ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編4)
8ページ/21ページ

58-2

「う、わ…」

 思わず、声が漏れた。
 竪琴の音色も素晴らしかったが、より信じられなかったのはガライの澄んだ歌声だった。いつもの独特の訛りからは到底想像できない。時折何かのルーンだろうか、聞き慣れない音節が混じる。神秘的な音律。酒場が大聖堂にでもなったかのようだ。誰も彼もが息を潜めてガライの唄に聞き入っている。
 そして曲が終わるや、割れんばかりの喝采がガライに送られた。コインや花とともに。

「すごい…」

 心のどこかに燻っていた、不安や苛立ちが消えて、とても穏やかな気分だ。見れば仲間たちの表情も、心なしか穏やかなように見える。

「これをあなたに」

 歌っていたときと同じ、芝居かかった声色と仕草で、ガライがリリアに花を一輪差し出した。酒場の外でそれを見ていた女たちから嫉妬の悲鳴が上がる。リリア自身はガライに個人的な興味など欠片も抱いてはいないが、羨望の的になるのは大好きだ。

「あら、ありがと」

 満更でもなさげに花を受け取って髪に指す。
ガライはまたしても芝居かかった仕草で礼をして、酒場の中央へ戻っていった。移動しながらコインをもらったり投げキッスをしたりと忙しい。

「あんたもあれには負けるわね」

 いつだったか、レイモンドが酒場で吟遊詩人の真似事をしたときの事を思いだし、なんとなく、という風にリリアが呟く。レイモンドは面白くもなさそうに横目でそれを見て、グラスに残っていた酒を一息に飲み干すと席を立った。

「寝る」
「え? もう?」

 ガライの二曲目に瞳を輝かせていたアレクシアは、明らかにレイモンドを批難する表情だ。もっと聴いていけばいいのに、とその不満げな顔が物語る。
 恐らく無意識だろう。アレクシアが摘まんだ服の裾をそっと離させて、レイモンドは「ここの酒が合わないのかな。酔ったみたいだ」と当たり障りのない嘘をつく。
 自分でもらしくないなと驚いたのだが、どうにもガライの歌を聞いていると、自分の中の毒気が抜けていくようだ。
 眠るには早いし、酒場のコンサートもまだ続くだろうから騒がしさで眠れるかはわからない。とはいえ、いつもなら新しい町に着くと情報収集のために盛り場をうろつくのだが、今日ばかりはそれも意味がないだろう。
 元凶であるガライをちらりと盗み見る。
 一瞬だったが、ガライはレイモンドの視線に気づいてウィンクを返してきた。慌てて階段を上りきる。

(何者なんだ?)

 何も知らない世界。何も知らない国。何も知らない人。
 これ迄だって十分に運命に翻弄されてきたと思うのだが、ここに来てからは特に誰かの掌の上という感が強い。
 情報が無さすぎて、ただ言われるまま、流されるままに動くしかないのだ。仕方ないと分かっていても、レイモンドにはそれが気に入らなかった。
部屋に入るなり、内側から鍵をかけてそのまま寝台へ潜り込む。
いつものレイモンドならば、初めて来た町では情報収集に出る。酒場で人々の話に耳を傾けているだけでも様々情報は入ってくるものだ。しかしそれもここでは出来ない。今まさにガライがリサイタルの真っ最中の酒場で情報収集などできるわけがない。
 もう寝てしまおう。出来る事もやることもないならば、寝て体力を温存するのが得策である。
 毛布をかぶって目を閉じれば、いつでもどこでも眠れるのが冒険者というものだ。例に漏れず、レイモンドも程なく寝息を立て始めた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ