ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編2)
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稲刈りの時期に雨が降らぬように、天の神が怒らぬ様に祭を行い。
海に出る男達が海の神の怒りを買わぬ様に祭を行う。
ジパングの人々の祭とは、神を奉る神事なのだという。
それでは今の祭は、ジパングの護り神、人々の言う竜神八又之大蛇を奉っているというわけだ。
表面上は楽しげに見える人々の笑顔には怯えと疲労が透けて見える。さして多くもない人口で毎年毎年娘を贄に捧げるだけでも大変な損害と心労だろうに、今年は立て続けに三人だ。不安がらないほうがどうかしている。
旅人が逗留する施設もないジパングで、アレクシア達は倉庫のひとつを宿泊施設に借り受けることが出来た。作物でいっぱいになっていなければならない倉庫には、申し訳程度の食料が隅に積まれているだけで、人々が不安になりつつも生贄を捧げる理由は、ここにもあるのだと知れた。
持参した保存食を取り出し、借りた火鉢で簡単に調理する。
塩水に漬けて燻製にした豚肉を切ってあぶったものと、乾燥させた豆を煮戻したスープと固く焼きしめたパン、それからコリントで求めた生果。アレクシア達にしてみればいつもよりはやや質素な食事も、ジパング人にしてみれば大層なご馳走だろう。肉など、結婚式でもなければ口に入らないのだから。
ガタリ
いい頃合いにあぶり肉が香ってきたとき、隅の樽が揺れた。
顔を見合わせたアレクシアとセイは音のした樽を伺った。
「鼠?」
「…にしちゃでかくないか」
確かに動いたのだ。
「お化けとか…」
例の如くおどろおどろしい仕種で言うセイをじろりと睨んで、アレクシアは動いた樽に近づいた。釘が打たれていない樽がひとつだけある。動いたのはその樽だ。大人ふたりでようやく抱えられるかという大きさだから、人が入っていても不思議じゃない。
そ〜っと蓋を開けたアレクシアは、中にいた人と目が合った。女の子だ。
「見逃してください!」
樽の中で膝を抱え、少女はそう懇願した。と、同時に、少女のお腹がきゅるると鳴いた。
少女はヤヨイと名乗った。聞き覚えがあるかと思えば、今回生贄に選ばれた少女である。
幽閉されていたのではないかと聞くと、姉の許婚がこっそり逃がしてくれたのだそうだ。聞けば丸一日水も口にしていないそうで、アレクシア達はまずヤヨイに食を与えた。
「逃げようなんて思ってません。ただ、もう少し里にいたいんです。お願いします。明日までには帰りますから、里のみんなには黙っていてください」
明日の夜、禊ぎを終えた生贄は、専用の籠に入れられて祭壇に連れていかれるそうだ。
毎年、神に捧げられる娘には特別な料理と衣裳が用意され、俗世との関わりを絶つのだという。
通常それまでは家族と過ごすのだが、姉の件があるためにヤヨイは幽閉されていたのだ。
「ねぇ、ヤヨイちゃん。生贄はどうやって選ばれるのか知ってる?」
「それは、ヒミコ様が神通力で…」
「ヒミコ様ね…」
あれは人ではないと、アレクシアには確信があった。
聞けば、八又之大蛇に贄を捧げるようになったのはヒミコが女王に即位してからだという。ヒミコが女王になって30年近く、女王の容姿は全く変わっていないとも聞く。さらには、世界にバラモスの噂が囁かれ始めたのと、ヒミコの出現時期とがほぼ一致する。
(これは偶然か?)
考えれば考えるほどおかしな話だ。
今より海に魔物が少ない時には、航海はもっと盛んだった。にも関わらずジパングが外国の侵略を受けなかったのは特殊な海流が艦隊の接近を許さなかったからだ。八又之大蛇などは関係なく。
「ヤヨイちゃん、竜神に生贄以外の人間は近づけるだろうか?」
「いいえ。無理だと思います。祭壇に続くお堂には鍵がかかっていますし、特殊な香をたかないと、竜神様はお出でにならないそうですから」
「香?」
「はい。ヒミコ様が、そうせぬとヒトは臭いからと」
「ふぅ、ん…」
下唇に親指を当てて考え込んでいるアレクシアに、セイとディクトールは嫌な予感を覚えた。
ヤヨイや死んでいった娘達に自分の境遇を重ねて哀れに思うのはわかる。人々を助けてやりたいという気持ちも。
しかし、
「わたしが身代わりになる」
「アル!」「アレク!」
だからといって、わざわざ危険に飛び込む必要がどこにあるというのか。
「言うと思ったけどどこまでお人よしなんだおまえは!」
「こっそりついていくとか、後で鍵を開けて助けに行くとか、方法は他にもあるじゃないか!」
どうにか思い止まらせようとする二人に、アレクシアはゆっくり首を振った。
「もし間に合わなかったら? ヤヨイちゃんを危険な目に合わせられない。わたしなら、いざとなったらルーラで逃げられる。それに」
そこで言葉を切った。いたずらっぽい笑みを瞳にたたえ、幼なじみ二人を見上げる。
「わたしが決めたことに、ついて来てくれるんだろ?」
ぐぅの音も出ないとはこういうことを言うのだろう。
セイは言葉に詰まり、ディクトールは諦めたように息を吐いて、言葉を失った友人の肩を叩いた。