ドラクエ2

□DQ2 if
22ページ/24ページ

平気じゃないのは僕の方 1

光の中から現れた君は天使のようで、僕は一瞬で君を好きになった。

本国からの命令は、ムーンブルク壊滅の真相を調査し、王家の生き残りがいれば保護し本国へ連れ帰ること。
サマルトリアは元より、他国の介入を許さぬように、ムーンブルク方面には難民の保護を名目としたローレシア軍の設営地が建設された。
僕の使命はローレシア軍の指揮官としてムーンブルクにとどまり、この地に第二のサマルトリアとも言うべき植民地を築くことだった。
けれどもそんな命令、ムーンブルク王の子女サーシャに出会ってからはどうでもよくなった。ムーンブルクの難民は救う。焼け野原と化した王国の復興工事にも着手しよう。けれどそれは、ローレシアの為ではない。すべてサーシャの為だ。
復讐に手を貸すのも。密かに活動の場を広げ、世界を破滅に導こうと言う邪教徒絶ちと戦うのも。すべては愛しいサーシャの為。

出会ったあの日、ついていくといった僕を君は即座に否定したけれど、本当は不安だったに違いない。
君を守ると取った手を振り払わなかったのは、ちょっとは安心してくれたからだろ?
君が目的を果たすまで、僕は君のそばにいる。オマケもついてきちゃったけど、サマルトリアはローレシアの属国。しかも年下の、ひょろひょろの優男なんて、僕は気にもしていなかった。
どんな魔物が現れても、邪教徒が徒党を組んで挑んできても、僕の剣と我がローレシアの騎士が必ず退け君を守るから。

――そう、思っていた。

必殺の一撃は、確かに敵の命を奪ったけれど、深く刺さった剣が抜けなくなるのは誤算だった。

「アゼル!」
「危ない!」

言われるまでもなく気づいている。咄嗟に剣を手放し地面に転がった僕が、今さっきまでいた場所がしゅうしゅうと煙をあげている。ツンとする刺激臭で、目と鼻の奥が痛い。痛むのは左足もだ。剣を手放す判断が遅れたために、左足に魔物の分泌液を浴びてしまった。盾で庇っていなければもっと広い範囲に浴びることになっただろう。じくじくと溶けて煙をあげる盾を見てゾッとした。これはもう使い物になるまいと、分泌液を飛ばしてきた魔物にぶつけてやった。
不定形な粘着質の、常に嫌な臭いのする気体をその体から立ち上らせている魔物は、盾の直撃を受けて一瞬動きを止めたが、すぐにまた不気味に体を震わせながら前進を始めた。
悠長に剣を引き抜きに行っては今の二の舞だ。かといって素手で相手にはしたくない。幸い動きは鈍いようだし、大山鼠やこれまたばかでかい虫どもは全て片付けた。剣や戦利品を諦めるのは辛いが、ここはやり過ごすのが利口だろう。
僕が一時撤退を決めたときだ。

「バギ!」
「ギラ!」

小さな竜巻が生まれ、子馬ほどの大きさの緑のぐちゃぐちゃが地面から浮き上がった。次の瞬間、竜巻の中に炎が生まれて魔物が燃え上がり、呆気に取られる僕の目の前で緑の魔物は跡形もなく消えてしまった。

「アゼル! 」

血相を変えて駆け寄ってきたパウロが、水筒の水をぶちまけて僕の傷口を洗う。何らかの毒だろう。紫に変色し、嫌な臭いを放つ傷口に、パウロは思いきり顔をしかめたあと、間髪いれずに詠唱を始めた。僕はされるがままに任せる。

僕が戦う。サーシャとパウロを守って。時に怪我をすることもあるが、いつもこうしてパウロが傷を塞いでくれた。僕のなかではパウロはサポート、サーシャは守るべきお姫様。それで決まっていたのだ。それが今回、守られたのは僕の方、なのか?

それじゃあ、僕はなんのためにいる?

「アゼル、終わりました。他に怪我はないですか?」
「あ? ああ。大丈夫。ありがとう」
「いいえ。ぼくに出来るのはこのくらいですからね」

このくらい? 嘘つけ。すごい魔法で敵をやっつけたのはお前だろ。

「いつもながらすごいものね」

戦利品を広い集めながらサーシャが感心しているのか呆れているのかわからない評価を呟く。
すごいのは君の方だ。
僕に出来るのは武器をもって敵を叩き潰すだけ。神の御技、魔法の力をもって奇跡を起こすことはできない。

僕は戦い、君を守る。僕が戦い、パウロが癒す。
でも君たちは戦える。僕が守らなくても。
じゃあ、僕のいる意味は?

僕から戦いをとったら…?
なにも残らない。

「あなたの剣、これは駄目ね」

緑の分泌液を諸に浴びた剣は脆くなっていて、引き抜こうと少し力をいれただけで根本から折れた。
仕方なしに、夜営地を設営するときに使う金槌を次の剣を買うまでの繋ぎで使うことにした。

「次の町で良い剣が手に入ればよいのだけど」
「いや、いいよ」
「え?」

ぶん、と金槌を振る僕に 、サーシャは何故? と言う顔をした。

「これはこれで使い用はあるし」

と言うのは建前で、新しい剣を買う金が惜しかった。旅をはじめて真っ先に思い知ったのは、魔物の凶悪さなどではない。ただ生きていくだけでも金が必要で、その金を稼ぐことの難しさだった。使えるものは何でも使う。節約できる物はとことん節約するのが、当たり前になっていた。
とは言え、武器は武器でも大金槌と今まで使っていた剣とでは訳が違う。切り裂くのではなく純粋に武器の重さで叩き潰すのだから戦い方は全く変わってくる。流石に盾を構えて、と言うわけにもいかないし、振り回した大金槌の勢いで重心がぶれる。一撃、一撃の威力は増すだろうが手数は減るだろう。しばらくは慣らしが必要だ。できればこんなときに、魔物に襲われたくはないものだ。

そんなことを思ったのが逆によくなかったのかもしれない。

荷運びように連れている馬が嘶き、不自然に前のめりに倒れた。地中から突如にょっきり生えてきた手が、憐れな馬の足を捕らえている。地面に倒された馬の鼻面に別の手が伸びて、息を止めようとしている。

「マドハンド!」

パウロが叫んでギラを放つ。サーシャも構えた魔道士の杖から火の玉を放ったが、僕はマドハンドとは全く違う方向に走った。

「アゼル?」

サーシャの批難するような問いかけるような声を背中で全て受け止める。前にあるのは毒々しい紫の葉を付けた動く樹木。木立の中に紛れ込まれて気づかなかった。見れば辺りには魔樹ばかり。或いはマドハンドが地中に引きずり込んだ犠牲者を養分にここで子孫を増やしてきたのか。

「こなくそ!」

思いきり振り抜いた金槌が樹皮を引き裂き薙ぎ倒す。
頭上から降り注ぐ樹液を避けもせずに次々と魔樹を薙ぎ倒しているうちに、くらりと目が回った。

「ち!」

不覚だった。毒だ。
目が霞む。手が震える。膝に力が入らない。

それでも!

僕は倒れてはいけない。

「うおおおお!」

獣のような叫び声を上げてマドハンドの群れに突っ込んだ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ