ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
30ページ/39ページ

29−6

 目をつむって飛び込んだ一瞬後には、アレクシア達は地に足をついていた。辺りは暗く、周囲の様子がよくわからない。
 しかし、ワープホールを抜けて来たというのに、椅子から着地した程の呆気なさだ。本当にワープしたのかと疑いたくなってくる。
 顔を見合わせたアレクシアに、レイモンドは無言で顎をしゃくった。
 耳を済ませば、どたばたと忙しなく走り回る数人の人の足音と話し声、それと甘ったるい香の匂いがする。

「ヒミコの、宮殿だ」

 暗さに目が慣れてくると、何枚もかかった薄い布の向こうで横たわっている女の姿が見えた。
 誰も何も言わず、視線だけ交わして布をめくる。

「こんな夜更けに何用です! ヒミコ様がお怪我をなされたのです。そなたらに構うておる暇はない! お帰りください!」

 薬草や布を満載した槃(タライ)を手にした女官が、突然現れたアレクシア達にやや気圧されながらも、気丈に職務を全うしようと鋭い声を上げた。その声に、何事かと衛士たちも集まってくる。
 構わずに、アレクシアは寝ているヒミコに歩み寄った。

「いけません!」
「よい」
「ヒミコ様!」

 アレクシアの前に立ち塞がろうとした忠実な女官をヒミコは制した。半身を起こしアレクシアを手まねく。招かれるまま、アレクシアはヒミコに近付いた。

「そちら、強いのぅ。しかし本気のわらわに敵うなどと思わぬことじゃ。このまま帰るなら命だけは助けてやろうぞ」

 囁く声に蛇の呼吸音が混ざる。美しかった顔の半分は、醜い刀傷で潰れていた。

「そっちこそ、ジパングから尻尾を巻いて出ていくなら命だけは助けてやるよ?」

 こちらも冷ややかに囁いてやる。するとヒミコは美しい眉をぎりりと逆立てた。

「おのれ小娘! こちらが下手に出ておれば付け上がりおって!」

 誰がいつ下手に出たかとつっこむ暇もなく、病人だとは到底思えぬ素早さでヒミコは床(とこ)から手をのばした。白い手を彩る爪は毒々しい赤。長く延びた爪がアレクシアの喉に食い込――わずかに早く、割り込ませた太刀ががちゃんと鳴った。

「そ、それは草薙! きさま、それをどこから…? ああっ!」

 草薙の剣に触れた場所から煙を上げて、ヒミコの指が崩れていく。若さを失い萎びるように。
 悲鳴を上げながら床をのたうちまわる主に取り縋った女官の喉笛に、ヒミコは牙を突き立てた。

《生娘でのうては、ちともの足りぬ》

 人が人を喰らう異様な光景。悲鳴が上がり、女官達はパニックを起こして逃げ出した。

「おのれ、化け物!」

 勇敢にも衛兵が抜刀する。女の屍体をぶらさげたまま、ぎろりと睨み付けたヒミコの顔は人間のそれを留めていない。まさに蛇の面。

「これまでだな、八又之大蛇! 正体を見せろ!」

 追い詰めたはいいが、人間の振りをされ続けたら実はそれまでだったのだ。まさか、女王殺しの大罪人として捕まるわけにもいかない。
 宮の真ん中で、というのは意外ではあったが、人々に説明する手間が省けてよかったかもしれない。
 草薙の剣を突き付け叫ぶアレクシアに、ヒミコはシャーっ!と威嚇音を上げた。体が見る間に膨れ上がり、床を屋根を突き破る巨大な蛇が現れる。

《おのれ、人間め》

 五本残ったうちの真ん中の首にだけ、額から女の上半身が生えていた。頭上高く聳えたその首が、眼光鋭くアレクシアを睨み付ける。真っ向から受けてたつ姿勢のアレクシア目掛けて、四つの首が牙を剥いた。


 参戦しようとする衛兵に人々を避難させるように指示を出し、アレクシア達は八又之大蛇を取り囲んだ。下手に動き回って里に出られたらまずい。こいつが火を噴くのは先刻承知だ。ジパングが火の海になるのは避けねばならない。

「強き意志、肌は石の如く。スクルト」
「天の加護、光の障壁。悪しき炎を退ける衣。フバーハ!」

 狭い室内で四つの首が同時に小さな標的を襲うのは困難だ。互いに互いの動きを妨げて、思うように動けない。アレクシアを追うのを諦めて、八又之大蛇は首をそれぞれに巡らせた。見れば四方からちくりちくりと目障りな人間が八又之大蛇の鱗を傷付けている。
 一人に対して首一つ。先程は油断していたが、もう後れはとらない。
 一番訳解なのは魔法使いの娘だ。一瞬で首を凍らせるマヒャドの使い手。いかな八又之大蛇とはいえ、冷たいのは苦手だった。

「ばれてるんだよ! 爬虫類!」

 リリアを牙にかけようとした蛇にセイが切り付けた。横からの衝撃に蛇は起動を誤り柱に激突する。目を回した蛇の腹目掛けて、ディクトールは槍を突き立てた。
 咆哮を上げセイとディクトールを目掛けて二匹の蛇が大きく口を開けた。

「マヒャド!」

 冷気の直撃を受けて、炎を吐き出そうとしていた蛇が凍り付く。マヒャドを放ったリリアは、にこりと勝ち気な笑みを浮かべたが、次の瞬間笑みは悲鳴に変わる。
 仲間の首を盾にしてマヒャドを避けていた首が、リリアの死角から炎を吐いたのだ。炎はその場にいた三人を飲み込み、木造の家屋にも燃え移った。
 炎の中に、八又之大蛇は尾を振るった。燃える家材諸とも三人が吹き飛ぶ。

「セイ! リリア! ディクトール!」

 叫ぶが応援には行けそうにない。アレクシアの前には蛇が二体、行く手を遮るように蛇の舌を覗かせている。
 アレクシアの背中にはレイモンドがいた。アサシンダガーと鉄鞭を構えてはいるが、そのどちらも脅威とはなり得ないことを八又之大蛇は知っている。注意せねばならないのは、アレクシアが持つ草薙だけだ。八又之大蛇の血肉から生まれ、その霊力を吸い上げる霊刀、草薙の剣。草薙の剣に傷付けられた首は、二度と再生しないだろう。
 アレクシアが切り付けると、蛇は大袈裟に空中に逃げる。遊んででもいるかのように。それならばと胴体を切り付ければ、横合いから牙が迫るのだ。
 なんとか攻撃の隙を作ろうと、レイモンドも手を出すのだが、全く相手にもされなかった。レイモンドがどれだけ鞭をしならせようと、固い鱗にはじかれるばかりで全く意味を成さない。かといって、セイたちの応援にまわればアレクシアは挟撃を受けることになる。膠着状態だ。

「例の呪文は?」
「何発も打てない。それよりみんなを」

 アレクシアが焦っている。レイモンドにもそれはわかるが、強引にことを運んでも、より悪い方に転がることのほうが多い。
 マヒャドで凍り付いていた首も復活し、炎の中からどうにか立ち上がった三人を追い詰めている。
 状況は最悪だった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ