ドラクエ1
□竜の勇者と呼ばれた男
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ぐうの音も出ない
ラダトームの船団を退け、ドレアス地方のドルイドの協力も取り付けて、サマルトリア築城に本腰を入れ始めた頃、ムーンブルクからアレフに招待状という名の召喚命令が届いた。
「最近派手に動きすぎたからな」
とアレフが苦笑する通り、ローレシアに渡ってからのアレフの働きは目覚ましいものがある。ムーンブルクはアレフに、ローレシア統一を望みはしたが、こうも簡単にやられてしまうと心配にもなるだろう。
「反意はないと、俺が直接証明してくる」
聞いているのか? と、アレフは自分の胸に頬を寄せている妻の様子をうかがった。指に絡めては解き、その感触を楽しんでいた金色の髪を、少し強く引っ張ってみる。
「んもぅ」
顔を上げたローラがキッとアレフを見た。
「聞いていますっ」
「怒ってるのか?」
髪の毛を引っ張れば誰だって怒るだろうが、楽しそうに笑うアレフが言っているのはその事ではない。
「子供みたいに」
膨れっ面を背けようとするローラの体を自分の上に押し上げて、真下から覗き込む。がっしりとした腕に押さえ付けられては、ローラももう諦めるしかないと溜め息を吐いた。
「遊びに行くんじゃないんだぞ?」
「わかっていますっ」
それでも心配なのだ。戦にいくならば何も心配はしない。策略渦巻く宮廷だって、なんのかんのとうまく乗り切るだろうことも疑わない。ただひとつローラが気がかりなのは、アレフの浮気である。
アレフとローラがムーンブルクに身を寄せていた間、ローラがいてさえアレフは女官たちに人気があった。貴族の婦人たちの中には、あからさまな態度で近づいてくるものすらいた。
それを言うならローラもなのだが、自分はアレフに近づく女にやきもきしていたので、ローラ自身はその事に気付いていない。何よりローラのアレフに対する執着にも似た愛情は、ローラには疑いようのないものなのだから、自分がアレフ以外の男とどうにかならないことはローラ自身がよく知っていた。が、アレフの気持ちにはそこまでの自信が持てない。男というものは、心と体の支配が別であるとも聞く。万にひとつも間違いが起きないとは言い切れないではないか。
連れていってくれ、とは言えない。母であり、王妃である責任が、ローラの半身を縛っている。
我が儘を言わない代わりに、焼き餅くらいは自由に焼かせてほしい。
さも困った奴だとばかりに、アレフが溜め息を吐くような笑みをこぼした。拍子に腕の拘束が緩んで、これ幸いとローラは寝台を滑り降りた。
「ローラ」
制止も聞かずに衣服を整え始めるローラに、アレフも渋々ながら寝台を降りた。まだ少し、寝入るには早い。明日から男だらけの旅になるのだから、アレフとしてはもう少しじゃれていたいのだ。
「ローラ」
背後から抱きしめ、腰帯を結ぶ手を止める。白い首に唇を寄せると、肉食獣に喉笛を噛みつかれた草食動物の様に、体を震わせ大人しくなった。
「――っは」
思わず息が漏れたのは、獲物を仕留めようとでもするかのように、頸動脈に添って唇が動いたからだ。
「俺は信用ならないか?」
低い声にぞくりと背中が震える。
身をすくめて、ぷるぷると首を振るローラの顎を、アレフの指がなぞり、いたずらっぽく笑う視線がローラを捉えて脳を甘くしびれさせる。
「そんなに不安なら名前でも書いておけばいい」
トントン、とアレフの指が叩いたのはアレフの鎖骨の辺り。アレフが今しがた、ローラに痕を残したのと同じ場所だ。蜜に誘われた蝶の様に、ふらふらと寝台に腰掛けるアレフに唇を寄せる。いつもなら、どんなに力一杯押したってびくともしないくせに、少しよりかかっただけで、あっけなくアレフは後ろに倒れた。
「悔しい…」
「なにが?」
自分で鬱血させた痕をなぞりながら、ローラは不満そうに唇を尖らせる。
「こんな痕、その気になれば直ぐに直してしまうくせに」
魔法で直してから、ローラがつけたのと同じ場所に、同じように別の女に痕をつけさせればいいのだ。
「じゃあ、この痕が消える前に戻ってくる」
普通に陸路を取れば片道一ヶ月はかかるだろうが、その気になれば、アレフは一瞬で空間を渡る。何なら、毎晩ローラの隣で眠ることだって出来るのだ。
流石に使者より早くムーンブルク城を訪ねるわけにはいかない上に、ムーンブルク領に無断でルーラで侵入することも勿論出来ない。何より親書には、「明日、陸路で、随行員を含め10人、馬でムーンブルクに向かう」としたためてあるのだ。その通りにしなくてはならない。
だから、ローラのつけた鬱血が消える前に用事をすべて片付けて戻ることは物理的に不可能だ。
子供っぽいのはどちらのことだと、ローラは呆れて笑ったけれど、当のアレフは全くの真顔で
「だからいい子で待っていろ。そうしたらお前が一番ほしいものをやる」
と言った。
「わたくしの、一番?」
菓子や宝石やドレスで、機嫌を取ろうと言うのなら冗談ではない。
心持ち眉をそびやかせたローラに、気付いているのか居ないのか。または気にしていないのか、アレフはにやりと強気に笑う。
「俺の他に、欲しいものなどないだろう?」
ローラが呆気にとられているうちに、アレフは素早く体勢を入れ替えた。
翌日ムーンブルクに向かう馬群の先頭でマントをなびかせるアレフの襟元には、誰の目にもそれと明らかな赤い鬱血がくっきりと残り、それを見送るローラにも、夫よりも更に際立つ赤い痕があり、周囲を困惑させたとかしないとか…
20130520
部下の前で口を滑らすアレフ、というのを書くはずが……
それはこの後の展開だな。うん。
リーアさんに捧げます。
イラストは5/31にリーアさんから、サイト5周年のお祝いにいただきました。とーっっても嬉しかった!! リーアさん、本当にどうもありがとうございます!!