ドラクエ1

□竜の勇者と呼ばれた男
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ぐうの音も出ない-2


 ローレシア王アレフは近衛数名と王太子アザッロを伴いムーンブルクを訪れていた。

 名目としては、ムーンブルク王太子に世継ぎの王子が産まれたお祝いに参上した、ということになっているが、事実上は胡麻をすりに来たのだ。
 ムーンブルク王の思惑の何倍もの早さで東ローレシアを統一し、一度は衰退したとはいえまだまだ世界屈指の国力を誇るラダトームの軍を退けた勇者アレフ。アレフ個人を一戦士としてならば大いに恐れ、敬って欲しいとアレフは思う。それだけでアレフは外交の重要なカードになるからだ。しかし、まだまだ国として赤子よりも頼りないローレシアを、ただアレフがいると言うだけで脅威に感じられては困る。
 ローレシアを守るため、サマルトリア築城は急がねばならない。しかしそれが為にムーンブルクという後ろ楯を失うわけにはいかないのだ。


 早馬がもたらした親書の内容通り、たった10騎で大陸を縦断し、まだまだ危険な海底洞窟を通ってやってきたというアレフを、ムーンブルク王は激烈に歓迎した。何より王を感激させたのは、8歳になる王太子アザッロをアレフが連れてきた事だ。
 また、アレフは、道中山賊や魔物を退治してきており、ムーンブルク・ローレシア両国の今後更なる発展と友好の為に街道整備を持ち掛けた。

「これで旅人や商人の往き来が盛んになり、ムーンブルクの国庫は更に潤いましょう」
「おお、さすがはアレフ殿。早速早速」

 手を叩いてムーンブルク王は賛成したが、街道が整備されれば行軍も楽になるということで、いざというときの進行ルートが出来上がる。それはローレシアにも言えることなので、ただ喜んでもいられない。今後は街道に沿って、国境に兵を駐屯させることになるが、いずれにしても国境警備は置かねばならないので問題はない。
 アレフが耕した広大なローレシアという実り豊かな畑を手に入れる下準備を、アレフ自身が勧めてくれているようなものだと、ムーンブルク王は内心笑いが止まらない。
 竜の勇者だなんだと言われても、所詮は一介の戦士。気にするほどの男でもなかったか、と。
 一方で、アレフにはアレフの思惑がある。
 街道が敷かれれば兵を駐屯することになるだろう。兵が目を光らせることになれば賊が減る。賊が減れば治安がよくなり商が盛んになる。街道の整備には勿論金がかかるが、ムーンブルクの支援を取り付けた以上はムーンブルクから資金をむしりとればいい。アレフにとっては利益ばかりだ。

「細かい話は晩に。孫の顔を見てやってくれ」

 固い握手の後、ムーンブルク王は上機嫌でアレフの肩を抱きながら、自らアレフを部屋に案内すると言う。
 表面上であれ、その場凌ぎであれ、アレフの主目的はひとまず達成できそうだった。


 その晩、アレフ来訪を祝うパーティが開かれた。
 伝説の鎧に身を包んだアレフも神秘的で雄々しく人々の目を引くが、ムーンブルクの礼装を着たアレフもなかなかの美男子振りである。
 妻子のある身とわかっていても、若々しく美しいアレフに、女たちの目は集まった。そしてアレフの襟元に咲く赤い花に「まぁ」と目を見張らせて、遠巻きに噂話に花を咲かせるものもいれば、近付いてきて興味津々話し掛けてくるものもいる。

「アレフ様、ここ、虫ですかしら?」
「ええ。夜な夜な寝所に迷い込むので、囲っております」

 まぁっ、と笑い声が上がる。そのまま戦の話をしてくれとせがまれるままに、アレフは物語調にローレシアへ渡ってきてからのことを話した。竜王討伐の旅をしていた頃から、行く先々で話をせがまれてきたから、そこらの吟遊詩人よりも語りは巧い。

「なるほど。勇者殿は女性の扱いも各地で学ばれたと見える」

 話の途中で酒臭い息が割って入った。何人かの女はそそくさとその場を去っていく。

「その手練手管でせっかくたらしこんだ姫君なのに、国を追い出されたのでしたな」

 この酔っ払いは、ムーンペタ公爵の三男だったとアレフは記憶している。確かアレフとローラがムーンブルクに滞在中に、ローラを盛んに口説いていたが、全く相手にされずにいた。部屋住みの穀潰しだから、どこかの金持ちの娘と結婚するしかないのだが、こんな風だから三十にもなってまだ一度も結婚したことがないらしい。

「………」

 アレフが黙っているのを、反論できないものととったのか、男は得意気に言葉を続けた。

「ラダトーム王が姫に国を継がせられぬと思われたのも仕方ない。竜王などという得体の知れない魔物の妾にされた娘。わたしならば自決の道を選ばせたでしょうからな」

 大袈裟な身振りで話す酔っ払いに、周りのムーンブルク貴族もさすがにやりすぎだとざわついた。もしアレフが騎士の腕を掴まなかったら、酔っ払いはローレシアの騎士の手によって、冷たい床に嘔吐物を撒き散らしていたことだろう。

「ご安心なさることだ」

 アレフはにこりと微笑むと、給仕から取り上げた酒瓶を持ち上げた。

「第一に、貴兄のご息女に、神に連なる竜王(ドラゴンロード)が食指を向ける事はない」

 空になっていた男の杯に、なみなみとワインを注いでやる。

「第二に、その竜王も、俺が殺した」

 僅かに効いた凄みに酔っ払いは鼻白み、周囲では小さな歓声が上がる。勝敗は明らかだった。

「ア、アレフ陛下!」

 場の雰囲気を和ませようと言うのだろう。ひきつった笑みを浮かべた、若いムーンブルク騎士が輪のなかに入った。

「竜王すらも虜にしたローラ姫は、さぞお美しい方なのでしょうね」

 これにはアレフは曖昧に笑っただけで、我が事のように得意気に認めたのは随員の近衛騎士だったが

「ふんっ! いくら美しくても、害ばかり呼び寄せたのではたまらんわ!」

 酔っ払いが再び毒づいた。度重なるラダトームの侵攻のことを言っているのだろうが、ただの負け惜しみにしか聞こえない。

「確かに」

 慌てる若い騎士には優しげに、酔っ払いには冷徹に、アレフは笑みを見せ言った。

「しかし、何度でもわたしは敵を退けて見せましょう。海を隔て、軍を用いてまで奪い返したくなるほどの女を妻に持つことほど、男として誉なことはありません」

 そして

「貴兄にも、似合いの素晴らしいご婦人が、早く見付かる事を祈っておりますよ」

 杯を掲げて、アレフは微笑んだ。



20130524
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