ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編4)
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57.アレフガルド

漁師小屋の主ダンカンから、適当に着替えろと衣装箱と部屋をあてがわれたアレクシアとリリアだが、体を拭いてゆっくりする、という気分にはなれなかった。何故ならば扉のすぐ外で、女子の着替えを覗こうとするガライをとっちめている声がするからだ。

「いっそ寝かして縛っておくか」
「こいつは特異体質でな、魔法が効きづらい体質でラリホーも効かん。体もぐにゃぐにゃ柔らかいから、ちっと縛ったくらいじゃすぐ抜けてきよる」

レイモンドとダンカンの会話に苦笑いしながら、アレクシアたちは濡れた衣服から手早く着替えた。覗かれているかもしれないと思うと、衣擦れの音にすら気を使う。
ダンカンが出した衣装はアレクシアたちがよく知るアリアハンの衣服とそう大きな違いがある訳ではなく、少しデザインが古いかな、と感じる程度のもので、この世界とアレクシア達の世界が、親い文明を辿ってきたのだと思われた。

「ダンカンさん、ありがとうございました」

部屋から出てきた二人に、羽交い締めにされたままのガライ青年が歓声を上げかけて落胆の声を上げる。器用なものだ。

「ええー、なんでぇ? なんでそんな格好? もっと可愛いのあったべや」

確かに衣装箱の中にはサイズもデザインも様々な衣装が入っていた。中にはパーティドレスのようなものまであって首をかしげた。
ダンカンの話によると、ここは国の外れの海岸線で、アレクシア達のように異界からの来訪者がよく訪れるのだという。そんな人々の置き土産が、この衣装箱の中身だ。中にはここで息果てたものもいるのだろう。
アレクシアもリリアも、他人の遺品に袖を通すことに嫌悪感を抱くタイプではない。アリアハンでも衣服は貴重なものだ。誰かのお古を直し直し使っていく。
アレクシアが選んだのはごくあり触れた木綿の長袖に生地がしっかりした麻の長ズボン。その上に元々身に付けていた鞣し革の胴衣を羽織っている。少し大きめなシャツとズボンをベルトで締めて、細い腰が露になっている。それさえなければまるきり男の格好だ。
リリアの方はもう少し女の子らしいが、アレクシアより上着の裾が長い程度でやはり動きやすさを重視した格好だ。

「そうだ! あれ! あれなんかきっと似合うだよ!」

スルリとレイモンドの腕から逃れて、衣装箱の中からがさごそとやけに布地の少ないワンピースを引っ張り出す。服、というより下着。それも上級娼婦辺りが商売で着けるような。

「魔法が掛かってんだ! これなんか超お勧めだが!」

確かに魔法繊維で編み込まれた物のようだ。意匠も凝っていて高価なものだろう。それでも着ける気には到底ならない。局所を申し訳程度に隠すほどの布しかなく、その布と布をリボンで繋いでいるだけの代物なのだ。たとえ魔法の防護膜で守られていようと、肌着より布地の少ない、更には結び目がほどければそれまで、なんてものを安心して身に付けてはいられない。

「なぁ! レイモンドも見たいだろ?」
「あ?」

いきなり同意を求められ、レイモンドは整った眉を奇妙に歪めた。つい、ちら、とアレクシア達二人に視線が向いたのは、本能だから仕方ない。直ぐ様視線はずらしたが、物凄い目で女二人に睨まれた。

「そんなことより」

台所を借りて食事の支度をしていたディクトールが配膳を手伝えと鍋の縁をカンカンとお玉で叩いた。
四人座れば一杯の簡素なテーブルに、いっぱいの料理がならぶ。

「遠慮せずに食ってくれ。作ったのはワシじゃあないがな」

と豪快にダンカンが笑う。
ダンカンとガライ二人の一週間分の食料だと言う。惜しみ無く提供されたそれらで、ディクトールが作ったのは干し肉と根菜の入ったシチューと蒸かした芋、小麦粉を捏ねた生地を焼いた平たいパン。夜営でディクトールがよく作るものだ。違うのは、そこに湖で捕れた魚の焼魚が並んでいることくらいか。
アレクシア達は勿論遠慮なく平らげた。
普通に腹が減っていた。丸一日殆ど飲まず食わずだったのだ。
一行の気持ちよいほどの食べっぷりに、ダンカン自身はにこにこと白湯を飲んでいる。テーブルの上の皿があらかた空になると、ダンカンはガライに食器の片付けを言いつけて、さて、とテーブルの空いた隙間に拳ほどの大きさの布袋を置いた。

「食料の買い出しに言ってもらわんとな。外の船を使ってくれ。ここから」

す、と北東を指差す。

「四半日も歩けばラダトーム城だ。ガライを案内に連れていってくれ。ここのことは道々ガライに聞くといい」

袋の中身はコインだろう。ダンカンに促されるままに中身を改めてみると、そこには見たことのない刻印を押された硬貨が入っている。

「アレフガルドの硬貨だよ。お前さんがたの持っている硬貨は置いていきなさい」

にこりと、人のよい顔で野太い指がつき出される。アレクシア達は顔を見合わせ、無言でどうするかと視線をやり取りさせたが

「持っていても仕方ないだろう」

尚も促されて財布の中身をアレフガルドの硬貨と取り替えた。お陰でアレクシアの財布は随分と軽くなってしまった。初対面の人間をこうも簡単に信用して良いものかとも思ったが、他に頼るべき情報もない上に、食事と着替えを世話になった代金だと思えば高すぎる事もない。

「んだら、行こっかね」

皿を洗っていたのだとばかり思っていたガライが、すっかり旅支度を整えて戻ってきたのはアレクシアがアレフガルドの硬貨をしまっている最中で、ガライに急かされる格好でアレクシア達はダンカンの小屋を後にした。
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