ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
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29−9

 セイが寝台から体を起こして、自分で食事がとれるようになるまでに五日かかった。
 その間に焼け落ちた宮の撤去は完了し、新しい宮の建設が始まっていた。
 セイが気付くと、リリアはこれまでの様子が嘘のように生気を取り戻した。明るく振る舞い、これまで以上に献身的に看護にあたった。
 セイはセイで、右腕を失ったことを理由にそんなリリアに甘えている。
 無理をしているのだということは、仲間の目からは明らかだったけれど。


「アル、こないだの話、覚えてる?」
「え…」

 井戸から汲みあげた釣瓶を、アレクシアは落としてしまった。困惑気味に笑うディクトールが、アレクシアの手から釣瓶を取り上げる。

「ダーマに行くよ」

 水を汲み上げながら言う瞳は真剣そのもの。静かな決意をたたえていた。
 そんなディクトールをアレクシアはじっと見つめた。痛みを堪えるように胸の前で組んだ手が白く血の気を失う。アレクシアは知らずに、唇を噛んでいた。
 今この時期にディクトールがダーマにいく意味はわかる。
 セイを動かせるようになるまでにはまだ何日もかかるだろうし、ジパングからならダーマは三日程度の距離にある。例え別行動をとったとしても、連絡をとることはたやすいだろう。
 ディクトールは、ベホマを習得したいのだろう。最強の回復魔法ベホマなら、あるいは失われた体組織を回復させることが出来るかもしれない。そう思えばこそ、この時期にダーマに行くと言い出したのだ。
 水を桶に汲みかえて、ディクトールは息を吐くように笑った。

「そんな顔しないで」

 困ったようで、嬉しいような、甘い笑み。

「決意が鈍る」
「えっ」

 慌てて頬を押さえるアレクシアの肩をぽんと叩き、ディクトールは歩みを促す。
 それからディクトールは、ごく自然な動きで、アレクシアならば両手で提げてもふらつきそうな水桶をいとも簡単に片手で持ち上げると、空いた手でアレクシアの手をとった。

(う、わっ)

 アレクシアの内心の動揺を知ってか知らずか、ゆっくり歩きながらディクトールは静かな声で言った。

「本当は、一緒にいたいんだ」

 誰と、とは言わない。アレクシアも聞けはしない。

「でも、今しかないと思う。不謹慎だけどね、いい機会だと思うんだ」

 視線を感じてそちらを見れば、翡翠の瞳と目があった。すぐさま建物の影に引っ込んだ彼を見て、いつかの逆かとディクトールはわずかに目を細める。
 エジンベアへ向かう船上、テドンからランシール、そしてジパングへ至までの船。
 レイモンドがアレクシアと一緒にいる場面をディクトールは何度か目にしている。偶然だとわかってはいても、その時胸に沸き立った感情を一言では表現できない。嫉妬、などという生易しいものではないように思う。もっと重苦しい、どろどろとした醜い感情だ。
 こんな気持ちを抱いたまま、アレクシアの側にはいられないと思った。この感情が、いつか彼女を傷つけてしまうのではないか。それは近年ずっと抱き続けている懸念だが、最近は特にひどい。
 一度彼女の側を離れて、心乱されぬ環境で自分の精神(こころ)を鍛えてみたい。向かい合ってみたい。そうせねばならない。その為のダーマだ。

「ディ?」

 黙り込んでしまったディクトールを不審そうにアレクシアが覗き込んでくる。
 ディクトールは表情を改め、なんでもないと首を振った。

「明日起つよ」

 にこりと優しく微笑むディクトールを、アレクシアは揺れる瞳で見上げ、しばらくして「わかった」と頷いた。



 ディクトールがダーマに行くと言う告白を受けて、三人はそれぞれに驚きをあらわにしたが、アレクシアが同意したならばと賛同の意を示した。
 出立の朝、セイは「頑張ってこい」と一本きりの腕で友の背を抱いた。

「オレも頑張るから」

 ディクトールにだけ聞こえるようにセイは呟いた。ディクトールは一瞬目を見張り、それから「ああ」と頷き友の背を抱く腕にわずかに力を込める。

「行ってくるよ。アルをよろしく」
「おう。まかしとけ」
「病人に任される覚えはない」

 に、と笑い合う幼なじみに、アレクシアは強気に言い放ったが、いかんせん置いてけぼりを喰らった子供のような表情が台詞を裏切っている。
 アレクシアを見た二人は改めて顔を見合わせた。なにか通じるものがあるらしく、うんうんと頷きあうセイとディクトールに、アレクシアは苛々と眉間を揉みほぐした。
 出立前に事を荒立てたくはないし、怪我人のセイを殴るわけにもいかない。ぐぐっと我慢して、用意していた荷物に手をのばす。

「…あ」

 目の前でひょいと掠われた荷物を追えば、無表情のレイモンドが目に入る。
 レイモンドはアレクシアには一瞥くれただけで、食糧やら何やら入った袋をひょいと担いで背後のリリアを振り返った。

「2〜3日で戻る。セイを見張っててくれよ」
「え…?」

 それだけ言って、返事も待たずに建物を出ていってしまう。
 まだ安静にしていろというのに、すぐに体を動かしたがるセイだから、その言葉はもっともなのだが、リリアが驚いたのはその前だ。
 アレクシアが船でディクトールをダーマまで送ると言っていたのは聞いている。しかしレイモンドまでもが同行するとは誰も思っていなかったのだ。
 半笑いの奇妙な表情で仲間達を振り返るリリアに、セイも妙に笑いを堪えたような顔で応じた。

「ほら。船、動かすのにも人手がいるからさ」

 ぷるぷると震える口元を必死に堪え、聞いてもいない理由を口にする。

「いってらっしゃい」

 万感の思いを込めて、ぽんとディクトールの肩に手を置いたセイは、ディクトールの浮かべている表情を見てついに吹き出した。

「汚っ」

 盛大に飛んだ唾に嫌そうに身を剥がすディクトールに、アレクシアも釣られて笑い出す。

「もうっ」

 袖で唾を拭いながら、仕方ないなとため息をついたディクトールも、アレクシアの笑顔に表情を緩めた。

「じゃあ、本当に行くけど、無理しちゃだめだからね」
「ああ」

 にやりと笑うセイに、疑わしげな目を向けた後、ディクトールはリリアを見た。心得顔でリリアは頷いたが、どこまであてになるかは疑わしいところだ。ややむっとして、リリアが扉を指し示す。

「早く行かないと、レイが怒るんじゃない?」

 朝のうちに船を出すんじゃなかったのかと、ちくちく嫌味を言うレイモンドの顔が様々と思い起こされ、アレクシアはふるりと首を振った。

「じゃ、行ってくる。ディ」

 リリアによろしくと目配せし、アレクシアはディクトールを手招いた。

「ああ、うん」

 開いた扉から光が注す。眩しくて目を細めたディクトールに、光の中からアレクシアが手を差し延べる。距離感を見誤った指先は、触れる事なく空を泳いだ。
 その光景は、ディクトールに何を啓示するものなのか。
 闇からディクトールを救う光りか、あるいは見えぬものに手をのばす愚かさか。

(掴んでみせるさ)

 背中だけ追って来た。今は並んで歩ける。ならばいつかは、その手を引き導く事も出来るはずだ。
 近付けば、光はアレクシア自身が作った影に遮られる。微笑みかければ笑みを返すアレクシアが見える。

「行こうか」

 並んで光の中に歩み出す。
 この先に、二人並んで歩く未来があるはずだ。そう信じて、ディクトールはダーマへと旅立った。




おまけ
…まぁ、行く手にはすでにレイモンドが待ってるっていうオチがつくんだが……

さて

レイモンドに続きアレクシアとディクトールを見送ってしばし、セイとリリアはぐるりと互いの顔を見合わせた。
「…てことは帰りあいつら二人きり?」
船にはマルロイがいることはいるのだが、あまり関係ないかもしれない。

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