ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
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31.ムオル


「大丈夫かな」

 山陰の向こうに、つんと突き出た石造りの建造物が見える。それがガナルの塔だ。
 人が悟りを拓き、神の高みに至るために作られた塔。そこに、ディクトールはいるはずだった。
 目をすがめ、アレクシアは塔を見る。自分もランシールでは一人になったが、あれは精神的にも戦力的にも相当つらいものがある。ディクトールは自分より弱い。そんな彼が一人で大丈夫だろうかと、アレクシアは心配でならないのだ。

「うざってぇな」

 声の主をむっと振り返れば、心底鬱陶しそうな顔をしたレイモンドが甲板の上に唾を吐いている。もちろんマルロイはいい顔をしなかったが、どうせ掃除をするのはレイモンドなので何もいわずに舵に専念することにしたようだ。

「レイは心配じゃないの?」

 自然、責めるような口調になるアレクシアにレイモンドもますます渋面になる。

「はぁ」

 これ見よがしな大きなため息。

「だからお前は覚悟が足らないって言うんだよ」

 この間からよく言われることだ。とっさに切り返すことが出来ず、言葉を捜しているうちにレイモンドが話し始めている。

「あいつは強くなりにいったんだろ? その辺にいる雑魚ごときに手間取ってるようじゃ駄目なんだよ。一人で切り抜けられるくらい強くならなきゃさ」
「う、うん…」

 わかるような気はするが、いまひとつ釈然としない。
 そんな顔のアレクシアに、レイモンドはやれやれと再び息を吐く。

「だからさ、あいつはおまえのために強くなりにいったんだって。それをおまえが信じてやらなくてどうするんだ、って話だろ?」
「…別に、わたしの為では…ないと思う…

 アレクシアの声はごにょごにょと尻すぼみに消えて行く。それには構わず、レイモンドは海を見つめたまま淡々と言った。

「おまえを生かすために力が必要なんだよ。逆に、弱いやつはいらない。落伍者は置いていけ。それがおまえに足らない覚悟だ」

 息を飲みレイモンドの横顔を見上げる。レイモンドは海を見詰めたまま、アレクシアを見もしない。

「ついでに言っておくぜ。このまま少し北に船を進めてくれないか。そこで俺は降りる」
「えっ?」
「俺は最初からオリビアの岬に行くと言っていたはずだがな? ここまでくれば近いもんだ。あとはどうとでもなる」

 アレクシアは揺れる瞳でレイモンドを見ていた。いきなり何を言い出すのか、意味がわからない。ぼわぁんと頭の中で音がして、レイモンドの声が聞こえない。
 セイが怪我をして、ディクトールが離れていって、このうえレイモンドまでいなくなると言う。

「…ど、して…」

 ぽつりと漏れたのは呟きだけではなくて

「どうしても何も、俺はおまえらの仲間じゃな…」

 冷たく小ばかにしたような笑いが、アレクシアを見て凍り付く。

「おまえ…」

 思わず手が延びた。頬を伝う涙を拭い、抱きしめてやりたいと。
 しかし、延ばした指はアレクシアに届くより早く、アレクシア自身によってしたたかに打ち払われた。
 きっ、と強い瞳でアレクシアはレイモンドを睨み上げる。

「好きにすればいい!」

 勢いよく踵を返し、アレクシアは背中越しにレイモンドに言った。

「お望み通り船をつけてやる。どこにでも勝手に行くがいい。これまで世話をかけて悪かったな!」

 甲板を踏み抜くのではないかと心配になるほど足音高く、アレクシアはマルロイのいる艫へ歩いていった。ひとり取り残されたレイモンドは、呆然と自分の手を見詰めた後、自嘲気味に苦笑して、その手をぎゅっとにぎりしめた。



 コリントから北は未開のジャングルが続く。岩山険しいサマンオサ大陸との海峡を越えた岬にムオル港を臨むまで、人の集落は見当たらない。噂では、この広大な森の支配地にはホビットやエルフの楽園があるというが、見たものはいない。
 マルロイは船をムオルに向け、レイモンドを降ろした。

「気をつけて行けよ」
「ありがとよ」

 言葉少なに別れの挨拶を交わすレイモンドとマルロイを、アレクシアは甲板から見ていた。
 立ち去り際、レイモンドはちらりとこちらを見上げたのを、慌てて顔を背けて気付かない振りをする。苦笑して、レイモンドはマルロイに小さく頭を下げた。マルロイはただ黙って頷き、立ち去る青年の背中を見詰めていた。視界の端に、アレクシアの姿を捕らえてやれやれと小さく首を振る。

「さぁ、行きやしょうか」
「…ああ」

 甲板からは、まだレイモンドの姿が見えるのだろうか。覇気のない返事。

「と、言いたいところなんですがね」
「?」

 ずい、と押し付けられたのはアレクシアが乗船したときに持ち込んだアレクシアの私物の入った布袋。
 マルロイはいかつい顔ににこりと笑みを浮かべて

「ちょいと手直しが必要な場所があるんでさぁ。すまねぇがお嬢さん、2、3日町に降りててくれやせんか」
「え? あ、ちょっと」

 否やもなく、背中を押されて強引に船を追い出される。陸に降りるや渡しを上げられてしまい、戻るにも術がない。
 呆然と見上げるアレクシアに、マルロイは髭面に満面の笑みを浮かべて手を振った。
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