ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編4)
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どうしたものかと、ディクトールは道々頭を抱えた。
メイドの家には確かにオルテガらしき男の痕跡があった。手紙にはオルテガという署名があり、オルテガが身の証を立てるようにと置いていったアリアハン国の紋章が入った飾りナイフが残されていた。
記憶を失った男がどこかで偶然アリアハンの紋章入りのナイフを拾い、どこかで聞き知ったオルテガの名前を自分の名前だと信じている、と言うこともなくはないのかもしれない。が、とてつもなく無理がある。
オルテガなのだろう。あるいはオルテガに縁のある男なのだ。メイドが必死に消息を追う男。メイドの家にいた稚児の父親は。



小一時間経って、小雨の中をディクトールが戻ってきた。

「ディ!」

じりじりとディクトールの帰りを待っていたアレクシアが、待ち兼ねたとばかりに席を立つ。

「や、やぁ。待ってなくて良かったのに」

アレクシアが待たない筈もない。わかりきったことを口にするディクトールに、レイモンドはおや、と片眉を上げた。

「濡れ鼠だよ。参ったな。アル、皆、待っていてもらったのに悪いけど、僕は部屋に下がらせてもらうよ。女将さん、お湯をお願いできますか」

カウンターの奥に声を掛けると「あいよ!」と小気味良い返事があった。ディクトールは濡れた外套の水気を払うと、いかにも寒そうに二の腕を擦ったので、アレクシアはそれ以上なにも言えない。「ああ、うん…。風邪引かないでね」とディクトールを見送り、すごすごとテーブルに戻ってきた。

「わたしも、もう休もうかな」
「…そうね。また明日」
「ああ」

明日こそは早く起きて出発もしくはその算段をつけようと、四人は各々の部屋へ戻っていく。あきらかに肩を落としているアレクシアの背中にレイモンドとリリアは顔を見合わせ、乗り気はしないが仕方ないと、頷いたリリアがアレクシアの後を追いかけた。


アレクシアに少し遅れてリリアが部屋に戻ると、真っ先に目に入ったのはベットに背中を丸めて腰掛けるアレクシアの姿だった。両手で顔をおおって、はぁぁ、と長い溜め息を吐いている。

「…反省してる」

理由を聞くより早く、そう言った。

「無理もないわよ」

死んだと思っていた父親が生きていた。国中の人間が尊敬する勇者である父親が、だ。そうでなくても、異国の、否、異界の地で同郷人がいるとなれば大抵の人間は興味を持つし会いたいと思うだろう。幼い頃に生き別れた父親なら尚更。
リリアはアレクシアの隣に座って、いつもより小さく感じるその体を抱き締めてやった。

「無理もないわよ」

それから唇だけで、「私だって、会いに行くもの」と呟いた。



日照時間が短くなってから、燃料費は年々高騰している。部屋までお湯の入った手桶を持参した下女に代金を支払ってディクトールはお湯で体を拭いた。桶の中のお湯が冷めてくると、メラで熱した石を入れて沸かし直す。

「それ、便利だなや」

耐熱性の高い煉瓦や陶器を熱してやれば、放射熱で部屋も暖まる。メラは初級の魔法だから、小さな火の玉を短い距離飛ばす程度ならば、学べばほぼ誰でも使えるようになる。ガライがしきりに感心して教えてくれとせがむので、ディクトールは困惑した。教えるのはやぶさかでないが、少し待ってもらえないかとこれ見よがしに濡れた衣服を絞る。

「レイは? レイにも使えるだか?」
「使える。が、やり方を教わったことがないから、俺には教えてやれない」
「何だって?」

ディクトールは目を剥いた。レイモンドはディクトールの扱う魔法の殆どを使えるし、神殿や学園で教えないような魔法も使う。彼が魔法を使えることは知っていたが、そう言えばどうして使えるのかなどという話はこれまでしたことがなかった。ディクトールもアレクシアも、そして恐らくリリアも、師について学び、基礎を理解してからは魔道書を紐解き研鑽を深めて魔法を習得してきたのである。

「習ったことがないって…ならどうやって?」

殆ど独白に近い呟きに、レイモンドは肩をすくめる。そして掌をガライの前に差し出すと「メラ」を生み出した。掌の上で小さな赤い炎が安定している。その炎はレイモンドの手を焦がすこともない。これまでは簡単な魔法だから呪文を省略しているのだと思っていたが、どうもそうではないようだ。

「いや、でも、呪文を唱えてから使う魔法もあったような?」

ほとんど独り言のその言葉に、レイモンドは「ああ。その手のやつはギルドで習ったのもあるが、大抵はお前らの真似だな」と答えた。

「真似…」

ディクトールが絶句していると

「出来た!」

とガライが掌の上に小さな魔法の炎を灯していた。

「これか! これがメラってやつだな?」
「あぶねぇな」
「おおっと、すまねぇ」
「マホウって便利だな。おっもしれぇな! もっとあるのか? 教えてくれよぉ!」
「ああ、今度な」
「ほんとだな。明日からだぞ。絶対な!」

子供のようにとりすがってせがむガライに、「はいはい」と適当に頷いて、レイモンドは部屋の中に濡れた衣服を吊るす為のロープを張った。
ディクトールがすっかり着替えを終えて、ロープに服を吊るし終えると、「さて」と三人は真面目な顔で向かい合う。

「いない方がいいなら出てるけんども?」

ガライが気遣いを見せた。ディクトールはまだ迷っている。ガライに話せる当たり障りのない話なら、さっき下で話せたはずだとレイモンドは不審に思うだろう。そんなディクトールを見透かすように、レイモンドはディクトールの肩を叩いた。

「言っちまえ。どう繕ったところで隠し事をしているのはアレクにだってすぐばれる」

確かにそうだと、ディクトールは観念して見てきたことを全て語った。
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