ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
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 竜神に捧げられる娘は神聖な巫女なのだと、人払いされた御簾のかかった奥座敷で最後の食事が供される。ヤヨイと入れ代わり、前夜から仲間と離れたアレクシアは一人不安な夜を過ごしていた。
 いざとなれば呪文を使って逃げるから、とはいったものの、手元に剣がないのはなんとも心許ない。愛用の剣はテドンで壊してしまったので、ランシールで新しい鋼の剣を買い求めたのだが、一からアレクシア用に作る時間があるわけもなく、既製品のやや重たい剣を一振り購入した。
 折れた右腕もなかなか主治医――ディクトールだ――のお許しが出なかったため、満足に素振りもしていない。
 知らない土地にひとりきり、ということもあり、アレクシアはその夜、なかなか寝付く事が出来なかった。
 外で見張りに立っている若衆が、時折がたりと音を立てる。その音に一々身を起こしては、聞き耳を立てずにいられなかった。

(うう、落ち着かない)

 身代わりの計画を知り、協力を約束してくれたヤヨイの兄には、安心して眠るようにと言われていたが、こればっかりはどうしようもない。

(そういえば、始めてだ…)

 旅に出てから、常に側には仲間達がいた。

(ひとりだから、落ち着かないのかな…)

 そうして、はたと気付いた。どんな状況でも眠れたのは、そうできるように、いつも守ってくれる人がいたからだと。

(わたし…)

 着いて来てくれた仲間の存在に感謝していた。けれど本当に感謝しなければならないのはそんなことではないのだろう。
 ほぅ、ほう。梟の鳴き声が聞こえる。
 寝台の隅で膝を抱えて、アレクシアはただ、時が来るのを待った。仲間に会える、その時を。



 ひだの多いだぶついた衣装は、着ているものの素姓を隠してくれる。籠に乗るときも、頭からすっぽり被った布のお陰で正体がばれる心配はなさそうだ。よしんばばれたとしても、里の者は気にしない所か喜んだかもしれない。要は八又之大蛇に捧げる贄があればよいのだから。

 アレクシアは巫女の衣装の下にいつもの帷子を着込み、籠に乗り込んだ。籠を担ぐのは里の若衆だが、その中にはヤヨイの兄も含まれており、セイ達を誘導することを約束してくれた。
 はじめこそ、人々を欺き、守り神である八又之大蛇を弑ることに抵抗を示していた兄も、八又之大蛇に生贄を捧げる前から潮流は変わらないことや、バラモスと八又之大蛇の出現時期の一致等を説かれ協力を約束した。なにより協力する一番の理由はヤヨイの命を救いたかったからだろう。
 ヤヨイの兄の案内で、セイ達四人は日が落ち切る前に祭壇近くの茂みに身を潜めた。アレクシアの装備一式を用意し、ここで落ち合う計画である。
 アレクシアも不安な夜を過ごしていたが、アレクシア不在に不安を感じているのは仲間達も同様である。特に落ち着かないのはディクトールだ。
 里にいる時からそわそわと、アレクシアがいる建物の様子を伺ったり、意味もなくうろついてみたりと怪しいことこの上ない。

「心配なのはわかるけどさ、少しは落ち着けって」

 初めのうちこそ、同意を示し、苦笑いで諌めていたセイも、最終的には苛立った口調で

「ばれたらどうするんだ。いい加減にしろ!」

 と怒鳴り付けた。
 それでもディクトールの行動は相変わらず不振者のそれで、結局4人は予定よりかなり早い時間に里を出発した。
 道々も、ディクトールは何度も後ろを振り返り

「大丈夫かな。やっぱり僕が変わればよかった。ああ、アルになにかあったら…」

 頭を抱えたりと欝陶しい。

「ディが身代わりをするのは、さすがに無理があると思うけど…」
「いいから少し落ち着けって」

 この手のやり取りが4度に及んだとき、レイモンドが切れた。

「うざってぇ! おまえいい加減にしろよ!?」

 いつものディクトールなら、ごめんと一言謝って終わったのだろうが、この時はそうはならなかった。

「レイはアルが心配じゃないの!? アルは女の子なんだよ!?」

 言葉使いこそいつものディクトールだが、声の調子は凄んでいるとしか形容の出来ないものだ。喧嘩腰で睨み付けてくるディクトールに、レイモンドも険嫩な眼差しを返す。

「だからどうした。女だ男だなんて、関係ないだろ」
「関係ない?」

 笑わせるな、とディクトールが鼻で笑った。

「アルを女として見てるのは君だろ」

 レイモンドの顔にさっと朱が走る。ディクトールの胸倉を掴み、至近距離で睨み付ける。

「なんだと? てめぇ、ふざけたこと言ってんじゃねえぞ」
「ふざけてるのはそっちじゃないのか」

 胸倉を掴む手をディクトールはぱしりと払った。怒気を孕んだ眼差しでレイモンドとディクトールが睨み合う。今にも殴り合いを始めそうな二人に、最初こそ面白がって見物を決め込んでいたセイが割って入った。リリアにいい加減に停めろと言われたせいもあるが、何より待ち人の気配が近付いたからである。

「ふたりともいい加減にしとけ。来たぞ」

 セイの言葉にディクトールははっと里の方を振り返り、あからさまに安堵の表情で息を吐いた。

「…ち、」

 レイモンドは不機嫌そのものに舌を打ち、苛立ちをぶつけるように焚火の炎を踏み消した。




 辺りを伺いながら、籠を祭壇に下ろすと、若衆は慌ててもと来た道を駆け戻っていった。八又之大蛇以外にもなにが出て来るか知れたものではない。
 辺りには甘ったるい香のかおりが漂っている。
 ヒミコの宮で嗅いだ香と同じ香だ。
 人の気配があたりに無くなったことを確認すると、アレクシアはそろりと籠から顔を出した。まわりには誰もいない。
 きょろきょろと周りを見回してみたが、こう暗くては何も見えない。

「おーい」

 声をひそめて呼びかけてみるが、虫の音が返ってくるばかりだ。
 先回りして近くに隠れているという話だったが、いったいどこの話なのか。もしかしたら、先に祠の奥に入ってしまったのかも知れない。
 火山の噴火で出来た空洞を利用して、そこに八又之大蛇が住み着いたのだという。火山の活動は現在停止しているそうだが、地中奥深くではいまだ熔岩の対流が続いているそうで、運がよければ山頂で火山活動が拝めるらしい。

(べつに見たくないけど…。暑いな…)

 地面から熱が上がってくるようだ。この辺りの海流が温かいのは、この火山の影響によるものかもしれない。
 頭から被っていた布を剥ぎ、動きにくい巫女の衣装も脱いで籠にしまった。本当は食べられたように擬装するべきなのだろうが、そこまでする気にもならず、アレクシアは祭壇に腰掛けて仲間の到着を待つことにした。
 実際にはたいした時間ではなかったのだが、待つ方にはひどく長い時間のように感じられ、道の向こうからがっちゃがっちゃと聞き慣れた金属鎧の立てる耳障りな音が聞こえてきたとき、アレクシアは安堵と不安と憤りをないまぜにした溜息を吐いた。

「遅い!」

 と文句を言ったアレクシアに、セイはごめんと心のこもらない言葉を返し、ディクトールは逆に目を見開いて叱った。

「アル! なんて格好!」
「え、ええー?」

 体にぴったりとした帷子は鋼の鎧の板金の下に着る鎧下だ。この下にキルトのシャツも着込んでいる。戦士にしてみれば何の抵抗も感じない格好なのだが、体の線はまるわかりだし、太腿は剥き出しだ。間違っても淑女の格好とは言えない。

「いつも言ってるじゃないか、君は女の子なんだから、気をつけなきゃいけないって!」
「う、あー、えー。…ごめん」
「いいから、早く着て!」
「う、うん」

 このやり取りを、レイモンドは少し離れたところから冷めた目で見ていた。おそらくわざとだろうが、意味ありげにディクトールがレイモンドを見て、彼の視線の延長上からアレクシアを隠すように体を動かしたのも腹が立つ。

(誰が見たいか)

 ばかばかしいと吐き捨てて、一足先に祠に向かう。中の空気はむっとする硫黄の匂いが立ち込めており、どこまで空気があるのかも疑わしい。

「…いる」

 溶岩が煮立つ音とは違う、爬虫類がしゅるしゅると喉を鳴らす音に似ている。
 何か大きなものが祠の中にいるのは間違いない。
 レイモンドの背中を、冷たい汗が伝って落ちた。
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