ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編4)
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ガライを送る。そうと決めたものの、昼前から雨が降り始め、すぐに雷雨となった為、アレクシアたちはそのまま宿屋に逗留することになった。
店主や他の客にせがまれたガライが竪琴を奏で始めたので、あれよあれよと人が集まり、雨だと言うのに一階の食堂はすぐに一杯になってしまった。
酒を片手に歌い踊る人々の中に、気づけばリリアも混ざって踊っている。
ディクトールはたまたま食事に来た僧侶とカウンターで意見交換を始め、歌よりは講義、という人々と一角で盛り上がっている。
リリアやディクトールのように、歌にも躍りにも講義にも、これといって興味を持てなかったアレクシアとレイモンドの二人は、食堂の隅へ追いやられ不景気な顔で温いエールをちびちびと舐めていた。時折、予言の勇者はどちらだと、戦士風やラダトームの有力者だという恰幅のよい男や、媚を売りたい女や、ただの興味本意の町人がやって来たが、二人の明らかに歓迎していない態度にそそくさと去っていく。

「良くないんじゃないか。ユーシャサマがそんな態度は」

レイモンドの放ったピーナッツの殻が、テーブルにうつ伏せているアレクシアの顔のすぐ側で跳ねた。ムッと顔を上げて、その殻をレイモンドに投げつけ返す。

「わたしじゃない」
「あ?」
「勇者はわたしじゃない」

アリアハンではオルテガの子供だからと遺志を継いで旅立った。それが自分のすべきことなのだと子供の頃から信じて疑わなかったし、皆が言う「勇者」は自分なのだと信じていた。しかしその旅の中でレイモンドと出会った。バラモスを倒すことができたのだって、レイモンドが居たからかもしれない。一人で成し得ることなど到底無理だったことは確かだし、二人の前世を思えば勇者はレイモンドだろう。
不機嫌そうなアレクシアの言外で言わんとすることを理解して、レイモンドはアレクシア同様つまらなそうに鼻を鳴らした。

「どっちでも良い」
「そもそも勇者ってなんなんだよ」
「俺が知るか」

それきり二人とも黙々とジョッキを傾けた。レイモンドが四杯、アレクシアが三杯目を頼んだ頃だ。

「あのぅ…」

ひどく控えめな、女が一人立っていた。少し前から、女がそこに立っていることには気づいていたのだ。ただ、兎に角虫の居所が悪かったので無視していただけで。

「あの、すみません」

ジョッキに口をつけたまま、アレクシアはレイモンドに視線をくれた。お前の客だろう、呼んでいるぞ、と。
レイモンドの方はアレクシアと女をちらりと横目で見たきりツマミを剥くのに忙しい。

「あの! アリアハンから来たと言うのは、あなた方ではないのでしょうか?」

女としては精一杯声を張り上げたのだろう。それでも回りの喧騒にかき消されそうな大きさだったが、面倒臭そうにアレクシアとレイモンドは同時に女を振り向いた。

「あ、あの…」

もじもじと握り締めた手を擦り合わせる。20代中頃と言ったところだろうか。とりわけ裕福そうには見えないが、生活に困窮している程でもない。と言って、炭や土仕事で荒れた手をしている訳でもない。酒場の女という訳でもなさそうだ。

「…なにか?」

面倒くさい。酩酊感も手伝って、人の相手をするのが兎に角面倒に感じられた。
それでも一応は、体ごと女の方に向き直り、隣の席を勧めてやる。
女は、ほっと安堵した表情を浮かべて一歩二歩と近づきはしたが、アレクシアの隣へは腰掛けず、立ったままで話始めた。

「不躾に申し訳ありません。私は城働きをしているエレマと申します」

アレクシアもレイモンドも、へえ、とも言わずにエレマと名乗った女の話を聞いている。女の話の終着点が見えない以上は、ただ黙って話させるのがいい。

「昨日、王様の所に居らしたとき、オルテガ様の事を聞いて回っていたと耳にしました」

ガタっ!
一瞬、回りにいた人々が振り替える。アレクシアが立ち上がった拍子に椅子が倒れかけた。倒れなかったのはレイモンドが足で引っ掻けて起こし直したからだ。

「アレク」
「あ、うん…」

顔を蒼白にして立ち尽くすアレクシアの腕を引っ張って、レイモンドはアレクシアに座り直すように促す。アレクシアも子供のように素直にそれに従った。浅く肩で呼吸しているアレクシアが伸ばした手に、エールのジョッキではなく水の入った小瓶を握らせてやると、それが何か分かっていないのだろう様子でグイっと勢いよく喉に流し込んで噎せた。
アレクシアの先程までとは明らかに違う様子に、エレマは戸惑いながら噎せるその背を擦ってやり、

「オルテガ様の事をご存じなのですか?」

と、彼女の顔を覗き込むように問うた。

「オルテガは」

まだ少し咳をしながら、アレクシアはエレマの瞳を正面から見据えて言った。その瞳からは酩酊感はすっかり消えている。

「オルテガは私の父です」
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