ドラクエ1
□竜の勇者と呼ばれた男
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誰もいない筈の空間に、ふと人の気配を感じ、ローラは身を起こした。
月明かりが何者かの影をローラの上に投げ掛けている。
「!?」
咄嗟に枕の下に隠した短刀を掴もうと伸ばした手は手首ごと捕まれ、振り上げようとした反対側の手も同じタイミングで押さえつけられた。
昔ならば何もできずに震えているか、悲鳴を上げて気を失うかだけだったローラの変化に、一番驚いているのは侵入者かもしれない。くすくすと楽しげに笑う侵入者に、ローラは訝しげに眉をひそめ、直ぐに侵入者の正体に気付いて眉を吊り上げた。
「アレフさま!」
「ああ。ただいま」
ちゅ、と音をたててローラの額にキスを落とし、アレフはまだ喉の奥で笑いながらベット脇に座り直した。
「……まだ胸がどきどきいたします」
深夜、自分以外誰もいない筈の空間に突如現れた不法者に拐われ、半年もの間闇に囚われていた記憶は、ローラの胸に忘れられない恐怖として残っているのだろう。
アレフの背中に身を寄せたローラの体は細かく震えていた。
「すまん。眠っていると思ったんだ」
「……起きていました」
正しくは、眠れなかった。アレフに言ったことはないが、アレフの居ない時は眠りが浅い。――恐ろしくて。
目を瞑ると忌々しい記憶が蘇るようで、ローラはぎゅっとアレフに抱き着く腕に力を込めた。
「ローラ?」
振り返るアレフにキスをせがむと、アレフは少し笑ったようだ。ローラの望むままに、優しく口付けられる。
「アレフさま」
「うん?」
「お慕い申しております」
「うん」
くすぐったそうにアレフは頷いた。何度となく繰り返された言葉。言葉は詞だ。アレフが少し前に用いたように、呪いとなって人を捉える。
「ローラはアレフさまを、愛しております」
愛を囁かれる度、煽られる。
俺は捕らわれたのかな、とアレフは苦笑した。
毎夜繰り返されるこの言葉を、鬱陶しいと思わなくなったのはいつからだろう。くすぐったいような幸福感が、胸を占めるようになったのは。
「知っているから…」
黙れと封じようとした口付けを、ローラは拒んだ。
「アレフさまは?」
拗ねたような表情に、すがるような危うさが潜んでいるような気がして、アレフは押し倒し掛けていたローラの体を抱き起こした。しっかりと胸に抱き直して、髪を撫でてやる。
「足が痛むのか?」
躊躇いながらも、こくりと頷くローラの左足の腱が、いつ切られたのか、アレフは聞いたことはない。竜王に拐われた時だと思っていたが、ずいぶん古い傷のようだと一緒になってから気付いた。
昔のことを詮索するつもりはない。産まれたときから結ばれることが決まっていた二人ではないのだ。アレフだって、探られたくないことはある。
「あっ…」
ネグリジェの裾をまくって左足の傷痕に掌を押し当てる。一掴みにして余りある細い足に、惨く残る刀傷。
「……」
ベホイミを唱えても、自然治癒している傷には何の意味もない。それでも、唱えてやらずにはいられない。
いつもと結果は同じだ。掌の下の傷痕は変わらず、白い肌に灰色かかった筋を残している。
「俺は無力だな」
溜め息と供に自嘲の笑みが零れる。
英雄だ王だと持ち上げられても、小さなキズひとつ治してやれない。
(大事な女ひとり助けられない…)
――サマンサ
腕の中の女は、昔愛した女に似ている。けれど全く別の女だ。それでも、愛している。今は。
「…こんな、疵のある女は、お嫌いですか」
震えた――怯えた声で囁くローラに、アレフは少しだけ目を見張った。押しの強い高慢なお姫様だと思っていたが、こんな一面もあるのだと。
「まさか…」
額に口付けて、小さく呟く。
愛してる。と。
「ああ…! アレフさま」
嘆息は歓喜に濡れて震える。その震えごと、アレフはローラを抱き締めた。
それから、壁に背を持たれ、立てた足の間にローラを抱いて、ローラの髪を撫でながら、月を見上げて取り止めなく話をした。
「ラダトームの兄から、使者が来たと聞いています」
「ああ」
基本的に室から出ないローラが知っているのだ。国中の人間が知っていると見るべきだな、とアレフは苦笑した。
(困ったものだ)
長老連中には、国とはなんなのか、機密を守ることにどんな意味があるか。そういった意識改革から必要であるらしい。これからやることを思うと頭が痛む。
「わたくし、まだアレフ様のお口から内容をうかがっておりません」
「誰から聞いても内容は変わらんと思うが」
「アレフ様」
子供を叱るようなローラの口調に、アレフはまばたきを何度か繰り返した。
「わたくし達は、夫婦ですわね」
「…ああ」
「夫婦の間に秘密は少ない方がようございます」
少しならあってもいいのかと、茶々をいれるのはやめておいた。まっすぐ見詰めてくる瞳を見つめ返して、少し考えた末に唇を開いた。
「公人としての俺は、これからも秘密を抱えるぞ」
「わかっております。わたくしとて王家の人間です。けれど私人としてのあなたが、わたくしに関することを他人任せにして話してくださらないのは悲しうございます」
「…わかった」
ローラの顔に、ぱっと嬉しそうな笑みが広がるのを、可愛いとかもっと見ていたいとか思うのだから我が事ながら人間というのは変わるものだ。
「ラダックの使いでケレスが来た。俺達の召還命令が出ているが、勿論従う謂れはない」
アレフはそこで言葉を切って、悪戯っぽくローラを見た。
「ローラ姫がラダトームにお帰りになりたいというなら、お送り申し上げるが?」
悪寒でも走ったように、ローラはふるふると首を振った。本当に嫌だったらしく、腕には鳥肌が立っていた。
「嫌われたものだ」
笑うアレフに
「いっそ殺してくださいまし」
忌々しげにローラが言う。ケレス伯爵はローラの婚約者だったこともあるのだが、伯爵の一方的な片想いであったらしい。
「穏やかじゃないな。まぁ、そう言うな。あれにはまだ使い途がある」
「スパイに仕立てると?」
「そうと知らぬうちにな」
アレフは語った。
竜王の脅威を退けたラダトームが、このまま黙っている筈がない。王の交代があったならば尚の事、ラルス17世ラダックには功績をたてる必要がある。数年のうちに兵を挙げるのは間違いない。
その見極めに、ラダトーム内に協力者は不可欠だ。ケレスは小物だが、それ故に王に侮られていることを嫌悪している。プライドを上手くくすぐってやればよく動く手駒になるだろう。
病み上がりのラダトームの相手が大国ムーンブルクな訳もない。大義名分もあることだし、小国が乱立するこのローレシアに攻めてくる。
アレフがムーンブルク王の要請で兵を挙げた以上、ムーンブルクは援軍くらい寄越すだろう。しかしそれでは今度はムーンブルクの驚異にローレシアが晒される。
「緩衝地帯が必要だ」
それはラダトーム防衛の最前戦であり、ムーンブルクからローレシアを守る盾でもある。
「リリザですか?」
「いや、リリザではローレシアに近すぎる」
ベットシーツの上に指で地図を描いて、アレフはローレシア、リリザ、ドレアス湖と順に目印をつけた。ムーンブルクとの海峡トンネルより東、ドレアス湖の北、太古の森を指差して、
「ここに城を作る」
太古の森にはかつてドルイドの王国があった。アレフが来る随分前にローレシアの民によって滅ぼされたというが、彼等の城が、まだ森の中には残っているし、ドルイド達全てが滅んだわけではない。
「ドルイドは竜の神を崇めていたそうだ」
黄金の鱗を持つ神竜は、自分の命が絶える時、選ばれし人の子を代理人に選んだ。<神に最も近しき者>。ドルイドの言葉でディアレトー。ミトラ教の教えではロトとなる。ドルイド達は、<神に最も近しき者>が現れるのを待っているのだそうだ。
「俺のためにあるような神話だろう?」
竜神の話を聞いた時、アレフは何故だかとても懐かしい気持ちになった。打算抜きで、そこに城を築こうと思ったのだ。
「城の名は決めてある。サマルトリア。ベルーノの城だ」
長男アザッロにはローレシア。次男ベルーノにはサマルトリア。
「王子が生まれたら、その度に城を造るおつもりですか?」
「それもいいが」
くすくす笑うローラの髪に顔を埋めて、耳朶にキスするようにアレフは囁いた。
「次は姫を生んでくれ。お前に似た美人の姫を」
「他国に嫁がせるため?」
「……望むならな」
まだできてもいない娘が嫁ぐことを考えたのだろう。むっとするアレフに、ローラは声をあげて笑った。
アレフの在位中、ラダトームからは3度に渡る出頭命令と2度の出兵が行われたが、どれもラダトームの失敗に終わっている。
余談だが、ローレシア遠征の失敗と、アレフとローラの英雄譚ブームがラダトームに訪れた結果、ラルス17世は玉座を追われた。
ローレシアに続き、サマルトリアまで絆土を広げたアレフはローレシア大陸の完全制圧を果たし、ローラとの間にはアザッロ、ベルーノ、アウレアの二男一女を儲けている。
アレフの作った二つの王国、そして三人の子供達がその後をどう過ごしたのかについては、別の機会に語ろう。
完
20120914
これと同じ設定で書いてます。
アレフがローラに弱音吐く話しで終わるはずだったんですが…
なんか違うね(^-^;
本編で張った伏線の回収と、二人の恋の顛末。2へと続く建国の物語ということでご勘弁ください。
一応、いちゃこいてるし(笑)