ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編4)
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38.銀の竪琴
アレクシアは謁見の間を飛び出した。
呼び止めるレイモンドの声も耳に入っていない様子で、城中の人間を片っ端から捕まえてはオルテガのことを聞いていく。
アレクシア達を特別視してくれているとはいえここは宮廷だ。このアレクシアの態度が許される訳もない。
「おいっ!」
声に怒気を孕みつつ、極力抑えた低い声で、レイモンドはアレクシアの肩を掴んだ。
「っ」
革のベスト越しにも痛かったのだろう。遠慮手加減なしに捕まれ、半歩後ろにたたらを踏んで、文句を言おうとしたアレクシアは、レイモンドの表情と回り中の視線を受けて、ようやく自分の行動を理解した。我に返って項垂れるアレクシアの代わりにレイモンドが芝居かかった優雅な仕草で周囲にお辞儀をする。
「失礼、お嬢さん」
たった今までアレクシアに問い詰められ困惑していたメイドは、美形のレイモンドに貴婦人のように扱われて、頬を赤らめ上機嫌で仕事に戻った。その際、こっそりとレイモンドに何事かを耳打ちしていくのを忘れない。
「あんたのそう言うところ、尊敬するわ」
「そりゃどうも」
呆れた口調のリリアに肩をすくめるレイモンドは、もういつもの調子だ。ばつが悪そうに縮こまるアレクシアの後ろ頭を軽くこづいて
「これだけ騒げば十分釣りがくるな。一端ガライと合流しようぜ」
と顎をしゃくった。
相も変わらずチラチラと周囲の視線に晒されながら、来た道を戻る。
「…たまらないな」
「そうか? エジンベアより居心地は良さそうだ」
思わず、と言った風に疲れた様子でディクトールが呟いたが、レイモンドは気楽そうだ。言葉通り、レイモンドはこの衆人環視の状態を気にしていないらしい。「あんたってほんとに…」とリリアが呆れて額を被う。そんなやり取りをしているうちに外城門が見えてきて
「そういえばガライを探さないと」
と顔をあげたアレクシアの目に、大きく手を振る青年の姿が飛び込んできた。
「おおぅい!」
ぶんぶん。
大型犬が飼い主を見付けて嬉しそうに駆け寄る様子。そんな様が四人の頭を横切った。
「早かっただな。宿は見付けてあるだで、今日はそこに泊まるベ。他に当てもなかろ?」
「あ、うん」
四人の顔を順に見て、にこり。
それから当たり前のようにリリアとディクトールの間に割って入って、リリアの隣を確保する。後ろからレイモンドに宿までの道を指図しながら、ガライは宿につくまで喋り通した。リリアを口説いているのか冗談なのか、とにかく明るく騒がしい。あそこの角には干物屋があるだとか、剣の磨ぎ直しならあそこではなくここがいいとか、井戸前の莨屋の隠居が一番の情報通だが最近ボケてきたとか。ただの笑い話かと思いきや重要な話だ。
「ああ、ここが宿だべよ」
喋り通しのガライのお陰で道程を遠く感じなかった。リリア等はお喋りに夢中で道を覚えられなかったくらいである。
宿についた五人を、宿屋の主人は笑顔で迎えた。
「やぁ、いらっしゃい」
予めガライから聞いていたのだろう。鍵を四つ取り出してカウンターに並べる。宿台帳には「アレク、リリア、レイ、ディ」と、既に書き込まれていた。アレクシア達の常識では、宿台帳には氏素性をそこそこ詳しく書くものだ。例えばアレクシアならば、アリアハンのアレクシア・ランネス 何月何日にどこの国のどこの村の何と言う宿に泊まっていて、次はどこへ行く予定、と言う風に。
首を傾げるアレクシアに、ガライは訳知り顔で、彼女にだけわかるように小さく首を振った。
「上に行って荷解きしてくるといいだ。そらから夕飯にするべ」
それからガライはリリアにつつぃと身を寄せると「おらの部屋は向かいだから」とにんまり笑う。セイがいればぶん殴られて居ただろうが、いないので誰も彼を殴らない。
ベットと小さな書き物机と荷物入れがあるだけの狭い個室でそれぞれに荷解きを済ませ、一階の酒場に降りてくる。
夕食には少し早いような気もしたが、混んでくる前に食べておけと言う店主とガライの勧めでアレクシア達は早めの夕食を採った。
ここアレフガルドでの物価はわからないが、ダンカンから渡されたコインを5枚支払って提供されたのは、茸のソテーと海藻のサラダと獣肉のフライ。何の獣の肉かは敢えて誰も問わなかった。噛みきるのに苦労する固さに、食事中は勿論、その後も暫くは誰も口を開かなかった。
顎の痛みを訴えることなく、最初に口を開いたのはガライで、「さてと」とずっと背負っていた袋を下ろすと、中から竪琴を取り出した。
「おい、始まるぞ!」
いつの間にやら酒場の席は全て埋まり、カウンターには酒の注文を待つ人の列まで出来ている。
何事かと呆気に取られているアレクシア達にウィンクして、ガライは竪琴を一撫でした。