ドラクエ2

□DQ2 if
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04.鏡を見るたび思うこと

ほう、と、溜め息がひとつ。
城では嗜められたものだが、ここではサーシャを嗜める者などどこにもいない。
それが少し気楽で、ひどく悲しかった。
鏡を見ればそこには、疲れが見える。不機嫌そうに刻まれた眉間のしわ。艶の無いバサバサの髪。ますます人相を悪く見せる目の下のくま。

わたしって、こんな顔をしていたかしら?

鏡を見るのが恐かった。そこに写る姿は薄汚れた獣の姿をしていたから。
人の姿を取り戻しても、何が変わったろう?
不機嫌で、不健康で、不幸そうな、女の顔!

ばんっ! と鏡に掌をついた。
割ってしまっては弁償しなくてはならないので、手加減をして。そんな銭勘定を咄嗟にしてしまう貧乏考えすらも忌々しい。
乾いて皮の剥けた唇を噛んだときだ、扉を叩く音がした。

「サーシャ?」

「アゼル?」

勢いよく扉を振り返る。声を聞いた途端高鳴った胸を、少し前に見た光景が暗く凍えさせた。

「なあに。なんのご用」

我ながら冷たい。よくもこんな酷い言いようが出来たものだ。自分は身寄りの無いただの女で、彼は大国の王太子だと言うのに。

「パウロがクッキーを、って」

「い、要らないわ」

「そんなこと言わないで。それに、君に話したいことがあるんだ」

なんだと言うのだろう。
あの女のこと? 惚気話でも聞かされるのか。冗談ではない。
どんどん心がざらついて、酷い言葉が口を突いて出てしまいそうだ。

「………」

黙っていると、アゼルも黙る。無視していれば諦めるだろうと扉の前を離れたが、廊下の気配はいつまでもそこを動かない。

「〜〜〜っ!」

ベットから扉まではほんの数歩だ。根負けした形でどかどかと扉の前まで行って、乱暴に扉を開く。
淑女の部屋に男性を招き入れるなんてとんでもない。一人で訪ねてくる男もどうかしている。ちらりとそんな思いが横切って、ドア枠を挟んで二人は向かい合った。

「あ、あの、ごめん。不躾に」

生まれも育ちも由緒正しいローレシアの第一王子。粗野に見えるが、実際豪快で粗野な部分は多いが、女性に対する礼儀は弁えている。

「これ、パウロが」

恭しく差し出された紙の包みを受けとると、かわいいクッキーが5つばかり包まれていた。

「美味しくて、食べちゃったんだ。もうそれしかなくて。サーシャも食べたかったのに、ごめん。あ、でもまた焼いてくれるって言ってたよ。次は一緒に食べよう?」

要領を得ない不器用な話し方。それでも感じられる気遣いと、明るい笑顔が、他人を不快にさせない。

「…食欲、なかったんじゃないの?」

うつむき加減で話すサーシャの声は、背の高いアゼルには聞き取りづらかろう。体を斜めに傾けて、サーシャの顔を覗き見るようにアゼルは話す。

「恥ずかしいんだけど、悩み事があったんだ。パウロが聞いてくれて直ぐに解決した。そうしたらご飯も美味しくてさ。はは、現金だな」

「悩み?」

「あー、うん」

斜めでいることが疲れたのか、その場で膝を折ってしゃがむ。路地裏でたむろう不良少年のような格好だ。行儀が良いとはお世辞にも言えない格好で、アゼルは照れたように髪をかきまぜた。

「僕は君に着いていくって言ったろ。守るって。僕が君を守りたいんだ。なのに、守られた」

すがるように伸ばされた手が、サーシャの手に触れる。自然に。とても自然で、拒むなんて思い付きもしなかった。

「それで、僕ってなんなのかなって。傲慢だったんだな。パウロに言われたよ。僕ら、互いに互いを必要としてる。それでいいんだって」

幼子のような無垢な笑み。

「でも、本当は君のことは僕が守りたいんだ。パウロや、他の誰かじゃなく」

優しく触れていただけのアゼルの手に力がこもった。サーシャを見上げる瞳から、幼子の甘えが消え落ちる。

「サー…」

「誰にでも!」

引き寄せようとしたアゼルの指の間から、慌てて腕を我が身へと抱え込み、サーシャはキッ、とアゼルを睨み付けた。頬が熱を持って赤くなったのは、怒りのためだと自分自身に言い聞かせる。

「誰にでもそう言うことを言っているのではなくて? ローレシアでは、そのように女性を口説くのでしょう」

アゼルはきょとんと、乱れた鼓動を鎮めようと密かに深呼吸しているサーシャを見上げた。

「口説く? 僕が? 誰を?」

「宿屋の娘と居たじゃない!」

穢らわしいと横を向いたサーシャからは見えなかったのだが、アゼルの浮かべる笑みはもう、およそ無垢とは駆け離れている。悪戯を通り越して、パウロ等に言わせたらもう邪悪そのものだろう。獲物を仕留める獣そのものの獰猛さ、とでもいうのだろうか。

「掃除婦かな? 少し話したけど」

音もなくすっくと立ち上がり、礼儀として立ち入ることのなかった扉の枠を踏み越える。

「あ…?」

「口説いてなんていないよ」

アゼルに押し込まれる形で一歩、二歩と後退るサーシャとの、距離を一定に保ってアゼルは扉を後ろ手に閉めた。

「僕が好きなのはサーシャ、君だけだから」

クッキーの包みを持っていない方の手を再び掴まれて、薬指に口付けられた。もしそこに指輪があれば、忠誠や真実の愛を誓うキス。

「サーシャ、好きだ」

サーシャの手から唇を離さずに、上目遣いにサーシャを見詰める。狼狽し、真っ赤になったサーシャが手を引っ込めようとしても、アゼルはサーシャの手を離さなかった。
指から甲へ幾度か口付けて、遂にはサーシャの体を引き寄せる。

「あ…!?」

「サーシャ」

熱を帯びた瞳に絡め取られて呼吸もままならない。怯えたじろぐサーシャの瞳に、鏡に写った自分が映る。
か弱く、愛らしい恋する乙女。

「嫌なら拒んで」

そうは言いながら、アゼルは拒絶されるなどとは思ってもいないのだろうことがよくわかる。戸惑うばかりの花の唇を迷うことなく奪ってしまった。

「んっ!」

ただ身を固くするばかりで、息をしていいのかさえわからない。窒息寸前のサーシャをようやく解放したアゼルは、出会った時と同じに、邪気のない嬉しそうな笑顔で、へたりこんだサーシャを抱き締める。

「サーシャ、大好きだ!」

「ん…。うん」

幸福そうな柔らかな笑みを浮かべる鏡に写った自分に向けて、サーシャは「酸欠で脱力しているだけなんだからね」と、心の中で弁解するのだった。
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