ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
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29−7

 どうする?
 立っているのが不思議な程傷つきながらも、背後にリリアとディクトールを守り斧を構えるセイ。
 互いに互いを支えるように立ち上がり、必死に術の詠唱を始めるリリアとディクトール。おそらくリリアのはマヒャドで、ディクトールのはベホイミだが、傷で朦朧としているのだろう。リリアのマヒャドは完成前に霧散した。セイにかけようとしていたベホイミをディクトールがリリアに使ったのがわかった。先ほどよりはしっかり立ち、再びリリアが詠唱を始める。
 ここには無傷の戦士が二人いて、ともに回復魔法も使えるというのに、仲間の窮地に駆け付けることも出来ない。
 アレクシアとレイモンドの前には八又之大蛇自身ともいうべきヒミコの上半身を生やした首と、もう一本の蛇の首が立ちはだかっていた。
 洞窟でレイモンドがやった足止めを、こんどは逆にレイモンドがされているのだ。

「この!」

 アレクシアがやや強引に繰り出した突きを、八又之大蛇は上空に退いて避けた。避けた頭上から炎を吐きかける。
 盾を翳しながら大きく後ろに飛んだことで炎は避けたが、より仲間達から引き離されてしまった。

「くそぅっ!」

 足目掛けて振るった剣の切っ先が火花を上げて鱗を弾き飛ばす。易々と八又之大蛇の肉を切り裂く草薙の剣に、さしもの八又之大蛇も悲鳴を上げた。
 二本同時に首が炎を吐いた。盾を翳すアレクシアとレイモンドを炎を追い越す勢いで延びた首が跳ね飛ばす。
 木製の壁をぶち抜いて、二人は宮の外に転がり落ちた。ジパングが舗装された地面だったら骨の一本や二本折れていたかもしれない。ベホイミを唱えつつ、アレクシアとレイモンドは壁をぐるりと迂回した。外から回って仲間と合流する方を選んだのだ。


 アレクシアとレイモンドを吹き飛ばした後、八又之大蛇は残った首すべてをセイ達三人に向かわせた。一気に四方から襲い掛かり、千々にばらして喰らってやろうとしたのだ。試みは、半ば成功したと言えるだろう。
 戦士に正面からいったのは失敗だった。手負いと油断したが、まだまだ動く。斧に振り払われ、蛇は片目を失った。青い血を撒き散らしながら蛇は上に退いた。
 欲を出して魔術士の娘を丸呑みしようとした首は、マヒャドの直撃を受けた。白い雪煙を上げて落ちる。深部まで凍り付いた蛇の首は、落ちた衝撃で微塵にくだけ散った。
 神官に向かった首も似たようなものだ。バギマの旋風に切り刻まれ、押し止められ、止まったところを串刺しにされる。最期の力を振り絞り炎を吐こうとした所を戦士の斧に両断された。
 四本目の首は咄嗟に宙空で制止し、そこから炎を吐いた。跡形も残らず灰にしてしまっても、ここには八又之大蛇の血肉となる贄が、沢山いることに気がついたのだ。
 八本のうち五本までも首を失ったが、十分に栄養と休息をとればまた首は生えてくる。体内の宝珠がそれを可能にしてくれる。天敵の草薙の剣とて、使い手を燃やしてしまえば恐れるに値しないではないか。
 蛇の首が、鉄をも溶かす灼熱の息を吐き出す瞬間を、ディクトールは見た。ベホイミの詠唱を中断しフバーハを唱え始める。隣では、同様にマヒャドの詠唱が始まっていた。どちらかが間に合えば、生き延びる可能性が出て来る。


 八又之大蛇は、魔法使いの詠唱に気付いた。あれはまずい。あれだけは厄介だ。
 同朋が炎を吐こうとしている。人間はそちらに注意を向けているようでこちらには気付いていない。
 一度はセイの斧に切り付けられた片目の蛇が、リリアに向かって口を開いた。


「今我が名と我が犠牲のもとに 閉ざされし門を越え…っ!」

 詠唱を飲み込む。悲鳴を上げなかっただけましだ。しかしそれも無駄かもしれない。目を見開くリリアの前に、赤い闇が迫る。
 マヒャドの対象を変えようか迷う。駄目だ。こんな至近距離でマヒャドを放てば、自分はもちろん仲間を巻き込む。
 リリアは覚悟を決めた。標的はそのまま炎を吐こうとしている首。一度は飲み込んだマヒャドの詠唱句を紡ぎ始める。あと一言。自分が食われるより前に、術を完成させる自信があった。


 リリアに迫る蛇の顎に、セイも気付いていた。
 飛び出し、斧を振り上げようと床を蹴る。
 しかし激痛が、戦士の動きを鈍らせた。
 息をしようとした喉に血が噎せる。
 迫る死という名の蛇の顎。恋人の口元に浮かんだ、覚悟したような笑み。

(だめだ!)

 本の一瞬だ。
 その間に、セイの脳裏を様々なことが横切った。出会いから、ついこの間の他愛のないやりとりまで、リリアの笑顔が。


 熱が襲い、ちりちりと肌を焦がす。ぎりぎりフバーハが間に合ったのだ。片目をつむるディクトールに、こちらもにやりと無理に笑みを返した。

「マヒャド!」

 炎を吐いた蛇が凍り付く。術を放った瞬間に、リリアは襲ってくるはずの痛みに備えた。覚悟を決めたと言い換えてもいい。しかし、いつまで待っても痛みはやってこなかった。
 恐る恐る目を開く。隣で、息を飲む音がした。

 ごとんっ

 ぼた、ぼたたっ

 まず見えたのは片目の巨大な蛇の顔。
 それから――

「っ! いやぁぁぁ!」

 血溜まりに落ちているのは斧だろうか。柄についているのはなんだろう。
 理解を拒む悲鳴の中で、男は自らの作った血溜まりに膝をついた。
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