ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
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※少し残酷な描写を含みます
28−3

 アレクシアが横笛に唇をあてると、すずやかな音色が夜の街に流れていった。
 ランシールでもそうであったように、笛の音はレッドオーブとブルーオーブを震わせ、共鳴音を響かせた。そしてその音は、テドンの街のある一点に集束していく。

「……」

 耳を澄まして音の行方を追っていたレイモンドは、いち早く音の方向に駆け出した。
 残された4人もそれぞれに顔を見合わせ、レイモンドの後を追う。
 と、アレクシアの手を、冷たい手をした少年が取った。

「綺麗な音。やっぱりお姉ちゃんだったんだね」
「え…」

 冷たかった少年の手が急に熱を帯びる。眉を寄せたアレクシアは次の瞬間ひっと喉を鳴らした。

「オーブは喜んでた。でもあの日、笛の音に誘われて魔物も来たんだよ」

 奇妙にひび割れた少年の声。アレクシアを掴む手も、あどけない姿も、炎に包まれ崩れていく。

「行ってあげて。オーブはおねえちゃんを待ってる」
「あ、あああ…」

 炎の中で少年は笑う。アレクシアの手を掴んでいない方の手で、仲間達が走って行った方向を指差した。

「さあ」

 ニコリ。
 ぐずぐずと崩れていく肉。それでも少年は、無垢な笑顔で微笑んだ。

「僕らの役目は果たされた」

 炎に包まれた少年を、アレクシアは抱きしめる。熱さは感じるのに、痛みは感じるのに、炎がアレクシアに移ることはない。

「ごめん、ごめんね…!」

 目を閉じる事なくとめどなく涙を流しながら、アレクシアは少年を抱きしめた。少年はアレクシアの髪を撫で、最後に一言

「間に合ってよかった」

 腕の中で炭の柱がぼろりと崩れる。風に流され、捕まえようと延ばした手に残ったのは一握りの黒い屑。それさえも、指の隙間からぼろぼろと零れ落ちていく。

「間に合ってなんかない!」

 少年だったものを握りしめ、アレクシアはがくりとその場に膝を付いた。
 アレクシアが山彦の笛を吹いた時、魔力が四散していった。オーブは笛の音に反応し、その所在を示す。だとすれば、このテドンにオーブがあると知らしめたのはアレクシアだということになる。

「アル!!」

 突如変貌を遂げた街の様子に、戸惑うリリアの悲鳴が聞こえる。
 立ち上がり、ぐいと涙を拭ってアレクシアは走り出す。流れていく景色の中に動くものはない。人だったものは食い荒らされた無惨な姿をさらし、あるいは炎を上げて跡形もなく吹き飛んだ。

 肩で息をしながら仲間達のもとにたどり着いたアレクシアは、レイモンドが持つ緑色の宝玉に憎々しげな視線を向けた。
 半ば崩れた教会の聖域に埋められていたのだろう。結界に護られ魔物には手がでなかったに違いない。人を護るために神が人に与えたオーブは、その存在故に魔を呼び寄せ、守護すべき人々を死に追いやった。
 ギリ、
 血がにじむほどに強く、アレクシアは唇を噛んだ。

 先ほどの笛の音に引かれてか、魔物が集まり始めている。
 これまで見て来たような、自然に存在する魔物(凶暴化した動物)とは明らかに違う魔族と呼ばれるような類の魔物だ。
 箒に乗り上空からベギラマを放つ魔法使いや、魔法によって作られた気体状のギズモたち。地響きを立てて迫り来る動く石の彫像。鎧の亡霊。

「ああああああああ!!!」

 山彦の笛を投げ捨て剣を引き抜く、叫び、がむしゃらに突進していく。

「アレク!」

 制止の声も聞こえない。傷付く事もいとわずただ剣を振り回した。剣が届かない場所から魔法や炎の息吹を投げ掛けてくる輩には雷の槍を以って報いを与えた。
 石像の拳を受け、鋼の剣が根本から折れる。それでもアレクシアは、戦うことをやめなかった。伝説の狂戦士のように。目を血走らせ、怒りのままに咆哮を上げて。

「アル!」

 仲間達が叫ぶ。
 隣で、背中で、アレクシアを突出させまいと必死に付いてくる。それは逆にフォーメーションを崩し、結局は個々の戦場を築くことになる。
 かろうじて、リリアの前にディクトールが残り、互いの呪文詠唱の時間を稼いだが、戦士達はまったくの孤立を余儀なくされる。
 戦いは、混乱を極めた。

 東の空に日が昇る頃、最後の飛竜が地面に落ちた。血を流しながらも炎を吐こうともがく竜の首を、セイの戦斧が切り落とす。
 5人とも、動いているのが不思議なほど疲労してした。肩で息をし、互いに互いを支えながら立っている。

「アレクシア」

 いまだ敵を求め、殺気を剥き出しにしているアレクシアに、レイモンドは背後から近付いた。振り返った少女の頬を、手加減なしに殴打する。

「アル!」

 もろに喰らって倒れたアレクシアに、悲鳴を上げてリリアが駆け寄る。非難を込めてリリアはレイモンドを睨み付けた。

「なんてことすんのよ!」

 しかしレイモンドはリリアには構わず、肩で息をしたまま冷たい目でアレクシアを見下ろした。

「目が醒めたか」

 リリアに助けられながら、上体を起こす。口元を拭うと、真新しい血が手の甲を濡らした。

「…ああ」

 口の中を切ったらしい。吐き出した唾には血泡が混じっているが、そんなものが今更混じった所でわからないほどに、テドンの大地は血を吸っていた。

 な、んだ、これは…

 なんだこれは、なんだこれは、なんだこれは!!

 眼前に拡がるのはただ破壊の痕。

 こんなもののために、わたしはオーブを欲してなどいない!!

 オーブを護るために町が滅んだというなら、世界を護るためにオーブを欲した自分が、テドンを死に追いやったも同じ事だ。

 塩の彫像の様に真っ白な顔で、アレクシアは朝日に白々と照らされた死の町を見つめていた。
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