ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編2)
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レイモンドが振るったアサシンダガーの一撃は、鱗を一枚はじいて止まった。期待はしていなかったが、こうも予想通りだと笑いたくなってくる。魔法戦に切り替えるにしても、手持ちの術では火を吹く魔物には有効ではないように思えた。
ここは致命打を与えるのはセイに任せることにして、首を何本かひきつけることに専念する。
「ほらほらどうした。かかってこいよ?」
おちょくるようにダガーを揺らし、かかってきた首は捕らえようとせずにとにかくよけた。そうして、時折小技を交えながら首の注意をひきつける。ひきつけながらも、仲間を援護することに決めた。
バイキルトの詠唱をしながらセイを探す。丸太のような首の向こうで首をひとつ叩き潰したセイが見えた。セイに向けて完成した術を解き放とうとした刹那、視界からセイが消える。吹き飛ばされたのだということはすぐにわかった。
(あの馬鹿)
岩にぶち当たったセイがすぐに立ち上がらない。レイモンドの心に焦りが生まれた。少し視線を移動させると、ディクトールと目が合った。ディクトールは八又之大蛇に突っ込んでいったアレクシアのカバーに入っていたはずだ。
頷きあう。
完成させた呪文を発動させないままいつまでも保持させておくわけにもいかず、レイモンドは自分にバイキルトをかけることにした。あまり意味はないかもしれないが無駄にするよりはましだ。武器も鞭に持ち替えた。鉄の鋲がついた鎖がしなり、大蛇の胴体を穿つ。
もう一度バイキルトの詠唱に入りながら、レイモンドは移動を開始した。ディクトールを援護して、セイの回復に向かわせないとまずい。ついでに、がむしゃらに単独突っ込んでいく馬鹿を一人、止めてやる必要があった。
ライデインを放った後、アレクシアは両手に剣を構えて走った。慣れない剣は重く両手にのしかかり、走るバランスを崩してしまう。
それでもアレクシアは蛇の首に切り掛かる。振りかぶっては切り付け、引き戻しの隙を狙う蛇に向かって雷の槍を放つ。
無詠唱で思うままに発動するライデインは、確実に八又之大蛇の生命力を削っている。しかし同時にアレクシア自身の消耗も激しかった。
切り付け、そのまま突き上げた剣の切っ先が蛇の顎を貫き通した時、視界の端に崩れるセイを見た。
「セイ!」
制御を失い崩れる首に押し潰されそうになりながら、首を捻ってディクトールを見る。
「行って! セイを!」
「でも!」
「いいから、早く!」
左手の中に雷の槍が生まれる。それを、いまにもディクトールに向かおうとしていた蛇に向かって投げ付けた。ひとつ痙攣して、首はどうと地面に落ちる。
残る首は、五つ。
バイキルトを詠唱しつつ走っていたレイモンドは、またしても用意していた呪文を発動する機会を失ってしまった。
「なに、やってんだ…」
首をひきつけディクトールをセイのところまで行かせたまではよかった。問題はその後だ。無鉄砲に突っ込んでいった先で、アレクシアはなにかに足を縺れさせ倒れた。そこを八又之大蛇の尾がその巨体に似合わぬ早さで襲い掛かる。
「あんの、ばか!!」
膝を付いた姿勢で左腕を蛇に向けて突き出すが、それだけだ。愕然とアレクシアが目を見開く。
(間に合ってくれよ!)
地面を蹴って、跳んだ。手に持っていた鞭を手放しタックルの要領でアレクシアの体を横抱きに掻っ攫う。次の瞬間今までアレクシアのいた空間で蛇の尾が地面を叩いた。
金属鎧を着込んでいる相手を抱いて転がる経験は初めてだが、もう二度とやりたくない。ごつごつしているし肩当が食い込んで痛さは倍増だ。
数メートル転がり、立ち上がるが、アレクシアはぐったりと目を閉じて動かない。
(ちっ!)
「おい! アレク!」
肩をつかんで前後にゆする。それでようやく目を開いたが、焦点があっていない。
「レイ…? 気持ち、悪…」
レイモンドはもう一度大きく舌打ちをして、乱暴にアレクシアを脇に押しやった。
「リリア! この馬鹿見ててくれ!」
見もせずにそれだけいうと、レイモンドは走り出した。ゆらゆらと馬鹿にするように空中にゆれている5本の蛇の顔。その中に一本だけ、じっとこちらを見ている首がある。
「風の駿馬はわが身に宿る。鋼鉄の意志、そは肉体に宿るもの。皮膚は石のごとく、拳はタイタンの力持て!」
ピオリム、スカラ、バイキルト。走りながら連続で唱える。上空から、炎、牙と迫ってきたが、ことごとく走ってかわす。
アレクシアが落とした剣を横跳びに拾い、着地した所に食いつこうとした蛇の顔面を蹴り、踏みつける。滑る鱗をものともせずに駆け上がり、中央の首の眉間をめがけて剣を振り下ろした。
ぎゃあぁぁぁぁぁぁ
悲鳴のような咆哮をあげて、八又之大蛇の巨体が暴れる。残った首を振り回し、洞窟の岸壁にぶち当たっては岩石を撒き散らす。
剣を支点にぶら下がっていたレイモンドは、壁に叩きつけられることは避けたものの、別の首にぶつかり落下し、したたかに背中を打ちつけた。
それから、八又之大蛇は長く咆哮を上げ、祭壇の後ろに生じた魔力の渦にその巨体を躍らせた。
セイが使い物にならなくなった鎧をリリアとディクトールに手伝ってもらいながら外している間に、レイモンドは革袋の中から小さな硝子瓶を取り出し、壁にもたれてようやく立っているアレクシアに渡した。
「なに、これ…?」
「ダーマ神殿に伝わる霊薬だ。魔力が回復するらしい」
疑わしそうな眼差しを向けるアレクシアに、レイモンドはむっと眉間にシワを寄せる。
「嫌なら返せ。貴重な薬なんだ」
ぐいと突き出されたレイモンドの手と瓶とを見比べて、アレクシアは「嫌だとはいってないだろ」と瓶の蓋を開けた。
「……」
見た目は水のようだ。匂いは樹液のような甘酸っぱい匂いがして、わずかにとろみがある。余計に怪しい。
「なぁ」
「なんだよ」
この期に及んで毒を盛られるとも思わないが、レイモンドの言うこの薬の効能にはどの程度の信憑性があるのだろう。
「レイは飲んだこと」
「ねぇよ」
「はああ?」
飲んだこともないものを人に飲ませようというのか。あんぐりと口を開けて抗議の意志を示すアレクシアに、レイモンドは少し後ろめたさを感じたのか目を反らした。
「俺は自分の限界もわからないでぶっぱなすような馬鹿じゃないからな」
「ぐ…っ」
「いいから飲めよ。まだ後詰めが残ってんだ。役に立たないならおいていくぜ」
「わかったよ。飲めばいいんだろ、飲めば!」
様子を伺っていたディクトールがちょっと待てと声をかけるよりわずかに早く、アレクシアは瓶の中身を一息にあおっていた。鼻をつまんで飲み下し、口中に残るまったりとした甘酸っぱさも持参している水で流し込む。
「うぇ…」
「だ、大丈夫?」
何を飲ませたのだとレイモンドをひと睨みして、ディクトールはアレクシアの手から空になった瓶を取り上げた。
瓶にはダーマ神殿の刻印があるきり、ラベルもなにも貼られていない。
「レイモンド、これは…?」
「以前、ちょっとな」
ちょっとな、で手に入るような代物ではないような気がする。とりあえずアレクシアの顔色が目に見えてよくなったので、ディクトールはそれ以上の追求をやめた。
不安顔のアレクシアに、にこりと笑顔を向けてやる。
「大丈夫だよ。アル。気分、良くなったかい?」
「え? う、うん。そういえば」
「よかった。今君が飲んだのは、魔法の聖水って言ってね。エルフが精製した世界樹の花の蜜を薄めたものなんだ」
まるで自分の手柄のように話すディクトールがレイモンドは気に入らない。警戒厳しいダーマ神殿から魔法の聖水を失敬してきたのも、それをアレクシアに与えたのも自分だというのに。
「へぇ、そうなんだ」
アレクシアも感心して頷いている。先程までの態度が嘘のようだ。
(胸糞悪い)
自分が渡したものならだめで、ディクトールが渡したものなら安心して飲めるということか。
けっ、とおもしろくなさそうに唾を吐いて、レイモンドはひとり祭壇に跳び上った。
ふと見ると、八又之大蛇が作った血溜まりの中に、鈍色に光る諸刃の太刀がある。投げ付けた鋼の剣かと思ったが違う。そもそもあれは八又之大蛇に突き刺さったままだ。
手ぶらよりはましかと、レイモンドは太刀を拾ってアレクシアに放った。
「よく剣をなくす剣士様だな?」
「あれはおまえが!」
にやりと笑うと、アレクシアは顔を赤くして抗議した。
しかしそれには耳を貸さず、レイモンドは一同を手招く。
「さ、行くぞ!」
祭壇の後ろに開いた魔力の渦。アリアハンからロマリアに通じていた旅の扉に似ている。旅の扉よりかなりまがまがしいが、ワープホールであることに間違いはないだろう。
レイモンドの台詞に一同は表情を引き締め、決意の表情で頷いた。