ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編4)
17ページ/21ページ

3

 気を失っていたのかもしれない。
 この短時間のうちに、こうも度々視界が奪われることになろうとは。命がいくつあっても足りないところだ。
 とはいえ幸運にもレイモンドはまだ生きている。おそらくは、だが。
 なぜ曖昧なのかといえば、ふわふわと体が浮いているような、地に足がついていない、夢のような感覚にとらわれているからである。
 それでも現実だと感じていられるのは、腕の中に別の鼓動を感じているからだ。
 腕の中の少女はーーそう、少女だ。線の細い、眩い金色の髪をした美しい少女。見た目は異なるものの、この少女がアレクシアであると、レイモンドは確信している。アレクシアの容姿が変わっているという事は、おそらく自分も変わっているのだろう。そう、アッサラームや世界樹で見た、あのときの姿に。

「ロト」

 岩だと思っていたものは、人の形をしていた。今では光の中で柔らかな輪郭を明らかにしている。

「ああ、ようやく出会えた」
「あなたは?」

 自分の発した声が自分のものではない。まるきり他人の声だ。姿形が変わっているのだから当たり前なのだろう。これが彼の声なのだ。かつての自分自身の。

「私は精霊サルース。精霊神ルビス様に仕えるものです。愛し子よ。我が加護を与えましょう」

 精霊の手に金色の杯が現れ、その杯から蒼く輝く水がレイモンドの頭上に注がれた。泉の湧水に似た水はレイモンドの大地の鎧を覆う。すると鈍色をしていた大地の鎧は、蒼い金属の光沢を帯びるようになった。

「エルシア、あなたにはこれを」

 水はアレクシアの胸元で結晶化し、アリアハンから旅立つときに母親から贈られた首飾りに青い宝石のチャームが加わる。そっと触れると、そこから暖かな熱が伝わるようだ。癒やしの魔力が込められている。

「大魔王ゾーマの力によってこの地の創造主たる精霊神ルビス様は石にされてしまいました。ルビス様のお力が段々と弱くなって行くのを感じます」

 そう言うとサルースの輪郭がぼやけ始めた。精霊を覆っていた光がどんどん弱まり、泉の水も光を失って行く。

「お行きなさい。早く。笛が貴方方を母なるルビス様の元へと導くでしょう」
「どういう…」

 ことだ、とロトであったレイモンドが言い終わる前に完全に光が消え、精霊は再び岩になってしまった。レイモンド達の姿も元に戻っている。
 やはり夢でも見ていたのかと、レイモンドとアレクシアは互いに顔を見合わせた。とても近い距離で。

「あっ!」

 抱き合っている事に今更ながらに気が付き、弾けるように離れた。アレクシアが押しやったレイモンドの鎧が青い。夢では無かったのだ。
 岩に姿を変えているサルースと名乗った精霊を、アレクシアは知っているような気がした。正確には知っているのはエルシアの方だ。彼女達は精霊神ルビスの宮殿に仕える精霊だった。エルシアは世界樹の実の力で受肉したが、他の精霊たちは人間の世界では実体を持たない存在だったはずだ。そんな不安定な存在が一時的とはいえ実体化し、魔力の結晶とも言うべきものを2つも残した。魔力が一切使えないこの空間で。それがどれだけ異質なことか、考えるまでもない。
 つい先程まで光を放っていた癒しの泉も、今はただの清水になってしまっている。

「笛…?」

 背嚢の一番下にしまい込んだ山彦の笛が思い浮かぶ。思えばオーブへと導くこの笛の音は、精霊神ルビスの力に反応するようにできているのではないか。ガサゴソと荷物をあさり、山彦の笛を取り出しはしたものの、アレクシアには、すぐに笛に息を吹き込むことは躊躇われた。かつてこの笛を吹き、訪れた惨劇は忘れられない心の傷となっている。
 じっと笛を見つめているアレクシアの手から、レイモンドは何も言わずに笛を取り上げた。

「あっ」

 何も言うなと目くばせをして、レイモンドは山彦の笛に息を吹き込んだ。
 軽やかな音色が流れる。
 アレクシアとレイモンドの目には、旋律が光の粒子となって流れていくのが見えた。はぐれないように、どちらともなくしっかりと手をつなぎ、音の流れを追いかける。
 暫くすると薄ぼんやりと光が見えてきた。淀んでいた空気にも、湿った雨の匂いが混ざってくる。外だ。

「アル! レイ!」

 泥濘みを跳ね上げながらリリアが駆け寄ってくる。その後ろに、ディクトールとガライの姿も見えた。

「よかった! 無事だったのね!」
「リリアも」

 駆け寄るリリアを迎えるために腕を上げようとして、繋ぎっぱなしだった手に気づく。慌てて離したが、どうやらリリアにはばれているようだ。

「なぁに? 何があったの?」

 にやにやとからかい顔のリリアに、アレクシアは慌てたが、レイモンドは表情1つ変えずに、後ろのディクトールたちにも聞こえるような大きさで、はっきりと「精霊の碑があった」と伝えた。
 結局、洞窟に入ってきたときと同じ場所で休憩を取りながら、お互いに離れていた間の出来事を報告しあった。

「精霊神ルビス様だぁ?」

 レイモンドの話を聞いて、素っ頓狂な声を上げたのはガライだ。
 上の世界からやってきた、なにやら事情がありそうな一行が、この世界を支配する大魔王ゾーマを打倒する為に旅をする勇者一行、ということは知っていたはずだが、自称勇者ご一行様など数年に一度はお目にかかる。
 だからアレクシア達も多少は強いのかもしれないが、まさか本物の神様の加護を受けた勇者だなどとは思っていなかったのである。

「ほほほ本物ぉ?」
「知るか」

 突きつけられた人差しを不機嫌そうに押し返す。

「眉唾でねぇのか」

 試してみたいと、山彦の笛を借り受けてガライが笛に息を吹き込むが、スコーっと空気が流れるだけで音は出ない。
 壊れているのではないかと怪しむガライに、半ば乗せられる形でレイモンドは再び山彦の笛に息を吹き込んだ。軽快な音が鳴る。ガライに言われて、その場にいる全員が同じように笛を吹いてみたが、音が出るのはアレクシアとレイモンドだけだ。
 その結果に、ガライは妙に興奮して、何度も何度も一人で頷いていた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ