ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
25ページ/39ページ

29.日、出る国

 笛の澄んだ音色が白い敷石の庭に響き、庭にいる全てのものがさっと臥した。しゃんしゃんと鈴を鳴らしながら奥座敷から人影が現れる。
 呆然と見ているアレクシア達の前で御簾(みす)が左右に引かれ、ヒミコが一同の前に現れた。
 陶器の面の様に、一筋の感情も美しい顔には浮かんでいない。純白の衣に身を包み、黒髪をきっちりと結ったその姿は、光を湛えているかのように神々しく清らかだ。しかしただひとつ、真っ赤に塗られて艶めく唇が、ぬらぬらと妖しい光を発していた。

「異国のものが、何をしにきた」

 甲高い、耳障りな声。妙に絡み付く視線。蛇が素肌を這うようなおぞましさに、膚が粟立つ。

「女王様」

 不快感を堪えて、アレクシアは口を開いた。




 オリビアの岬を目差し船を進めていた一行は、ディクトールの要望もあり途中、ダーマの南の海岸に船を付けた。
 アリアハンとの定期航路を結ぶこのコリント港は、他国との交流を極端に嫌うジパングが唯一国交をしている港町だ。ロマリアやポルトガに比べ規模は小さいが、ここより北にはムオルまで補給港がないこともあり、北を目指す船が必ず寄港する場所である。そんな港だから、当然噂も集まりやすい。
 ディクトールをダーマに送り出す前夜、ささやかな宴を開いていた一行のテーブルに奇妙な風体の男がふらふらと近付いて来た。
 男は、ジパング人だと言った。
 ジパングとコリントの距離は船で一日。肉眼で見えるほどの距離にある。それでもジパングが大陸の侵略を受けず独立を保ってこれたのは、竜神様がジパングを守っているからだという。竜神様はジパングを守る代わりに年に一度生贄を望むという。若く美しい生娘が選ばれ、祭壇に捧げられるのだと。
 男の娘は、数年前この生贄に選ばれ、男は娘をつれて国を逃げ出した。その年ジパングは大災害に見舞われ、男の娘も逃亡先で間もなく流行り病に罹って亡くなったそうだ。祟りだと、男は酒臭い息で呟いた。
 ジパングを竜神様が他国から守っている証拠に、コリントとの間にはいつも海流が渦巻いている。この渦が一年に一度なくなる時期があり、それが次の贄を捧げる合図であるらしい。
 船で商いをするものにとっては、それが交易のチャンスということで、この時期ジパングからは砂金や明礬をつんだ船がひそかにコリント港へやってくる。
 酔っ払いは聞きもしないのにそれだけ語って、リリアの手を取った。

「娘さん、悪いことは言わない。ジパングには行かないことだ。けれどもし、ジパングに行くことがあったら、人喰い竜を退治してくれ。ジパングの人達を、古い呪縛から解き放ってくれ」

 それから男は、こうも言った。一月ほど前、奇妙な笛の音が聞こえた日、ジパングのお宮の方で竜のいななきが聞こえたと。
 酔っ払いの戯言だとしても、どこかに真実が含まれているだろう。酒場の主人や他の船乗りにも話を聞いたが、男の話を裏付ける話が出た。
 ディクトールはダーマ行きを先延ばしにし、ひとまず一行は渦がまた現れる前に、とジパングを訪ねることにした。
 暗礁だらけの荒れた海をポルトガ製の小型帆船で航行するのは困難であると判断したマルロイは、金を詰みジパングへ戻る船にアレクシア達を乗せる算段を付けた。
 そうしてアレクシア達はジパングの地へ足を踏み入れたのである。

 他の国でなら、あの排他的なエジンベアでさえ、旅人のアレクシアもどうにか地元の人々と紛れる事が出来た。しかしジパングではそうもいかない。
 ジパング人は皆小柄で、髪も目も黒く、目が開いているのかつむっているのかわからないような素朴な顔をしていた。大の男でさえ、リリアほどの背丈しかないのだ。
 湿度の高い風土故か、服装も独特で、アレクシア達はとことん目立った。他国との交流が極端に少ない為に言語も訛りが強く、しばらくは同道を頼んだ商人に通訳を頼んだほどだ。
 都に商いをしに行くという商人について、ジパングを治める女王ヒミコが住むという宮を訪れたアレクシア達は、祭で賑わう人々の中、暗い表情をしている人の多さに気がついた。聞けば今年は生贄の回数が多く、既に三人の娘が竜神様に捧げられているという。にも関わらず、今月も新しい生贄が求められたそうだ。翌月、隣村に嫁ぐことが決まっていたその娘は、我が身の不幸を歎いて海に身を投げ、責を問われたその家の妹が新しい贄に選ばれたという。弥生というその娘は、姉の様に逃げ出さぬよう、蔵に閉じ込めてあるという。

「海流なんて、自然現象だろ。生贄をささげてどうにかなるもんじゃないだろうに」

 コリントで会った男が言うように、この国の人は古い言い伝えに呪われているのだろう。伝説や風習に捕われ、人生を勝手に決められる少女。少し前の自分を見るようで、アレクシアは気分が悪くなった。

「アレク」

 アレクシアの考えを察してか、セイが苦笑しながらアレクシアの肩を叩いた。

「オレたちが口を挟む問題か?」
「でも…っ」
「おまえがやると決めたなら、オレは付き合ってやる」

 つまりは仲間を危険にさらすだけの必要があるのか、あるならば、納得するだけの材料を示せということだ。
 言葉を無くすアレクシアの肩を、反対側からディクトールが叩いた。

「ヒミコがオーブらしきものを持ってる、って話だよね。化け物退治の交換条件なら?」

 ぱっと輝いたアレクシアの瞳に、ディクトールは優しく微笑み。あとの3人は「甘いんだから」と呆れ顔で肩を竦めた。



 ――そして、冒頭へ戻る。
 宮を包む奇妙な緊張感。ヒミコの目を見た瞬間に、アレクシアはその原因を悟った。
 反射的に手を延ばした位置に、今は剣は下がっていない。
 唾を飲み込み、ひとつ息を吐いて、平静を装い女王に呼び掛ける。

「女王様。ジパングでは人喰い竜にお困りとか。人々を苦しめているという魔物。わたくしどもが退治して差し上げましょ…」
「黙りゃ!」

 風が吹いた。肌を焼くような殺気に毛が逆立つ。

「オロチさまは我らの護り神。人喰い竜などという悍ましきものではありゃしゃりませぬ! ええい、胸が悪い! 無礼者ども! はよう去ね!」

 衛兵達は気付いていないのだろうか。この異質な空気に。
 目の前に立ち塞がった兵士たちに追い立てられ、アレクシア達は宮を後にした。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ