ドラクエ2
□DQ2 if
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例えば君に恋人ができたら
アゼルが変だ、とパウロが言い出したのは、宿代を節約したいがために自分達の食事の後片付けを手分けしている時だった。
サーシャはパウロが洗った皿の水気を布巾で拭き取りながら、彼の言葉の意味を二回頭の中で反芻した。
「いつものことではなくて?」
アゼルはローレシア大陸随一の大国ローレシアの第一王子。ラダトームやデルコンダル王家とも縁のある、血縁からすれば世界中の王位継承権を主張できるほどの由緒正しきお生まれの王子様だ。それが供の一人も付けずに城を飛び出し、一介の傭兵のような成りで世界中を旅している。偉ぶったところなど全くなく、必要ならば下着一枚で毒の沼地にだって、光の届かぬ海の深淵にだって飛び込む男だ。
サーシャの言葉にパウロは情けない顔をした。
「そういうんじゃなくてですね」
各言うパウロはサマルトリアの王太子。宿代惜しさに皿洗いをする王子なんて、世界広しといえどパウロくらいのものだろう。
サーシャは亡国の王女だ。親の仇を討つためならばなんでもする。仇討ちさえ果たせればいい。犬にすら身をやつしたサーシャには、それが全てだ。自暴自棄とも取れる行動を、これまで何度となくアゼルに注意されてきたが、ハーゴンを倒したあとのことなど考えられない。
こんな自分を守って旅をすると言う二人の王子が、変人でなくてなんだというのか。
「うーん、なんていうのかなぁ…」
とにかくいつもと様子が違うのだとパウロは言う。何がどうと、具体的な言葉は思い浮かばないが、例えば今だって彼らしくない。
どんな大怪我をしたあとでも、一晩休めば翌日はケロッと重たい金槌を振り回し、三人前は朝食を平らげて、直ぐ様出掛けようと言い出すのに、今回は既に二晩同じ宿に逗留している。気味が悪いほどにおとなしい。パウロが理由を尋ねても、何でもないの一点張りだ。
「本人がそう言うなら、何でもないのでしょう」
「うーん」
何でもないのなら、せめて何でもない振りをしてほしい。とは思うが、いつでも元気はつらつ、心も体も直進するしか能がないアゼルに何かの振りをしろというのは無理な話なのもわかっている。
「何か気になることがあるみたいなんだけど、それがなにかわからないんですよね」
食器を片付けてしまうと、次は手際よくお茶の用意を始める。なんでも器用にこなす男だが、本当に王子なのかと疑うほどに、市勢のこともそつなくこなす。お茶請けの焼き菓子も、昨晩パウロが即興で作ったものだ。
「一応アゼルにも声をかけてもらえますか」
「わかったわ」
頷いて厨房を出たサーシャは、二階へ向かう階段の中程でガタガタという物音に眉をひそめた。
「アゼル? 起きているの?」
自ら大怪我を負いながら、毒を持つ食人植物を叩き潰し、その毒液にまみれたままで更にマドハンドの群を切り抜けたアゼルは、出血多量と毒にやられて半日生死の境をさ迷った。パウロのキアリーとサーシャのベホイミで一命をとりとめたのだが、半日寝込んだだけでもう動いているのだから呆れる。
今朝までは大事をとって部屋まで食事を運んだのだが、あの調子ならば食堂に降りてこられるだろう。
「パウロがお茶を淹れたの。あなたもいかが?」
呼び掛けながら階段を上がるが反応はない。若干苛立ちを覚えながら、サーシャはアゼルの部屋を叩いた。
「起きているのでしょ? 入るわよ?」
遠慮なく開いた部屋の中には人気がなく、ベッドまで見に行ったけれどやはりそこにアゼルの姿はなかった。
玄関を通るには厨房前を通らねばならず、皿洗いをしている間、アゼルは二階にいたはずだ。まさか二階の窓から飛び降りて、中庭で稽古でもしているのかと窓から身を乗り出してみてもやはりそこに求める漆黒のくせ毛は見当たらない。
「どこにいったのかしら…」
ムーンペタで助けられて以来、頼みもしないのに側にいて、何が面白いのか無神経な笑顔を振り撒いていたアゼル。あの笑顔がないことが、急に不安となってサーシャの胸に影を落とす。
「アゼル」
母を探す迷子の子供のようだ。心音が頼りなく乱れ、浅い呼吸が乱れた鼓動に拍車をかける。
主のいない部屋がやけに冷たくて怖くて、サーシャは逃げるように廊下に出た。どこにいるだろう。どこを探せばいいだろう。怖くて不安でたまらない。
「アゼル!」
悲鳴のようなか細い声に、最奥の部屋の扉が開かれた。
「サーシャ?」
ひょっこり現れたくせ毛にサーシャがほっとした瞬間、アゼルの後ろから知らない女が顔を覗かせた。
「サーシャ。大丈夫?」
走り寄るアゼルが纏うのは、知らない女の香り。
ズキリと、胸が痛んだ。
「どうしたの? 変な顔してる」
頬に触れた手を反射的に払ったのは、汚らわしいと感じたからだ。
「サーシャ…?」
訳がわからないと、傷付いた瞳がサーシャを見つめるけれど、構っている余裕はなかった。
「気安く触らないで。パウロがお茶を淹れたの。具合もよいようだから、降りてきたら」
突き放すような口調になるのは自覚できても、止めることができない。
「あ…。うん。ありがと」
アゼルの返事も待たずに、サーシャは勢いよく身を翻した。まとわりつく安っぽい香水の残り香を振り払うかのように。視界の端に、しょぼくれたアゼルと、アゼルによりそうように立つ女が見えた。目が合うと、女は僅かに笑ったようだ。
(なによ!)
サーシャにはそれが、サーシャを嘲笑っているように見えた。