◆ときめきトゥナイト

□お題外2
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冬の定番


とある冬の一日。
昨日までは晴れていても冷たい北風が埃を巻き上げ、洗濯もままならなかったのだが、この日は風も弱まり、蘭世は子供たちを学校に送り出すやてきぱきと家事をこなし、たまった洗濯物をベランダ、庭、と干していく。リビングでのんびりワイドショーを見ながらコーヒーを啜る俊は、窓越しに見える白い洗濯物の翻る我が家の庭に、いつか見たテレビCMを思い出していた。

清々しい日差しの下、いっぱいに干されたシーツや大小のシャツ。小さな女の子と一緒に洗濯物を干す若い母親。洗剤のCMなのだが、子供の頃の俊にはそれがとても幸せそうな家族の理想の形のひとつに思えたのだ。

愛する人と思いを通じ、所帯を持ち、子供にも恵まれ、子供の頃の夢を叶えた仕事で生計を立て、庭付きの一軒家に住んでいる。
今の自分は幸せ家族のまさに理想だ。
そんなことを考えると、じんわりと心が暖かくなっていく。

「う〜、寒い寒い!」

ぴしゃん、と勢い良く閉まった庭に面した大窓から、冷たい風と一緒に蘭世が入ってくる。俊は苦笑しながらエアコンの設定温度を高くしてやる。

「なにか飲むか?」

手にはお湯を注ぐだけのインスタント飲料のスティック各種。

「ありがとう! でもこのまま買い物に行ってきちゃうから」

忙しないことだが、一度暖まってまったりしてしまうと、出掛けたくないという気持ちも良くわかる。

「そっか。付き合うよ」
「え? いいわよ! 折角のお休みなんだし、ゆっくりして」
「休みだから、だ」

言わせるな、と思う。こつりと人差し指でおでこをつつくと、蘭世は照れたようにエヘヘと笑った。
ふたりでコートを羽織り、簡単に出掛ける準備をする。
歩いて10分程のスーパーまで、ちょっと夕飯の買い出しに行くだけの予定だったが、ふたり一緒なのだから併設された喫茶店でお昼も食べてゆっくりしよう。そう決めて。

「やっぱりまだ寒いな」

コートの襟をあわせて肩をすくめる俊の首に、ふわりとマフラーが巻かれた。

「あなたはいつも薄着過ぎるのよ」
「そういうお前は着込み過ぎじゃねえ?」

薄手のインナーダウンの上にコート、もこもこのマフラーに顔を半分埋め、勿論手袋も装備している。

「そう? 普通よ」
「あ、そう…」

とやかくいうのも疲れると、俊は両手をポケットに突っ込む。そんな重装備では彼女の手を一緒にポケットに入れる言い訳もできない。

「そういえば高校くらいの頃って」
「えっ?」

思っていたことを読まれたのかと、つい反応が大きくなってしまった。蘭世は気付いていないようで、そのまま話した。

「長めのマフラーをふたりで巻くのが夢だったな」
「あー…」

やったことがあるような気もすると、俊は記憶を反芻する。

「でもあれって、動きづらいしすきま風が寒いわよね」

これまた思考を先読みされたと笑みが浮かんだ。

「ああ。だな」
「最近はハート型の手袋をするんですって!」
「は?」
「ふたりで手をつないだまま手袋ができるみたい!」

ちら、と蘭世の顔を盗み見れば、うっとりと夢見る少女の表情を浮かべている。

(ったく…)

有無を言わさず蘭世の右手を掴み、手袋を剥いで指を絡ませポケットに突っ込む。

「要らないだろ」

蘭世はぱちくりと俊の横顔を眺めていたが、その目元がだんだんと朱に染まり、ついっと反対側を向くに至ってぷふっと吹き出した。

「そうね」

さらに体をすり寄せて、ポケットの中の手ごと俊に抱き付く。

「あったかーい!」
「おい! あまりくっつくな。歩きづらい」
「えへへ。平気だもーん」

口ではそういいながら、俊の足取りはしっかりと、蘭世の体重も支えて淀みない。

「焼き芋買おうか?」
「おう。鯛焼きでもタコ焼きでも大判焼きでも好きなもん買っていいぞ」
「やだ! そんなに食べられないわよぅ。あ、でもお米買って帰ろう」
「その“でも”はどこにかかるんだ…?」
「あとね、牛乳も!」

俊の抗議の呟きなど全く意に介さず、蘭世は空いた左手で買う物を指折り数える。見事に嵩張るものばかりのそのリストを聞いて、車で来れば良かったかなーと、俊は冬の高い空を見上げるのだった。

20170123
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