ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編4)
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56.新天地
死臭漂う神殿に入って奥へ。
大穴を封じていた石材は内側から破壊され、アレクシア達の行く手を阻むものは何もない。奈落を思わせる暗い大穴からは、時折コオオオと生き物のような唸りが響いてくる。
「……」
深淵を覗き、アレクシアはこくりと喉をならした。底など見える筈もない。見えていたら、逆にその深さに飛び込もうとは思わないだろう。
僅かな光も届かない。真なる闇。
いつのまにかアレクシアの袖を、元から白い頬をより白く凍らせたリリアがつかんでいた。細かく震えるその細い肩を抱き寄せて、無理矢理に笑みを作った。
「ひきつってるひきつってる」
からかうように指摘されて、むっとする暇もなく、アレクシアの肩に腕が回された。リリアを抱くアレクシアごとレイモンドが二人に腕を回す。反対側からディクトールも腕を回して、男二人で女二人しっかり挟んだ格好だ。
「行くか」
「うん。行こう」
四人は一度、顔を見合わせ頷いた。
「いち」
「にの」
「「さんっ!」」
呼吸を合わせて床を蹴る。ディクトールの足は、無意識に床から離れるのが一瞬遅れた。それでもしっかりと腕を回しあっていたから四人は一斉に落ちた。
落ちている。
「きゃあああああ」
背中を走るなんとも言えない悪寒に肺の中の空気を全て出しきって、尚も悲鳴を上げた。こんなに長い落下なんて経験がない。毛穴という毛穴から脂汗が滲み出て、正気も一緒に出ていってしまいそうだ。もうだめだ。気が変になる。浮力を求めて手足をばたつかせようにも、両手は互いに繋いでしまったから自由にならない。自分でもよくわからないことを喚いていたところで、足が、地面についた。
「………え?」
そのまま膝をついて、ぺたんと座り込む。頬にはリリアの髪。抱き付いて泣きべそをかいているらしい。背中に誰かの温もりも感じる。おそらくディクトールだが、なにも見えない。
「着いた? どこに?」
「急に立つなよ。今、明かりをつける」
アレクシアの向かいで気配が動いた。背中を被っていた気配も動いて、少し離れる。
「レミーラ」
レイモンドを中心に、熱のない明かりが点る。ひとまず四人、全員揃っていることにほっと息をつく。
「ぷっ、ひどい顔よ」
「リリアだって」
目の前の、汗と涙と鼻水で大層残念な顔を袖でぬぐい合う。腕を動かすと、必要以上の力を込めてしがみついて居たのだろう。身体中の筋肉が強張って痛んだ。
立ちあがり、ゆっくりと体をほぐしながら周囲のようすを観察するが、闇が濃すぎてレミーラの光が及ぶ外は何も見えない。光が及ぶ範囲にも特にこれと言ったものはなく、真っ平らな地面があるだけだ。
「冷たっ」
少し落ち着いてくると、衣服の冷たさに震えた。そのはずだ。踝まで水がある。そんな場所に座り込んでいたのだ。汗もかいたし、このままでは風邪を引く。とはいえ火を焚こうにも水辺を離れなくてはなんにも出来ない。
「そこに何かあるな」
<鷹の目>を唱えていたらしいレイモンドが、闇の彼方を指差して言った。
「何かってなんだよ」
いつかもこんなやり取りをしたと、アレクシアの口許に笑みが浮かぶ。
「建物だな」
こちらも覚えがあったのだろう。答えるレイモンドもわずかに笑った。
「ここに居ても仕方ない。行ってみよう」
各々頷いて、レイモンドを先頭に歩き出す。歩いているうちに色々忘れていた感覚が戻って来たようだ。経験のない落下が及ぼしていた影響は大きかったようで、これまで冷静な判断が出来なくなっていたのだと、今更ながらに痛感した。近付いてくる気配に舌打ちしても仕方ない。そう、今更なのだから。
暗闇にたったひとつの光源。見付けてくれと言わんばかりではないか!
近付いてくる気配は二つ。
敵意があるようには感じない。向こうもこちらを伺っているようで、赤い松明の明かりがちらちらと動いている。
「おおぅい。人間かぁ? 魔物だったら返事しなくていいぞ〜」
緊張感のない間延びした声。若い男の声だ。
アレクシア達はどうしたものかと顔を見合わせたが、状況がどう転ぼうがこちらに手札が何もない以上引くしかない。言葉が通じるだけで奇跡だ。
「人間だ」
はっきりと声を張り上げたアレクシアの応えに、松明の男は驚いたようだ。バシャバシャと水を跳ね上げながら乱れた足音が近付いてくる。
「ああ、こら! ガライ!」
先程とは別の、中年期の男の声。松明の明かりが近づいて、レミーラの光の中に、男が一人現れた。
「お、女だぁ!」