そうに僕を見ていた。

「何笑ってんだよ。お前も似たようなもんだぞ」

 確かにそうだ。
 素手で鞭打ちにかかっていって、返り討ちにあったんだった。

「治してやるから、こっち見んな」

 武器は勿論、何もかもが取り上げられたけれど、僕の記憶と尊厳まで取り上げる事など出来はしない。同様に、身に付けた魔法も。
 石運びの奴隷には、教会の牧師や傭兵だった者もいて、僕らは彼らから文字、歴史、魔法、戦い方を学んだ。
 毎日の力仕事も、体を鍛える鍛練だと思えば、何も無駄ではない。
 必ず、僕はゲマを討つ。
 その為だったら、どんなことをしてだって生き抜いてやる。

 壁の隙間から、朝陽だろうか、金色の光が差し込んでくる。
 あの日父さんの肩越しに見たのと、同じ色の日の光が。



20130520
ずーいぶん前に、書くよ!と宣言したDQ5。
5主の人生は悲壮感に満ちていて、ゲーム中よく悶えていました。

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