ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編2)
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なんだか体が痛い。変な体制で寝ていたらしい。
う〜ん、と腕を延ばしたアレクシアは、真横に端正な寝顔を見付けて咄嗟に反対側に背をのけ反らせ…
「わっ!?」
どすんと寝台から落っこちた。
「うるせぇな。なにやってんだよ」
欠伸を噛み殺しながら、人を小ばかにしたようなレイモンドの声が降ってくる。
よくよく見てみれば、レイモンドは服を着ていない。
「な、や、う? え!?」
目を白黒させて、アレクシアはレイモンドを指差したり、頭を抱えたり。とにかく混乱している。
肘を付き、寝台の上からそれを見ていたレイモンドは、ぷっと吹き出し、喉を鳴らして笑い始めた。
「そっか、おまえ処女だな? そりゃそうだよなぁ」
つい最近まで男だと言い張って生きて来たのだから当然だ。手を出すチャンスがあったとすればディクトールだが、あの男がそんな真似をするとも思えない。そんな度胸があれば、今のような関係にはなっていなかったはずなのだから。
笑い続けるレイモンドから、アレクシアは真っ赤な顔を背ける。
笑われているうちに少し頭が冷えて来て、自分がきちんと衣服を着ていることや、昨夜の出来事を思いだした。
ずるずると荷物を引き寄せて、ふて腐れたままレイモンドに放る。
「いいから、さっさと服着てよ」
不自然に目を反らしたまま、自身も荷物を求めて立ち上がる。水瓶から水を汲み、手ぬぐいをふたつ浸してひとつをレイモンドにほうった。
「ヘタクソ」
「うるさいっ」
見ていないのだから、あらぬ方へ飛んでいくのは致し方ない。
互いに壁を向いて、身支度を整える。
「体調は?」
「お蔭さまで」
「そうっ」
突き放したような口調になるのは、裸を見てしまった負い目があるから。
まだこちらを見ないアレクシアに、レイモンドは口元だけで苦笑した。
「なぁ、アレク」
「なんだよっ」
「ありがとな」
思わず振り返ってしまったアレクシアは、してやったりな笑顔に慌ててもとの位置に向き直る。頬の熱さは、きっと寝冷えをしたせいだ。
「飯行こう。お礼に奢ってやる」
「まさかそれでチャラ? 随分安いな。おまえの命」
気軽に叩かれた肩。並んだ余裕の表情に、こちらも負けじと軽口で返す。
「うるせぇ」
「あいたっ!」
こんなやりとりをしているのに、彼は仲間ではないと言うのだろうか。
昨日の酷白なレイモンドを思い出し、アレクシアはわずかに顔をしかめた。
お世辞にも美味いとはいえない朝食を終え、食後のお茶を挟んでアレクシアとレイモンドは互いの事情を話し合った。
「じいさんが?」
「うん」
(あんの爺…)
食えない爺さんだ。
アレクシアは疑いも持たなかったのだろうか。レイモンドにはきな臭さがぷんぷん漂ってくるのだが、まあ、敢えて伝えることでもないだろう。
「レイは、あくまでひとりでオリビアの岬へ行くつもりなのか?」
カップを受け皿に戻し、静かな瞳でアレクシアが問うてくる。
「…ああ」
ばつが悪くて目を反らした。
ひとりにこだわる必要なんてじつは全然ないのだ。昨夜のように、不覚をとることがあるかもしれない。
レイモンドの内心を見透かしたように、アレクシアはにやりと口角を吊り上げた。
「ついていってあげようか?」
「なんっ! いらねぇよ!」
「そう? 無理にとは言わないけど、昨日みたいなことになると大変だねぇ。気をつけてね」
にっこり。
それきりアレクシアはレイモンドに視線を寄越さない。茶の残りを飲み干すと、ゆっくりと椅子から腰を上げた。
「待て」
ばん、とテーブルに手をつく。顔は有らぬ方を見たままだ。
ムオルから岬までは未開の森を抜ける。厄介な魔物の棲息地を抜けねばならない。一人では昨日の二の舞になるのは火を見るより明らかだった。
「待ってくれ」
頭の横に刺さる白い視線が痛い。
顔を出す山より高いプライドをぐっと押さえ込み、レイモンドはぎぎぎとアレクシアを見上げた。互いに作りものの薄ら寒い笑顔。
「手伝ってくれないか」
「最初から素直にそう言え。バカ」
船に残るマルロイに事情を話し、ジパングへの言伝を託す。
呆れ半分、なにかからかうような顔で、マルロイは二人を見送った。
背中に山のような荷物を担ぎ、アレクシアとレイモンドはムオルを経った。
橋を渡り、樵小屋を越えて北の大地に踏み入れば、そこはもう人間の支配領域ではない。
備えはあるにこしたことはないが、運べる荷物には限度がある。
経験したこともない厳しい自然が、魔物以上に脅威となるに違いない。
風で暴れるマントの前を掻き合わせ、アレクシアは隣を歩くレイモンドとわずかに瞳を頷き合わせた。
太陽の光が届かない、深い森へ分け入る。
足元の腐葉土がじんわりとブーツの爪先を飲み込んだ。
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