ドラクエ1

□竜の勇者と呼ばれた男
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 石造りの城に比べて、近くの森から切り出した木材で作られた館は暖かみがある。たとえ城が完成するまでの仮住まいだとしても、この木造の家で子供たちを育てられたことは幸せだったとアレフは思う。王の子という特異な環境に生まれてしまった我が子に、少しでも自分が子供の頃に感じた幸せを与えてやりたいというのは、子供を自分と同じ判断基準に置きたいという、親のエゴだろうか。
 二階に向かう階段の踊り場に設けられた灯り取りの窓から、ボールを追い掛けるアザッロとベルーノが見える。こうして見ると、どこにでもいる普通の子供だ。
 建国間もないこの国は、内外にまだまだ多くの問題を抱えている。自分達の都合で作った国を、問題だらけのまま子供に押し付けるわけにはいかない。
 この先、アザッロやベルーノがどんな男に成長するにせよ、負債を背負わせたくないと思うのは当然の親心だろう。
 だからアレフは兵を率い、愛する家族のもとを離れて軍場(いくさば)へ立つ。
 日々成長する子供達を、片時も離れず見詰めていたいが、それは公人としてのアレフには出来ないことだ。
 そう。姫の出産についてもそうだ。事後連絡になるのは仕方ない。連絡がなかったということは、母子共に健康だという証拠だ。喜びこそすれ、怒るような事ではない。
 けれどこう、納得できない自分がいるのだ。

(我が儘には際限がないな…)

 自分の業に半ば呆れつつ、アレフはローラの私室のドアを叩いた。

「エミリ?」

 王の私邸を訪れる者は限られているが、アレフが不在となればその数はますます少なくなる。ローラが呼んだのは、この館が出来てからずっと、ローラと子供達の身の回りの世話をして来た小間使いの娘の名だ。

「開いているわ。どうしたの?」

 何故そこで小間使いの名前が出てくるのだと、面白くない思いをしながらドアを開く。

「今手が離せないの」

 二間に分かれた部屋の奥、寝室から声がする。気配を探れば、成程。確かに乳児の気配もあった。
 返事をしないまま、アレフは寝室のドアも開く。甘ったるいミルクの臭いに、胸の中がくすぐったくなる。

「どうしたの? エミリ?」

 返事をしない小間使いを訝しんで振り返ったローラは、戸口に佇むアレフのなんとも複雑な表情に、思わず吹き出した。

「…なんで笑う」
「だって…」

 尚もクスクスと笑い続けるローラと、拗ねた表情のアレフ。どちらともなく歩み寄り、軽く抱擁をかわした。本当は強く抱き締めて、熱い口付けでも交わしたいところだが、ローラの腕に生後半年に満たない嬰児がいるのでは仕方ない。

「お帰りなさいませ」
「ああ」

 ローラの額に口付けた後、アレフは自分の額とローラの額をこつりと合わせた。
 睫がキスしそうな距離で、瞳と瞳を見詰め合い、ベットの中で愛を囁く時のように、甘く低くアレフが囁く。

「何故俺の到着を待たない」
「無茶な事を仰っらないで」
「せめて早馬で知らせろ」
「またそんな…」

 くすりと、幸福そうにローラが笑う。

「帰った途端に民から知らされた時の俺の気持ちがわかるか?」

 ただのワガママだ。アレフもわかっているから、甘えたような口調になる。

「まあ」

 まさかアレフをかわいいと思う日が来るとは、初めて出会った頃からは思いもしなかった。

「アレフさま」

 いとおしい。
 ただ純粋に、いとおしいと感じる。
 そ、っと優しく唇が触れて、名残惜しく離れていった後で、ローラは赤子をアレフによく見えるように抱え直した。

「獅子の月の17日に産まれました。薬師のルオーは、健康に問題はないと」
「こちらに」

 危なげない手付きでローラから赤子を受け取ると、ローラが少し嫉妬するほど優しい笑みで、アレフは娘を見詰めた。
 初めて見る父親に、赤ん坊は長い睫毛に縁取られた目を瞬かせた。泣き出すのではないかとローラは気が気ではなかったのだが、ローラの心配に反して赤ん坊は興味深げにアレフの顔に小さな手を伸ばす。

「はじめまして。アウレア。よく生まれてきてくれたね」

 小さな手に口付けたアレフに答えるように、赤ん坊はうぶーと声を発した。

「宝物(アウレア)ですか」

 アレフに身を寄せて、ローラが微笑む。その笑みにはほんの少しだけ呆れが含まれていた。
 アレフは悪いかとばかりにローラを見たが、いたずらっぽく見上げてくる瞳から逃れるように、ふいっと窓の向こうに背けてしまった。

「……、………」

 赤く染まった耳たぶと、ほとんど口を開かないふて腐れたような呟きに、ローラは珍しいものを見たと目を見張った。

「ねぇ、あなた。なんておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。もう一度!」

 笑みを含んだ声に、アレフからは「うるさい」と叱られたが、ローラにはもう、逃げ口上にしか聞こえない。

「アレフさまったら」
「しつこいなっ」

 もうなんと言われようと怖くない。だって照れたアレフが、可愛くて仕方ないのだから。
 いつかアレフに言ってやるのだ。
 あなたも、わたしの、宝物です。
 ――と



20121022
お待たせしすぎ!
ごめんなさい。完結です。
イチャラブしてますか?
幸せですか?
押して押して押しまくったローラ姫。しっかりアレフをものにしましたー!!
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