ドラクエ2

□DQ2 if
23ページ/24ページ

03.二人の間にはいつも

様子がおかしいことには、すぐに気がついた。

「いつものことではなくて?」

なんて、さらっと言い放ったサーシャ王女自身、アゼルをお茶に誘いに行った後から様子がおかしい。
美味しそうね、と楽しみにしていた筈なのに、いざ紅茶が入ってみると今度はサーシャが部屋に引きこもってしまった。入れ替りに食堂に降りてきたアゼルに訳を聞いても、彼はなんのことだと肩をすくめるばかりだ。彼のことだから、本当に何がなんたかわかっていないに違いない。

「全く」

もそもそと、いつもの彼らしくなく、おとなしくクッキーをかじるアゼルにパウロはわざとらしいほどに大きな溜め息を吐いた。
らしくもなく落ち込んでいるらしい二つ年上のこの男は、パウロの溜め息に驚いてぱちくりと瞬き。

「どうしたんだ? 溜め息なんかついて」
「いえね…」

優雅にお茶を一口含み、口から鼻に抜けていく紅茶の香りに満足そうに茶器をテーブルに戻す。その洗練された一連の動作には、アゼルでさえ見惚れる。

「僕の友人の話なのですが。とても気持ちのいい男なのですが、なにか柄にもなく悩んでいるらしくて。そしてそれを彼自身、自覚しているのだかしていないのだか。聞けば何でもないと言うのですけど、なんでもないはずないんですよ。心配して欲しくてわざとそうしているわけでもない。たんにそういう男なのです。本当に何でもないなら、体が半分になるような怪我をしていても走り回るような男なんですから」

クッキーをひとつ、口に放り込み、「ふむ、良くできている」と一人頷く。

言われたアゼルは、さすがにパウロのいう「友人」が自分のことだと気が付いて、なにか言おうと口を開きかけ、その言葉が相応しくないと思ったのか、もごもごと口を動かした。そして一呼吸の後

「僕は必要か?」

ひどく思い詰めた表情で切り出された言葉に、パウロはいつも柔和な眉を思いきりしかめた。

「……は?」
「だから! 僕は必要か? って…」

不安でたまらない、という顔で身を乗り出すアゼルを前に、パウロはますます訳が分からないと、アゼルが乗り出した分だけ椅子を後ろに引いて深く座り直した。

−−何を言い出したんだ。こいつは?

そして記憶を反芻する。
アゼルがおかしくなったのは戦闘の後だ。いつもの戦闘だが、いつもと違ったのはアゼルが毒を浴びて、愛用の長剣を失ったことだろうか。

「剣をダメにしたことを言ってます?」

「違う! 武器なんてなんでもいいんだ。そりゃあ、無駄な出費は悪かったと思ってるよ。でもそうじゃない」

「キアリーがちゃんとかからなかったのかな…」

ぶつぶつと呪文を唱えながら額に触れようとしたパウロの手を、アゼルはまたしても「違う」とはね除けた。

「それだよ」

「は? 魔法がなにか?」

ロトの直系の子孫でありながら、アゼルが魔法を使えないことをコンプレックスにしていることは知っている。その代わりに、彼には頑強な肉体があり、神憑り的な戦闘のセンスがある。それこそ、魔法のようだ。パウロにはそれがない。どれ程焦がれても、パウロはアゼルのようにはなれない。
コンプレックスはお互い様だ。無い物ねだりをしてなんになる、と、若干の妬みもあってパウロが表情を固くした時だ。

「その、先の戦闘では、助けられた…」

言い辛いのだろう。パウロから視線を外して、ぼそりとアゼルが言う。

「僕がいなくても、君達は戦えるんじゃないか? 足手まといにはなりたくないんだ!」

ああ、と、パウロは嘆息する。
これはアゼルの矜持だ。傲慢だ。
年下のパウロと、女のサーシャ。それを守るのがアゼル。その為に体を張り、多少無茶でも前に立ち続けたのだ。魔法が使えないのは生まれつき。きっと彼自身もう割りきっている。出来ないものは出来ない。だから気にしない。代わりに神から授かったものの価値を、彼は正当に理解している。

(足手まとい? そう思われていたのは僕らの方か)

くっ、と込み上げてきた自嘲を喉の奥で食い止める。憤りが全くなかったわけではないが、頭の中ではアゼルをいつもの調子に戻すための言葉を探していた。

「思い違いをしているようですが」

実際あきれているが、アゼルにそうとわかるように、すこし芝居がかった仕草で、パウロは顎の下で手を組んだ。

「魔法は万能ではありませんし、魔力は有限です。強力な魔法を使おうと思えばそれなりに準備もかかります。僕らが魔法を唱えている間、君には〃盾〃になってもらわないといけないし、ご存知の通り、僕らはタフに出来ていない。もしもの時には君には僕らを担いでいってもらわないといけない。僕じゃサーシャをおぶって走るなんて到底無理ですからね」

そもそも背丈が足りていない。背負っても引きずることになるだろう。

「つまりね、アゼル。僕らには君が必要だし、君には僕らが必要だってことです」

情けなく下がっていたアゼルの眉尻が、すこしだけ上がってきたようだ。

「バカだな! こんな下らないことを悩んでいたんですか?」

心からそう思ったので、バカだな、の一言には妙に力がこもった。怒られるかと思ったが、アゼルの表情はパッと明るく晴れる。

「本当だ! パウロの言う通りだな!」

安心したらお腹が空いたと、クッキーを掴んで口に放り込む。二掴みもするとクッキーは無くなってしまい、気付いてアゼルは申し訳なさそうな、物欲しそうな、情けない顔をした。

「また作ってあげますから」

やれやれと呆れる反面、分かりやすいアゼルに好感を覚える。

「でも、今はそれでお仕舞いです。残りをサーシャに持っていってあげてください」

アゼルにしてみたら一口でも、女の子なら小腹を満たすに丁度良いだろう。残ったクッキーを紙に包んでアゼルに持たせる。

「サーシャはどうしたのかな? なんだか様子がおかしかったんだ」

「さあ?」

これは本当にわからなかったので、パウロは素直に首をかしげた。

「美味しいものを食べたら元気が出るって、あの子も言ってたものな」

「あの子?」

「この宿の下働きだよ。ちょっと話したんだ。でも最初からパウロに話せばよかったな。こんなに簡単に解決するんだもの。今度からパウロに相談するよ」

にぱ、と、罪の無い笑顔。

「ちょっと待って。下女と話したんですか? え、いつ?」

「ついさっきだよ。サーシャがお茶に呼んでくれたとき、シーツを替えに来た子が話し掛けてきて」

悪気の全く無い、笑顔のアゼルに、パウロは頭痛を覚えた。

「部屋で? まさかそれをサーシャに見られた?」

「あー、そうだね。そうかも」

(それだ!!)

頭を抱えたくなったがなんとかこらえた。

「とりあえずこれを持って、サーシャには今の話をしてください」

「今の話?」

「君の悩み事です! あーもう、いいから行って!」

「えー? わかった」

アゼルを二階に追いやって、パウロはお茶を入れ直すために台所に向かった。ゆーっくり、お茶を用意して、頃合いを見計らってサーシャを訪ねねばならない。あの鈍感男では、サーシャの誤解を解くなんて至難だろうから。

「全く、世話の焼ける」

文句を言いつつも、パウロの口許には笑みが浮かんでいた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ