ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
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30.神に選ばれしもの


 「神に至るもの」の別名で呼ばれることもあるガルナの塔は、ダーマを訪れた修行者達が悟りを求めてこもる石造りの古い建物だ。
 船でコリントの港へやってきたディクトールは、アレクシア達と別れひとり陸路で北を目指した。
 ダーマ大神殿に着くなり、ディクトールは悟りの試練を受けることを望み、このガルナの塔へとやって来たのである。
 今では賢者を志す者も少なく、ダーマでも年輩のものが僅かに語り継ぐばかりとなった。勿論ガルナの塔を訪れるものは皆無に等しく、人里離れた山の中にあるという立地もあり、魔物が跳梁跋扈するに至る。

「わかってたら、アルに居てもらえばよかったかな…」

 槍の穂先を一降りして汚れを払う。ふぅ、と息を吐くディクトールの周りには、今しがた倒したばかりの魔物が小さな山を作っている。これを機に、ガルナの塔内部に巣くう魔物を一掃してしまおうと考えたのだ。神聖な場所に魔物が潜んでいるなんて事態は神に仕えるものして許してはおけないし、これから自分が悟りを啓くために修行をするにしても邪魔だからだ。
 セイをリリアひとりに任せるのは心配だからと、アレクシアにはすぐに戻るようにと勧めたのだが、こうなってくると残ろうと言うのを断った事が悔やまれてくる。
 ディクトールがダーマに行くと言った時の、アレクシアの縋るような不安そうな目。コリントで別れるときも同じ目をしてディクトールを見上げていた。あの瞳を思うと、胸の奥がきゅっとすぼまるような思いがする。
 と同時に、彼女の斜め後ろに立っていたあの男の事を思い出し、ディクトールは顔を歪めた。
 何故着いて来たのかと思わないでもなかったが、面と向かって訪ねるわけにもいかず、互いに妙によそよそしい距離を保っての航海となった。
 気まずい原因はディクトールにあった。レイモンドの秘密主義だとか口数が少ないのはわかっているのだから、自分がうまく立ち回らなければいけないのに、ついディクトールはレイモンドに冷淡に当たってしまう。
 だいたい、ジパングを出港した日のやり取りが良くなかった。
 セイがいないのだから、必然的に男二人同じ部屋に寝泊まりすることになる。娯楽もないジパングでは、レイモンドも大人しく部屋にいることが多かった。
 特に会話もなく、針の筵に座らされるような居心地の悪い数日が過ぎた頃、意を決してディクトールは数ヶ月感じていた疑問を口にした。
 ミトラとガイア、ルビスの関係を、レイモンドがどう感じているのか。
 アレクシアとともにガイアの神殿に招かれた彼の素性が、ディクトールにはどうにも理解が出来なかったのだ。

 ランシールの聖堂で起きたこと、ガイアがミトラに疎まれていたらしき神話。ことのあらましをざっと語り終えたとき、レイモンドは表情を変えずに頷いた。

「ああ、その話なら聞いたよ」
「…そうか」

 衝撃的な事実だろうに、大して驚いていないように見える。

「僕は僕で調べてたんだけどね」

 レイモンドの横顔を見詰め、しばし逡巡した後でディクトールは言った。

「君は、……人間、か?」
「…なに?」

 さすがに表情を険しくさせて振り向くレイモンドに、気圧されてなるものかとディクトールも眉の辺りに力を込める。

「喧嘩売ってんのか」
「売りたいなら買ってもいいけどね」
「へぇ…」

 抜き身の刃のごとき物騒な眼差しで、レイモンドが一歩こちらに向き直る。
 表へ出ろとレイモンドが口を開きかけたところに、ディクトールはス、と人差し指を上げた。

「でも今はやめておく。僕はただ、君が何者なのかはっきりさせたいだけさ」

 上げた指をレイモンドの鎧に向ける。素人目にも上等な仕立。見るものが見れば、それが真銀製であることに気付くだろう。
 人間が人間かと問われれば、怒るのが普通の反応だとディクトールは思う。これまで何度か怪我を見て来たし、間違いなく彼は人間なのだろう。けれどどうしても釈然としないのだ。

「いい機会だろ? 教えてくれよ。君はなんなんだ?」

 アレクシア同様にガイアに呼ばれ、ガイアの鎧を身に纏うことを許された人間。それがただの人間であるはずがない。
 アレクシアもそうだが、アレクシアになにか不思議な力があったとしてもディクトールは驚きはしない。彼女は勇者オルテガの子で、幼い頃から他の子供とは違う輝きを秘めていた。彼女が神の御使いだとか、天使の生まれ変わりだと言われても、納得するだけだ。ディクトールは涙を流して彼女を崇拝するだろう。やはり彼女は選ばれた存在だったのだと。
 崇高で清廉なアレクシア。そのアレクシアとレイモンドが、似た境遇にあることが理解できない。神が同じ時期に勇者を二人使わす意味が。
 否、本当は違う。
 本当は理解している。ただ認めたくないだけだ。
 アレクシアの隣に立つのが、自分ではないこと。神話が語る御使いの生まれ変わりが、自分とアレクシアではないことを。

 しばらく、じっと互いを見詰めていた。ディクトールは戦慄にも似た感覚でレイモンドの反応を待つ。レイモンドはふいに目をそらし、小さく「知らねえよ」と吐き捨てた。

「?」
「だから知らねえよ! ガイアとか、ロトとか、俺は知らない。俺には関係ない! あいつだって同じだろうぜ。迷惑なんだよ!」

 目を見開くディクトールに、レイモンドは自虐的な笑みを向けた。

「安心しろ。おまえのお姫様になんか俺は興味ないから。船が必要だから付き合って来ただけさ。オリビアの岬に着いたら消えてやるよ」

 それだけ言ってレイモンドは部屋を出ていった。しばらくして戻ってはきたものの、拒絶の空気は以前にも増して濃く纏わり付き、以来まともに話をすることもなく別れてしまった。
 アレクシアに興味がないというレイモンドの言葉を、ディクトールは信用していない。見ているからわかるのだ。ふたりが知らずに惹かれあっていることは。

 ちり、と胸の奥が焼け焦げるような痛みを覚える。
 この胸に広がる暗闇を払うために、自分はダーマへ、ガルナの塔へやってきたのではなかったか。
 纏わり付く暗闇を払うように頭を振り、ディクトールは魔物の遺骸をひとつ所に集める作業に専念した。



 下のフロアから順に、隅々まで探索を続ける。途中休憩を挟みながら、魔物を一掃したフロアには魔物よけの結界を張った。
 アレクシアであれば、面倒な図形や儀式など必要なしに魔物よけの結界を張ることが出来るのだが、ディクトールには到底まね出来ない芸当なので地道に魔方陣を描いていくしかない。
 もともとが聖別された場所なだけに術を発動させるまでの苦労が少ないというのがせめてもの救いだ。元は、この床一面、もしくは塔の周辺に魔物よけの結界陣が張られていたはずなのだ。その証拠にガルナの塔周辺には魔物とは異なる気配が漂っていた。
 ディクトールがやったのは、床に魔方陣を引くことで、その力に方向性を与えてやること。
 描き終えた魔方陣はすぐさま青白い光を発し始め、魔物の進入を拒む結界となる。
 たとえば鼠が薄荷の匂いを嫌がるように、好んでこの場所に近づこうとは思わなくなるのだ。
 さして広くも無い塔の内部だったが、それでも塔全体にこの陣を敷くのに5日かかった。
 魔物と戦うとき、陣を描くとき、小休止を入れるとき、眠る前、目が覚めた瞬間。
 はじめの数日こそ、ふとした瞬間にアレクシアやレイモンドのことが頭をよぎり、そのたび暗い思いにとらわれていたディクトールも、このころにはそんなことを考える余裕はなくなっていた。
 ただ無心に魔物をほふり、塔の上から地面へ落とす。最上階の床に魔方陣を描くころには、持参していたチョークも擦り切れて使い物にならなくなり、ディクトールは槍の石突で床石を削って陣を描いた。
 描き終えると陣の真ん中に倒れこむように横たわる。心身ともに限界だった。気を失ったのか、眠りに落ちたのかもわからない。とにかく目をあけていることもかなわず、体を這い上がる感覚に身を委ねた。
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