ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
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 船を下りても行く当てなどありはしない。
 とりあえず宿屋でも探そうかと、荷物を抱えてとぼとぼと歩いていたアレクシアは、町中に入ってすぐに、人々の視線に気がついた。

(またか…)

 内心で溜息をつく。
 もはや慣れっこになっていた。旅人が珍しがられ、警戒されるのはどこでも同じだ。いちいち気にしていたのではこちらの気が持たない。
 無視して宿を探し始める。
 きたことのない所だが、大通りを歩いていけば宿の一軒くらいは見つかるだろう。

「ポカパマズさん?」

 潮風が少し肌寒い。早めに宿を見つけたほうがいいかもしれない。

「ポカパマズさんでしょう?」

 伸びた髪が視界にかかり、うるさそうに手で払う。切るか、結わくかしようか。しかし勝手に切ってしまうと後でリリアがうるさいかもしれない。否、まず文句を言うに違いない。

「ポカパマズさん!」
「え…?」

 マントの裾を引かれる。振り返ってみれば、前歯が抜けた子供が一人。ニカっと笑っていた。

「やっぱりポカパマズさんだ!」
「ポカパマズさん、おかえりなさい!」

 遠巻きにしていた子供達が数人駆け寄って来て、はしゃぎながらアレクシアの手をとった。

「また遊んでね、ポカパマズさん!」
「こんどはずーっといられる?」
「え? いや、それは無理。て、ポカ…なに?」

 訳がわからないでいるうちに、手から荷物が奪われた。あれよあれよという間に両側から引っ張られる。

「あはは! 変なの!」
「ポカパマズさん、自分の名前いえないでやんのー!」

 新手のスリか? 客引きか?
 混乱しつつ、そう思い始めた頃、どうやら目的地に着いたらしい。

「おかあさーん!」

 潮風に白い洗濯物が翻る。
 洗濯物のカーテンの向こうから、優しげな歌声が聞こえてくる。子どもたちはアレクシアの手を放り出して、笑いながらわれさきにと洗濯物のカーテンの向こうへ駈け出した。

「あらあら、そんなにあわててどうしたの?」
「お客さんだよ!」
「あら、だあれ?」

 シルエットだけでわかる。子供たちを出迎えるその母親が、優しく慈愛に満ちた微笑み
を浮かべていることが。

「ポカパマズさん!」
「え?」

 呆然と立ち尽くすアレクシアの前に、洗濯物をかき分けその女性は出てきた。母親というには若すぎる容姿。喜びと期待に輝いていたその瞳は、アレクシアを見て、戸惑い、諦めたように伏せられた。

「おかあさん?」
「なんでもないのよ。お客さん連れてきてくれてありがとう。おやつがあるのよ。手を洗って、中にお入りなさい」
「はぁい!」
「やったぁ!」

 母親の曇った表情に、不安そうに顔を曇らせた子どもたちはすぐさま笑顔を取り戻し粗末な小屋の中に入っていく。
 そんな子供たちの背中を見送った後、若い母親はぎこちない笑みをアレクシアに向けた。

「旅の方ですね。ごめんなさい。驚かせてしまって」
「…いいえ」

 これで宿にでもついたなら、強引過ぎる客引きだったと笑うこともできたのだが、どうやらそうではないらしい。

「あの、ポカパマズって…?」

 そういえば、ランシールの長老もそんなことを言っていた。聞いたことのない名前なのに、妙に胸が騒ぐのはなぜだろう。

「あー…」

 エプロンのすそを握って、若い母親はわずかに瞳を泳がせた後、取り繕うようにまた笑む。

「立ち話もなんですし、お茶でもいかがです? 狭い家で、申し訳ないんですけど」



 通された家は狭いが手入れの行き届いた落ち着いた雰囲気の空間だった。子供たちがどたばたと走り回り、喧嘩をしたり笑いあったりと、決して静かではない。けれどもそれが、不快ではないのだ。
 何の葉かはわからないが、ハーブ特有のさわやかな香りのする茶を飲みながら、アレクシアはアリアハンの我が家を思い出していた。
 子供がアレクシアしかいない静かな家だった。ここと同じ、落ち着いた暖かな空気が流れていた。

「ごめんなさいね。うるさいでしょう」
「いいえ」

 出されたお茶菓子はお手製だろう。素朴なクッキーだ。礼を言って手を伸ばしかけた時、アレクシアは物陰からの視線にはたと手をとめた。
 指をくわえ、じっとクッキーを見つめる子供。
 クッキーと子供を交互に見た後、アレクシアはふっと笑って皿を子供に差し出した。

「どうぞ」

 ぱぁぁ、と表情を輝かせて、子どもが皿を頂き去っていく。立ち去り際、思い出したようにぺこりとお辞儀をした。

「あら、いけません」
「いいんです。急にお邪魔したのはわたしですから。お茶だけで、もう十分」

 突然の来客で、子どもたちの取り分が減ったのだろう。食べざかりの子供のおやつを横取りするのは気が引ける。
 子供と接したことはあまりないのだが、それでも、小さな子が笑っているのを見るのは心が和むものだ。

 くすり

 こぼれた笑みに、アレクシアは子供達から母親へ視線を戻した。

「あ、ごめんなさい」
「いえ」

 栗色の髪をした、どこにでもいそうな普通の町娘だ。とてもあんな大きな子供がいるようには見えない。アレクシアよりは年上だとしても、5歳は離れていないように思えた。
 アレクシアの視線に納得顔で、母親は口を開く。

「あの子達ね、孤児なんです」
「ああ…」

 すべて、合点がいった。

「わたしも、孤児だったんです」

 湯気に目を落とし、独り言のようにつぶやく。
 立ち入ってはいけない何かを察して、アレクシアは押し黙った。それに気付いて、女性は笑顔を作った。

「そうそう。ポカパマズさんについてでしたわね」
「あ、はい…」

 カップを受け皿に戻そうとしたその時

「ニーナ! ポカパマズさんが来てるって!?」

 けたたましく玄関の戸を開いたのは、日に焼けた農夫風の若い男だった。


 男は、ポポタと言った。
 歳はアレクシアより4〜5歳上だろうか。ニーナとともに、子どもたちの面倒を見ているという。察するに、二人は夫婦なのだろう。さらには、二人のやり取りからして、ニーナは妊娠しているようだ。

「15年くらい、もっと前かな、旅の剣士さまがこの町を訪れました。俺も子供だったから、あんまりよくは覚えてないんだけど」

 供を連れた旅の剣士が、雪原の中倒れていた。仲間ともども酷いけがをしており、当時ニーナの母親が介抱をしたという。
 旅の剣士は、アリアハンから来たと言ったそうだ。

(まさか…)

 数カ月して、傷の癒えた剣士達は冬の間を町で過ごし、春になって出て行った。

「ダーマ神殿で勇者の称号をいただいた立派な剣士さまだって、じいちゃんたちが話してた」

(まさか…!)

「アリアハンの剣士、オルテガ様っていうんだって。後になって聞いたんだけど、ずいぶん偉い方だったんだって。そんな偉い方と遊んでもらったのかって、おれの自慢なんですよ」

 やっぱりか! アレクシアは頭を抱えた。先ほどよりも混乱している。
 アリアハンのオルテガ? そんなもの一人しかいないではないか。それがどこをどうしたらポカなんたらいう奇妙奇天烈な名前になるというのだ。

「でもなんで、あいつらあなたをポカパマズさんだと思ったんだろう」

 ポポタは不思議そうに、じっとアレクシアを見た。居心地悪く顔を背けながら、ひきつった声でアレクシアは答える。

「アリアハンのオルテガは、わたしの、父、です…」

 まさかそんな答えが出てくるとは思わなかったのだろう。ポポタとニーナは驚いて顔を見合せた。

「似て…ないと思うんですけどね…」

 はっきり顔を覚えているわけではないから自信はないが。

「う、ん…。おれもそう思うけど…」
「…あ、でも」

 記憶を探っている風のニーナが、空に過去の記憶を思い浮かべながら呟いた。

「お姉ちゃんに似てるかも」

 ぽつりと落とされたつぶやき。

「…は?」

 思わずカップを落としそうになる。不安要素がある分、アレクシアはそのつぶやきの真意を確かめないわけにはいかなかった。

「お、姉ちゃん、って?」

 聞くのが恐ろしい。けれど、確かめないままにして帰るなんてできない。

「お供の一人がこの町の出身だったんです。名前は確か…ラ…?」
「魔法を覚えたいとかって家出して、ダーマに行ってたって聞いた」

 うーんと首をひねる二人の口からは、なかなか問題の名前は出てこない。

「・・・・ルイーダ、では?」

 違ってほしい。そう願ったアレクシアの思いは、はかなく崩れ去る。
 ニーナと顔を見合せポンと手を打ったポポタは、のどに詰まった餅が取れた時のような晴れやかな笑顔で、「そう。ルイーダ姉ちゃん」といった。
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