ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編1)
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22.レッドオーブ
海賊船に曳航される形で、アレクシア達の乗る小型帆船は海賊達のアジトがある海域にたどり着いた。小さな島々が列なる海域で、海面からはそこかしこに岩が覗き、激しく海流が渦巻いている。正しく波を読まなければ、たちまち船底を岩に削られるか岩にぶち当たるかして沈没するだろう。小回りの効かない帆船では、島にたどり着くのは難しい。帆船は、ルザミという、あたりで一番大きな島に碇を卸した。アレクシア達の船をそこに停泊させ、小型ガレー船に乗り換えて暗礁を越えてアジトに向かうという。
「頭はアジトにいるはずでさぁ」
レイモンドに指を落とされた男はガレー船の船長で、名をマルロイといった。禿げた頭にキズがある。いかにも海賊という面構えの壮年の男だ。
「手下どもには暇を出しやす」
ルザミは、海賊達の故郷だという。
忘れられた島ルザミと人は言う。小さな島と島の間を干拓事業により繋ぎ、猫の額ほどの土地に人々が肩寄せ合って暮らしているのだ。
根気よく干拓事業を続けて獲得した陸地には人がすむのが精一杯で農耕をする余地はない。為にルザミの男達は、海に活路を見出だすよりなかったのである。
そして通商の傍らで、よりリスキーだが元手もかからず手っ取り早い商売に手を出す。それが海賊稼業だった。
「客人の船は、わっしの命に賭けてお守りいたしやす。安心してくだせぇ」
マルロイの言葉に、アレクシアは頷いた。海の男の約束は何より尊い。彼等は誇りを大切にした。死と隣合わせのぎりぎりの生活を、常に共にするのだ。仲間を裏切ること、仲間の名を辱めることだけは絶対にしない事は、ポルトガ海士からも聞いて知っていた。
「よろしく頼みます」
船上で海賊に襲われたアレクシア達は、完膚なきまでに海賊達をたたきのめした。
大多数はラリホーで無力化したのだが、その彼等が目覚めたときには、船長他主立った海士達はセイやレイモンドの突き付ける刃の前に両手を挙げていたのである。
無傷で降参した者も多かったが、怪我をした者には、その場でディクトールがホイミをかけた。
海賊達は、アレクシア達に命の借りがある。アレクシアの望むままに、彼等をアジトへ案内することになったのだった。
険しい山を背後にした狭い砂地に、海賊達のアジトがあった。もし敵対する勢力に攻められた場合、彼等は背後の山に逃げる。海賊稼業で奪ったものはたいていが帰り道で小麦に替えてルザミで降ろしてしまうので、アジトにはこれといった財産がない。せいぜいが、数ヶ月分の食糧に酒、といった程度のものだ。それすらも、運び出し易いようまとめてあった。
粗末な木造のアジトには、仕事に出なかった男達、老人や子供が残っていた。
「頭はいるか」
「親父!」
マルロイの呼び掛けに、12、3歳の少年が駆けてくる。5歩手前で急ブレーキをかけ、マルロイの後ろに続くアレクシア達に不審な表情をした。
「誰?」
「わっしの客だ。頭はいるか?」
客と言われては通すほかない。
「居るよ。奥だ」
無愛想に顎をしゃくって、少年は一行を奥の部屋に誘った。
そこだけは、他の部屋とあきらかに作りが違う。入口は扉で仕切られ、戸口に見張りが立っている。
少年の口利きで、見張りが中に来客を告げると、扉の中から「入れ」と腹に響くような声がした。
(今の声…)
低く響く、よく通る声だ。が、男のそれではない。
通された部屋の中には、思った通り、波打つ長い赤毛の女がいた。
声もなく戸口に佇む客人に、部屋の主人はふんっと挑発的に鼻を鳴らす。
「女のあたしが海賊の頭だなんて、可笑しいかい?」
「いや…」
「別に」
客の視線は、何故か先頭にいる黒髪の若者に集中している。
「あたしゃ、おべっかを使う奴は嫌いだよ!」
腕を組んで顎を反らし、スリットの入ったスカートから脚を高く蹴りだしヒールで床を踏み鳴らす。不愉快をあらわに舌打ちした頭目に、マルロイは慌てたが――
「はじめまして。アレクシア・ランネスといいます」
黒髪の若者が、涼やかな少女の声で握手を求めたとき、女頭目の苛立ちは、春の淡雪よりもあっさりと、流れてどこかにいってしまった。
女頭目は、アリアハン国王から任免されたルザミの総督エラウソ家のカテリーナと名乗った。
もう百五十年ほど前になるが、バラモスが現れるずっと以前、アリアハンが海洋国家として名を馳せていた頃、ルザミに海洋拠点が築かれた。その時に総督として派遣されたのがカテリーナのひいひいじいさんだという。以来エラウソ家は代々ルザミの総督として、アリアハンが海洋貿易から手を引いてからは海賊達のリーダーとして、ルザミ諸島の管理と島民の生活を保護している。
酒を交えて互いの事情を話すうちアレクシア達が同国人と解るや、カテリーナは手を叩いて喜んだ。
「気に入った。これも何かの縁さ」
棚から新しいワインを取り出し封を切る。
高い酒じゃなくて悪いけどね、と前置きして、カテリーナはアレクシアの目をひたりと見据えた。
「あたしじゃ不足かもしれないがね。アレクシア、あたしと姉妹の契りを結んじゃくれないか」
アレクシアは軽く目を見張ったが、すぐにふわりと微笑んだ。
「よろこんで」
歓声を上げたマルロイが、早速杯の準備をしている。
赤いワインを互いの血に見立て、互いの杯を交換して飲み干す。それだけの簡単な儀式だ。それだけで、アレクシアは七ツの海を股にかける海賊の頭目と義兄弟となる。
慌てたのは、ディクトールだった。
杯を準備する僅かな間、ディクトールは青い顔でセイの腕を引っ張った。止めてくれと、その目が懇願している。
「だーいじょぶだって」
ディクトールの耳に顔を寄せて囁くセイの目は物事を面白がっている者の目だ。
そうこうしている間にも、義兄弟の杯は交換されようとしている。
「神官殿は、なにか不満がありそうだな」
「えっ」
女とはいえ数十人のあらくれ男を下にする頭目なのだ。その迫力に、ディクトールは思わず半歩身を引いた。
「あんたの勇者様が女海賊ごときの妹になるのが不服かい?」
「そ、そんなわけでは…」
カテリーナが怖くないと言えば嘘になる。海賊だから、というのではなく、彼女自身の凄みには気圧される。
カテリーナのからかい半分、挑むような瞳に言葉を飲んだディクトールは、アレクシアの青い眼差しを向けられて言葉を吐き出した。
「あなたが、問題なのではありません」
一歩前に出て、懐からエジンベア王リチャードW世の任免状を卓に置く。
「アル、エジンベア王からの依頼はどうするつもりなんだい」
任免状を手にとり、文面を読み終えたカテリーナは、ふんっと鼻で笑って足を組み替えた。おもしろくなさそうに任免状を放る。
「あたしの首をエジンベアへ突き出すか?」
卓上に落ち、ワインの雫で文字が滲んだ任免状を手の中で丸めながら、アレクシアはそんなことはしないと首を振った。 丸めた任免状は元通りしまっておくようにディクトールに手渡す。
「ただ、こちらもお尋ね者にはなりたくないからね」
悪戯っぽく笑ってアレクシアは目の前の杯をくいっと煽った。唖然と見つめる幼なじみにニヤリと空になった杯を振って見せる。
「妹として忠告させてもらう。しばらくエジンベア相手の海賊稼業は控えてもらいたい。勿論、変わりの仕事は紹介する」
意味ありげなアレクシアの視線を受けて、これまでアレクシアの行動を黙ってみていたセイが、やれやれと苦笑しながら隣に並んだ。
アレクシアの代わりに新しい取引先をカテリーナに紹介するためだ。
「バハラダには行ったことあるか? あるよな? グプタってやつがやってる黒胡椒屋がある。そこでオレらの名前を出せば黒胡椒を優先的に廻してくれるはずだ。それをポルトガに売れ」
話しながら、セイは紹介状を走り書き、短剣の柄で印を押した。
「オレはセイ・アミネゴージョ(「武器屋の」セイ)。アリアハンの商工会にも顔が利く。オレの名前でよければいくらでも使ってくれ」
「……」
差し出された紹介状をじっと見つめ、おもむろにカテリーナが口を開く。
「それで、おまえ達に何のメリットがある?」
「あなたと義兄弟の契りが結べた」
即答したアレクシアに、カテリーナは目を見開き、次いでこれ以上はないほど楽しげに声を上げて笑った。
「ますます気に入った! アレクシア、おまえに見せたいものがある。ついてこい」
「?」
返事も待たずにカテリーナはアレクシアの腕を引く。連れていかれたのは小屋の地下室だ。
「これだ」
差し出されたのは成人男子の握りこぶしほどの大きさをした赤い宝玉。
「これは…?」
なぜだかはわからない。ひどく懐かしい気がする。
震える手を延ばし、凹凸のない球体に指先が触れた瞬間、アレクシアの脳裏にアッサラームで見た夢の光景が閃いた。
電流でも走ったように腕を引っ込めたアレクシアには気付かずに、カテリーナは元の木箱にそれをしまった。
「拾ったもので、価値があるのかわからんのだが、どうにも気になってな。娘でも出来たら嫁入り道具に持たせてやろうかと、とっていたんだが、おまえにやる」
まだ衝撃から醒めていないアレクシアの腕に、木箱を抱えさせる。
「どうした? 気に入らないか?」
「い、いや…。ありがとう。うれしい」
ぎゅ、と胸に大切に抱き抱える仕種に、すこし違和感を感じつつも、満足してカテリーナは頷いた。