ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編4)
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63.マイラ

 温泉街というだけあって、マイラに近づくにつれ、嗅ぎ慣れない硫黄の匂いが強くなる。ジパングの火山で嗅いだものに似ていると、ガライを除く4人は複雑な表情をした。
 誰も口にはしないが、その胸中にはスーの開拓村で別れた友の姿が浮かんでいる。片腕を無くし、それでもアレクシア達の旅の為にと我が身を顧みずにイエローオーブを手に入れて投獄された男。セイは、彼は今どうしているだろうか。
 特に口数の減ったリリアを心配して、ガライはいつもの倍リリアの周りをウロウロしている。竪琴を掻き鳴らしてみたり、芝居がかった様子で話しかけたり、とそんなことをしていれば娯楽に飢えた町の人々が集まってくるのは当たり前のことだ。
 もはや習慣となった、町にくれば始まるリサイタルだが、その度にガライの演奏の妙技と歌声にほれぼれする。いつの間に仕込んだのか、胸元から取り出す薔薇の造花にも毎度驚かされる。

「いやぁ、素晴らしい歌だ。あなた方のお連れさんだとか。こちらにはいつまで逗留されるご予定で?」

 手揉みでも始めるんじゃないかという雰囲気で店主がアレクシアたちのテーブルに酒と料理を運んでくる。ガライのお陰で店はここ数年ではなかったほどの賑わいだ。「酒樽が空になりそうですよ」とワハハと笑う。

「それはご迷惑を」

 真面目に受け答えしたのはディクトールだ。

「旅の途中なので、あまり長居するつもりはないんです」
「このご時世に珍しい。どちらまで行かれるんですか」

 マイラを訪れる人々は大抵がマイラで湯治をして帰ってゆくので、ここからさらに旅をするという若者たちを、店主は心底驚いたというふうに見た。

「失礼ながら…」

 女子供と吟遊詩人が、魔物の跋扈するアレフガルドを旅するなど、正気の沙汰とは思えないだろう。剣士風のレイモンドにしても、貴族の御婦人の寝屋を仕事場にしていると言われたほうがしっくりくる。

「神官様の巡礼の道かなにかで?」

 その割に護衛の神官戦士も居ないようだがと、店主は心底怪訝そうだ。

「いや、あの」

 大魔王討伐の勇者様御一行、と宣言できるほどアレクシアの顔の皮は厚くない。

「父親を、探しているんです」

 嘘ではない。

「お父上を?」
「はい。オルテガと言う異国の戦士です。一年半ほど前にラダトームから旅立ったそうです」
「あたし、その人覚えてるよ」

 隣のテーブルに酒を届けに来ていた女給だった。

「凄いいい体でさぁ」と、力瘤を作る真似をした。その後も頻繁に湯治に来ていたが、ここ半年ほどは姿を見ないという。

「どこへ向かうとか、何か探しているとか、聞いてないか」

 思わず身を乗り出して娘に詰め寄りそうなアレクシアを片手で制して、レイモンドが問う。「あら、こちらのお兄さんもステキ」などと呟いて、女給は強引にレイモンドとリリアの間に割り込んだ。困り顔の店主をしっし、と追いやって、テーブルに置かれていた空いたカップに勝手に酒を注ぎ始める。

「こぉんな火傷があってね」

 と、肩から腹にかけて手を滑らせる。なぜその痕を知っているのか尋ねるのは野暮というものだ。ディクトールとリリアが目配せして、リリアがアレクシアをガライの歌う席の前へ連れて行く。親の情事など聞きたくないだろう。
 なぜだとゴネるアレクシアの後ろ姿を見送りなから、女給はそっとレイモンドの耳に唇を寄せた。

「ねぇ、あのコ本当にオルテガさんの子供なの?」
「そうですよ」

 ラダトームの女中にも同じようなことを言われたなと首を傾げつつ答えたのはディクトール。

「なぜそう思うんだ?」

 女給の注いだ酒を一口飲んで、レイモンドはアルコールの強さに眉をしかめた。水差しから水を注いで薄める。同じ酒をパカパカ開けている女が信じられない。ディクトールの前にも水差しをまわす。

「えー、似てないし。年齢があわないでしょ」
「俺はオルテガを見たことないからわからんが」
「せいぜいが三十を少し過ぎたかってところよ?」

 男の人ならそれもありなのかしら、と指折り数えながら首を傾げる。
 レイモンドの無言の問に、ディクトールが首を振る。実際の年齢はわからないが、三十ということはないだろう。別人なのではないだろうかと、オルテガの特徴を訊ねてみるが

 アリアハンから来た
 大きな火傷痕のある
 黒髪の、体格の良い壮年の男

「イイ男よ」と女給は何度も主張した。あんたもイイ男ね、とレイモンドの腕に自分の腕をギュッと絡ませてくる。容姿の特徴については、正直あてにならない。実物を知るディクトールにしても、子供の頃の記憶だ。

「温泉には行った? まだなの? そこでも聞いてみたらぁ? 馴染みの薬師がいたはずよ」
「そうか、助かった」

 ニコリ。自分の顔の良さを最大限有効利用した笑顔を向けると、腕に絡んだ女の手をやんわり外し、レイモンドは席を立った。ディクトールも同じタイミングで席を立ち、店の支払いを済ませる。様子を窺っていたアレクシアと目があったが、宿で待てと男二人だけで酒場を後にした。
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