ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編1)
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20.エジンベア
レイモンドの導きに従い、一行は岸にたどり着いた。
上陸した森に面した陸地が、どこなのか見当も付かないが、誰も地図を開こうとすらしなかった。
こうなってはもはや、ここまで一行を導いたレイモンドの得体の知れない魔法に頼るしかない。
レイモンドの呟く詠唱のリズムは、現存するどんな系統の魔術にも見当たらないリズムなのだ。
「北に、何かある」
「何かって何だよ」
「建物だな。…城、かな」
「城ぉ?」
アレクシアは仲間を振り返る。どこの城だか知らないが、これでロマリアにでもたどり着いたらまるきり見当違いの方向に流されたことになる。
一様に不安げな顔を見合わせるが、他に当てもない。水も食糧も買わなくてはならないのだ。
「行くか」
アレクシアの一言を待って、五人は森の中へと分け入っていった。
「ここは由緒正しき花の都エジンベア。旅人よ、いかなる用件で罷り越したのか」
武装した薄汚れた一団に、無条件で門戸が開かれるとも思わなかったが、こうもはっきり拒絶の表情を浮かべられるとは思わなかった。しかも門兵が、有り得ないほど威高々だ。
これに比べてイシスの門兵は状況判断が的確で行動も迅速だった。ポルトガやロマリアなどは、こちらが驚くほどに未警戒で優しい人々だったが、お国柄だろうか。
目の前で閉じられた儀状槍には、セイでなくとも憮然とした表情を隠せない。
「航行中の水と食料を購入したい。街に入れてくれないか」
媚びるでもなく、怒るでもなく、淡々と用件を告げるアレクシアを、馬鹿にしたように上から下まで眺め遣った門兵は、はんっと鼻で笑って吐き捨てた。
「田舎者が」
もし音がするなら、カチンと薄い石を打ち鳴らしたような音がしただろう。食ってかかろうとしたセイの腕を、ぐっと掴んで止めたのはリリアだ。
それでもセイの態度は、門兵の武器を握る手を緊張させるに十分だった。双方の間に流れた緊張を解いたのは、武装した集団にはあまりに不似合いな優しいテノール。柔らかな物腰で、ディクトールは列の最後尾から一番前へと長身を滑り込ませた。
「ディ」
何をするつもりかと訝しむアレクシアに、にっこりと微笑んで、ディクトールはまず主神ミトラへ祈りを捧げた。真っ当な家庭の子供なら、食事の前には必ず唱えさせられるし、基礎教育過程で一番最初に習うミトラ教典の最初のくだりだ。
「わたくしは、アリアハンのミトラ大聖堂に属する神官です。怪しいものではございません」
「アリアハン? そんな田舎国、知らんな」
門兵は互いに顔を見合わせ首をふる。
「そうですか」
ディクトールは笑みを絶やさず、ゆっくりとした動作で懐から筒を取り出した。
「実はポルトガ王から親書を預かっておりますが、お通し頂けぬとあらば致し方ございません。ポルトガ王には左様お伝えし、お詫び致しましょう」
ふーと息を吐き、これみよがしに紙を再び懐にしまった。ぽかんと成り行きを見守っていたアレクシアの肩を叩いて、仲間達に戻ろうと促す。
あまりの呆気なさに、慌てたのは門兵達のほうだ。神官の言うことが本当なら、自分達はお咎めをうけるどころの話ではない。
「ま、待て! いやいや、お待ちくだされ!」
ゆったりとした動作でディクトールが振り返る。顔には穏やかな笑みを浮かべたままで。
「使者殿にお尋ね致す。誠ポルトガ王の親書をお持ちか?」
「お改めになりますか?」
懐から取り出した紙筒には、確かにポルトガ王家の紋章が押印されていた。
門兵達の顔色が見る間に変わったのは言うまでもない。
音を立てて槍がどかされ、一人が門の中へ開門を告げる。
「ご、ご無礼いたしました! どうぞ!」
促されるままゆっくりとエジンベアの外城門をくぐるディクトールの後を、仲間達はそれぞれ、笑いを堪え、呆気に取られながら、続いて中に入っていった。
城塞内に入ったアレクシア一行は、自分達を奇異の目で見るのが何も門兵に限った事ではないことを直ぐさま思い知らされた。
島国故の旅人を珍しがっているという視線ではない。野蛮人や未開の地に住む珍獣を見るような視線が、無遠慮に、もしくは物影から、5人に突き刺さる。
「……なんだってんだ」
「と、取り敢えず宿を探そう」
街中を武装したまま闊歩するわけにも行かない。中城門に入る前の下町で、宿を探して着替えてしまうべきだろう。そうしたら、まだいくらかこの居心地の悪さからは解放されるに違いない。
旅人など滅多に来ないのだろう。客商売である宿屋の店主でさえ、アレクシア達を興味深げに観察してくる。
「なんだ」
門兵とのやり取りから、セイの機嫌は悪いままだ。
「や、これは失礼。旅の人は珍しいのでね。部屋は二人部屋を3つでいいですか?」
「ああ。構わない」
銀貨と交換に鍵を3つ受け取る。
「店主、食糧と水を纏めて買いたいんだが、請け負っていただけるか?」
アレクシアの問いに、宿屋の親父は難しい顔をした。
「ご覧の通りエジンベアは海洋の城塞都市。食糧は全て国王陛下の管理下にあるんですよ。街で旅に足りるほどの大量の食料を買い込むことは不可能でしょう」
「そうですか…」
アレクシアは暫く考えるそぶりを見せて、それから店主に礼を言って仲間達を二階に促した。
「街の連中であれだ。お城の連中がどうでるか、今から思いやられるぜ」
「そういえばディ、ポルトガ王の親書ってもしかして…」
幼なじみ二人に見上げられて、ディクトールは照れたように懐の筒を取り出した。
「ノルドさん宛の手紙だよ。役に立ったね」
親書には違いないが、エジンベア王宛てなどではない。全くのはったりだ。
「まったく…変に度胸があるんだから」
引込思案なディクトールが、まさか兵士相手に交渉をするとは思わなかった。ましてはったりを効かせるなど、思いも因らないことだ。
しかしそうなると、他に謁見に際して身許を保証するものがない。
「あるじゃないか」
「どこに?」
「ここ」
「痛っっ」
首の細い鎖を引っ張られ、アレクシアが声を上げる。薄くからかうような笑みを閃かせて、レイモンドが指に引っ掛けた鎖から指輪をつまんだ。
「イシス女王からいただいた、といっていたな。こいつはどこにでもあるような代物じゃない。信憑性はあると思うが」
チャリン、と落とされた鎖と指輪が、金属本来の冷たさを取り戻してアレクシアの素肌に落ちる。びくっと肩を跳ねさせて、アレクシアは首を両手で守るように被った。鎖を引っ掛けた一瞬触れたレイモンドの指先の感触が、金属の冷たさより何よりも強く、肌に残っている。
わざと怒った表情を作って顔の赤さをごまかしながら、アレクシアは「あとは」、と言葉を引き継いだ。
「船にはポルトガ王家の紋章が入っている。全部正直に話して援助を申し込むしかないだろう」
四人はそれぞれに頷き、アレクシアの手から鍵を受け取ってそれぞれの部屋に別れる。部屋割は、アレクシアとリリア、セイとディクトール、レイモンドは一人だ。
「あ、レイ!」
呼び止められて、迷惑そうにレイモンドが振り返る。そのレイモンドに一歩歩み寄り、声をひそめてアレクシアは短く告げた。
「僕はアレクシスだ」
「?」
訳が分からないと眉をひそめるレイモンドに、アレクシアは「オルテガの子は息子で通ってるんだよ」と苦笑して見せた。
王城に謁見の申込を済ませた一行は、下町でエジンベア風の衣装を買い求めた。それから酒場で早めの夕食を採りながら、これからについて話しあう。
今回は運よく陸地に辿り着けたが、この先どうなるかわからない。自分達だけで、しかも実地で一から海の事を学んでいくのはあまりに危険だ。
「航海士を雇う必要がある」
言って酒場を見渡してみるが、それらしい男は見当たらない。
「あと、どうせ船であちこち回るんだから、商売もしたほうがいい。船の維持費だってばかにならないぜ」
ディクトールはセイの病気が始まったと目を覆ったが、意外な事にこれにはレイモンドが賛成し、セイの言葉を継いだ。
「例えばバハラダから黒胡椒をポルトガまで運ぶ。ポルトガ王は胡椒に目がないから、相場の10倍でも金を出す。胡椒自体は多少値が張るが、積み荷としては場所もとらないし最適だ」
アリアハン王からいくばくかの旅費は貰っていたが、それはすぐになくなってしまった。
襲ってくる魔物が、かつて旅人から奪ったのであろう金品等を、逆に倒して手に入れた金でこれまで旅を続けて来たが、それだって船を維持できるほどの金額が手に入るわけではない。なんといっても船には、定期的な手入れが必要なのだ。ケチれば、即刻自分達の生命に関わる。
「でも、僕らには目的が…!」
「勿論、余剰範囲としての活動だ。メインはこれまで通り。それは誓って間違いない」
どうだ? とレイモンドはアレクシアを見た。
セイとは同意見だし、リリアはアレクシアとセイに従うだろう。ディクトールが反対する主張は今封じて見せた。あとは、アレクシアである。結局のところ自分は居候で、このパーティの決定権は、釈だかアレクシアにある。アレクシアは真剣に話を聞いていた。レイモンドの言うことの正さを、理解できないほど愚かではないはずだ。
「いいんじゃないか。賛成だ」
ただ、とアレクシアは言葉を濁す。
「航海士については、難しそうだけどね」
これについては、レイモンドもまったく同じ気持ちでいたので、苦笑するしかなかった。