ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
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28-2

 酒場に入るなり、そこにいた人々の目が一斉に入口の5人を見た。
 ざぁ、っと音がするのではないかというほどの静寂が酒場を支配する。痛いほどの静寂の中で、テドンの人々の目はアレクシア一人に集中していた。

「なんだ?」

 一行の先頭に立ち、酒場全体を見渡しながらセイがいぶかしげにつぶやく。
 この状況で警戒するなと言うほうが無理だ。

「たんに旅人が珍しいってだけじゃなさそうだな」

 腰のアサシンダガーに伸びたレイモンドの手を、「よせ」とアレクシアが止める。アレクシアのつもりががどうであってにせよ、手と手が重なり合ったことに変わりはない。
 白々と手からアレクシアへと視線を移すレイモンドのまなざしに、アレクシアはややあって手を引っ込めた。ごほんと咳払いをするその目元がほんのりと赤い。

「セイ」

 自分にだけ注意が向けられていることの不自然さをわかった上で、アレクシアは自分を守ろうと盾になってくれている幼馴染に目を向ける。セイは無言でアレクシアを見ていたが、やがてやれやれと長く息を吐き出し前を譲った。
 代わりに、腕一本分の距離でアレクシアの背後に立つ。そこからは酒場のすべてが見渡せた。有事のときにはアレクシアを抱えての逃走経路を即座に判断する。ちらりと、もうひとり、彼が守らねばならない女の存在を思う。彼女の安全は仲間に任せることになるが、おそらくそれが彼女にとって一番安全なはずだ。なぜならばセイは、アレクシアともども前に逃げるルートを選ぶから。敵をひきつけ、敵のただなかを逃げる。この狭い酒場がひとたび乱戦となった時は、それが一番の安全策といえた。

(さて。まぁ、そうならないことを祈るがね…)

「混んでるなぁ。おやじ、5人なんだが食事はできるかな?」

 視線になど気付いていませんとでもいうように、アレクシアは店の奥に呼びかける。ごく自然に店全体を見渡すその顔には、笑みさえ浮かんでいた。
 ランシールで酒場の用心棒をしていなければ、おそらくこんな見方はできなかったに違いない。
 客の誰が用心棒で、誰がすりか。どこに裏口があり、どこをどう走れば最短でそこに行きつくのか。
 ここはつい最近まで戦場になっていた街だ。人々が殺気立ち、よそ者を警戒するのは当たり前のことだ。
 相手を警戒させてはいけない。それでいて、舐められてはいけない。

 じっと待つことしばし、ようやく帰ってきたのはすまなさそうな否定だった。

「悪いがね、この街であんたがたにさし上げられる食べ物はないんだ」
「通りをまっすぐ行くと教会がある。今日はそこで宿を借りなさい」

 店主が言い、アレクシアの近くで食事をしていた老人が言った。

「なんでよ? 食べ物ならあるじゃないの」

 気色ばむリリアの肩に手を置き、ディクトールが無言で首を振る。

「わかった。おじいさん。ありがとう」

 今一度店内を見渡し、アレクシアは背後の仲間たちに店を出るように促した。出ていくアレクシアの背後を、注意深くセイが守る。

(おかしな店だ…)

 酒場だ。戦時下には女子供をかくまうこともあるのかもしれない。おそらく女たちが炊き出しに集まっていたに違いない。それにしても、誰一人席を立とうとしない。護衛らしき男の一人もいない。
 すさまじい闘いだったのだろう。店内にも、戦いの跡が見えた。焼け焦げた床や壁。崩れたレンガ。
 なのにその割に、怪我人の一人も見かけないのはどういうわけだ?

(この街は、おかしい…)

 心配そうにアレクシアを見つめるリリアとディクトールに早く店を出るようにと視線で促す。店の外では、アレクシア同様異変を感じているのだろうレイモンドが「気にいらねぇ」と吐き捨てながら、通りの人々を睨みつけていた。

「そうガンを飛ばすんじゃないよ、おまえは」

 そう苦笑を洩らすセイだとて、実は首の後ろをぴりぴりさせているのだ。

 引き倒され、半ば燃えた街路樹の陰に仲間を集め、アレクシアは声をひそめた。

「どう思う?」

 全員違和感を覚えている。その違和感の正体がつかめないのだ。

「魔物の気配は感じないよ」
「幻覚や魔法の類もね」

 ディクトールとリリアは相次いでそう口にした後で、ただ、と顔を見合わせた。

「まったく何の力も感じない、というわけでもないんだよね…」

 ディクトールは首をひねった。
 考え込む神官にかわり、セイが意見を口にする。

「魔物に襲われたことは確かだな。その割に被害は少なかったみたいだが。地下にでも逃げてたのかね?」
「だったら、今これだけの人が街にいるのはおかしくない?」
「警戒が解かれた、とか」
「昨日の今日だぞ? それはない」
「…うん。わたしも、そう思う」

 常識で考える限りおかしなことだらけだ。街はかがり火がたかれ、厳戒態勢にあるにもかかわらず女子供が避難している様子はない。一昨夜確かに襲撃があったはずなのに、街には怪我人もなく、それらを収容している施設もないようだ。建物には被害が出ているのに、人に被害がないなど、考えられない。

「ねぇ、気づいた?」

 薄気味悪そうに眉をひそめ、リリアはセイに身を寄せた。恋人の肩を抱いたセイはその肩が思いのほか冷たいことに目を見張る。

「この街、猫も犬もいないの」

 言われてほかの四人もはっと息を飲んだ。

「妙だ」
「わかってる」

 言わずもがななことを口走ったセイに、アレクシアが頷く。
 5人の脳裏にひとつの答えが浮かびつつあった。
 考えたくはない。そんな非現実的な話、信じられるわけがない。
 しかし…―

「教会へ…」

 行こうと言いかけたアレクシアは、手にふれた冷たい物の感触に「きゃあ」と悲鳴をあげて飛び退った。
 見ればアレクシアのいた場所に、10歳くらいの少年が立っている。

「なんだ…」

 脅かすな、と武器から手を離してレイモンドが息を吐く。ちらりと意味ありげな視線を向けられ、アレクシアは自分が掴んでいたものからあわてて手を放した。

「ご、ごめっ」
「いや、ぼくこそ」

 左手を触られて、右に飛んだ。たまたまそこにディクトールがいただけのこと。女の子が抱きついてきたら、男はかばおうとするだろう。それが惚れた相手ならなおのこと。
 左腕に抱いたアレクシアの体を離すディクトールの表情は、どこか残念そうで、照れたような笑みが口元には浮かんでいた。
 アレクシアはばつがわるそうにうつむいたまま、えーだのうーだのうめきながら元の位置に戻った。

 少年は、無邪気な瞳で5人を見上げている。

「えーと、ごめんね。驚かせちゃった?」

 腰をかがめ、アレクシアが少年にぎこちない笑みを向けると、少年はフルフルと首を振った。

「ねぇ。お姉ちゃんたち、勇者さまでしょう?」

 質問というよりは、確認の問いかけ。
 アレクシア達は顔を見合わせる。

「あの笛、お姉ちゃんが吹いたの? また吹いてよ。ぼく、あんなきれいな音聞いたの初めて!」

 期待の眼差しで少年が見つめるのは、山彦の笛がしまわれているアレクシアの革袋だった。
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