ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編1)
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 エジンベアにたどり着いた三日後、エジンベア港への入港が許された。船を移動させた二日後、ようやく一行はエジンベア王リチャードW世との謁見を許される。勿論、船はポルトガ製であり、ポルトガ船籍である。積み荷も入念にチェックされ、停泊中の管理料もしっかり請求された。この時点で、セイが管理する財布の中身はほぼ空だ。

「国王陛下。御尊顔の拝謁叶い、これに勝る喜びはございません」

 国王への謁見もこれで5回目だ。床に膝をついて畏まるアレクシアの態度も板について来た。

「アリアハンのオルテガが一子、アレクシス・ランネスと申します」
「おお、聞いておるぞ。父の遺志を継いでバラモスめを倒すのだそうだな。よい。面を上げよ」

 距離にして10歩弱。一段高い位置からよく通る甲高い声が降ってくる。命じられるままに顔を上げたアレクシアは、自分の顔をじっと見る王と王妃の視線にただ堪えた。

「ふーむ。確かに。母親に良く似ておる。のぉ、妃」
「誠に、かの女魔法使いは名をなんと申しましたか…」

 母親?
 魔法使い?
 何を言っているんだ?
 そういえば、イシスのネフェルタリ女王も、母親がどうとか言っていたのではなかったか。

 内心の動揺を押し隠し、無礼にならぬように言葉を挟む機会を待った。
 アレクシアの背後でも、セイとディクトールが訝しげに視線を交わしあっている。

「何と言ったか…」

 側近が、王の耳に何事かを囁いた。

「おお、そうじゃったそうじゃった。ルイーダと言う名前であった」

 アレクシアは血が頭に昇って視界が暗くなり、耳もボーとなにかが詰まったような感覚に襲われた。目眩を起こして倒れそうになったのを、咄嗟にセイが支える。

「たしか、アリアハンに戻ったと聞いたが、母上は息災か?」
「お、畏れながら…っ」

 喉が張り付いて、声が出ない。顔の筋肉が強張って、うまく喋れない。

「畏れながら、国王陛下。わたくしの母は、ルイーダという名ではございません」

 アリアハンに待つ母の名はアンナマリ。アリアハン貴族の娘で、レーベは疎かアリアハンの城下街すら出たことのないお嬢様だときいた。
 アレクシアの背を、汗が伝い落ちる。汗ばんでいるのに、手は酷く冷えていた。

「はて? いや、しかしルイーダはオルテガの供をしておった。当時、子を…」
「陛下」
「ん、うむ」

 アレクシアの様子に気付いた王妃が、小声で王を窘める。誰が見ても解るほど、アレクシアの顔からは血の気が引いていた。

「うぉっほん」

 咳ばらいを一つして、国王は気まずい気分を追い払う。果たして追い払えたのは彼自身の罪悪感だけであろう。

「そなたら、ポルトガ籍の船で我が都に入港したそうな。目的はなんじゃ」
「お恥ずかしい話しながら、波に迷いました。航行に不慣れな者ばかり故」

 何も言えなくなっているアレクシアの変わりに、レイモンドが答えた。膝行し、アレクシアを背に隠す。

「そなたは?」
「はい。レイモンド・コリドラスと申します。サマンオサのサイモンの子です」

 ほう、と王の眉が上がる。
 レイモンドにとって、これは賭だった。
 オルテガの動向について詳しいらしい国王ならば、オルテガと目的を同じくし、一時は行動もともにしていたはずのサイモンの事も承知しているはずだ。サイモンが、母国サマンオサでどのように扱われ、どこにいったのかも。そのうえで、リチャード王がどう行動するか。

(手配されているなら捕まる。追っ手がかかるならこちらの予測の範囲内で動いてくれたほうが都合がいいしな)

「サイモンの、息子…」

 玉座から身を乗り出してレイモンドの顔を見るリチャード王の瞳は、おもちゃを見つけた子供のように輝いている。

「成る程! 言われてみればよう似ておるわ!」

 王は膝を叩いて喜んだ。ひとりきり笑った後で、ようやく本題に戻る。

「ポルトガのスパイだの、海賊だのとの噂が飛び交っておったのだが、どうやら本当に酔狂な田舎者どものようじゃ」

 王は手を叩いて大声で笑い、王妃や側近達まで笑う。馬鹿にした、というよりは安心したような笑いではあったが、馬鹿な田舎者と笑われて、いい気分がするものはいないだろう。

「あいやすまぬ」

 魔物が跋扈し、航行が難しくなっている昨今、海に出るのは軍船か海賊船、それか大規模な船団を組んだ豪商の船くらいなものだ。ふらりと寄航して、水と食料だけ詰ませてください、なんて、調子のいい話はない。

「海賊ではありません。ポルトガ王より船は賜りましたが、代価を払っての事。我々は、どこの国の間者でもありませんよ」

 盗賊がどの口で言うのかと、仲間が内心で突っ込んだのは言うまでもない。
 強いていうならアリアハンの王命で動いているが、アレクシア達はアリアハン王に仕える騎士でもなければ、傭兵として仕事に見合った報酬を貰っているわけでもない。
 一団というのもおこがましい僅かな人数で、正義の為に、世界の為に、悪に立ち向かうべく旅をする若者を、確かに、酔狂でなくて何と呼べばいいのか。
 リチャード王でなくとも、レイモンドだって嘲笑っただろう。
 自嘲の笑みをきらめかす若者に、リチャード王は目を細めた。

「レイモンド、そなたに頼みたい」
「なんなりと」

 本来なら、身の潔白の証として、無償でやらせようとしていた事だ。失敗して死んだとて、エジンベアもリチャードも損をしない駒として。

「我がエジンベアの領海を侵す不埒な海賊どもを成敗してもらいたい。商船と見れば襲ってくる輩だ。見つけるのはたやすいだろう。滞在中の費用、必要な物はわしが用立てよう。見事海賊を成敗した暁には、我が宝物庫より褒美を取らせる」

 にやりと笑う王を相手に、否やを返す理由も権利も、アレクシア達は持ってはいなかった。




 エジンベア王から海賊討伐の免状をもらい、その証として旗を賜った。これは非常に名誉な事だが、行動に枷が付くという意味では迷惑な話だ。
 謁見から一日置いて、アレクシア達の船に水と食糧が詰め込まれた。積み込み作業が終われば出向となる。
 謁見が終了してからは、海賊が出るという海域をエジンベアの海軍兵士に教わる傍ら、この辺りの気候や海流についても教わる。説明のそこかしこに「田舎者」という単語が出て来る以外は問題のない一日だった。
 問題があるとすれば、アレクシアだ。あれから、魂が抜け出てしまったような有様で、豪を煮やしたレイモンドに部屋を追い出された。それから、自分にあてがわれた一室に篭ったきり、食事にも姿を見せない。

「アル…?」

 五人には出発まで城の一角を滞在先として与えられている。一人一部屋で、待遇はかなり良い。
 ノックしてもしばらく反応がないので、躊躇いがちにリリアがドアを開けると、寝台に突っ伏しているアレクシアが見えた。

「入るわよ」

 声をかけても返事がない。寝ているのかと近づくと、ようやくアレクシアが顔を上げた。目の下には隈が出来ている。よく眠れなかったに違いない。

「…ごはん、食べなさいよ」

 寝台の横にしゃがみ込んで、アレクシアの顔を見上げるリリアの声にも、気まずさからか覇気がない。

「食べたくない…」

 弱々しく首を振って、再びアレクシアは枕に顔を伏せてしまう。リリアは溜息をついて、ばふんと寝台に身を投げ出した。頭と右腕は、アレクシアの背中に乗っかる形だ。

「ルイーダさんてさ、オルテガ様と旅をしてたんだね」

 天井を見上げて独り言のように話す。アレクシアからの反応がなくても、かまわずリリアは話続けた。

「あたしね、捨て子なんだ。レーベの爺さんは、あたしに魔法使いの素質がありそうだからって育ててくれたの」

 身寄りのない子供なんて珍しくなかった。魔物や病で親を失った子、貧困から口減らしに捨てられた子。多くはないが、少なくもなかった。
 そんな子供は、一人で生きていけるようになるまで教会が面倒を見る。教会の規模が小さい場合等は、同じ境遇の子供が、より小さな子供を守り育てる。どんな町でも、スラムの一角に、そんな子供達の集団を見ることが出来る。リリアも、かつてはそんな掃きだめにいたという。ただ、リリアのような容姿をした人間は、レーベのどこにも居なかった。

「でもね、親なんか関係ないわ。あたしは、あたしよ」

 赤い瞳は、強い眼差しで天井を、さらにその上の天を睨みつけている。

「あの辛気臭い村から連れ出してくれたアルには感謝してる」

 それからリリアは、べしべしと拳でアレクシアの肩を叩いた。

「あんたが誰の子供だって、今ここにいて、あたしを村から連れ出してくれたのはあんたよ。オルテガの子供じゃないわ。アルが、あたしを連れ出してくれたのよ」

 言いたいことは言ったとばかりに、リリアはそれきり黙り込んでしまった。背中に、アレクシアの呼吸を感じながら目を閉じる。
 時間にしたら、数分だろうか。アレクシアがぼそぼそとしゃべり始めたのは。

「自分が、何者なのか、気にならないわけじゃない。けど…それより、母さんが……」

 突然、知らない女の腹から産まれた自分を育てるようにと告げられ、事実を突き付けられた時、何も知らずに父の帰りを待っていたのだろう母が、その時どう思ったのか。他人の子を、ただ夫の子だからという理由で16年間、どんな気持ちで育てて来たのか。それを思うと辛いのだ、と。
 本当にルイーダがアレクシアの母親だったとして、どんな事情でアレクシアを手放し、どんなつもりでアリアハンの、しかも通り一本挟んだだけの場所に住み続けていたのだろう。
 今度会ったとき、どんな顔をして母を、ルイーダを見ればいいのだろう。

「……一度、アリアハンに帰る?」
「いや、必要ない」

 アレクシアが身じろぎして、リリアも体を起こす。むっくりと起き上がったアレクシアは、ぱしんと頬を両手で挟むと「よしっ」と気合いを入れた。

「聞いてくれてありがと。少しすっきりした」
「ん」
「ごはん食べてくる」
「化粧したげようか?」

 リリアの指が、すっと動いて目元をなぞる。アレクシアは苦笑して、首を振った。

「一応、男で通ってるから」

 それもそうねと頷いて、リリアもアレクシアと部屋を出た。小走りで隣に並び、アレクシアの腕を両手で抱く。
 ちょっと驚いてリリアを見たアレクシアに、えへへと笑う。つられるようにアレクシアもにこりと笑い。仲良く身を寄せ合って歩き始めた。傍から見たらそれは、仲の良い恋人同士のように見えた。


【蛇足】
ビバ捏造!
エジンベアってアリアハン以上に小さい島国でしょ。国土大半が森でしょ。
鎖国なんかしてたら滅ぶぜ?
なので、海運国で商業国家って姿が正しかろう!
通商に海賊退治。
大航海時代になってきましたねー(ゲーム間違えてますよ?)
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