ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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50.バラモス

 人を威圧する目的以外の何物でもない悪魔の頭を模した城門を潜ると、鬱蒼と木々の生い茂る庭園が広がっていた。木々が日の光を遮るからか、屋外だというのに薄暗い。石を敷き詰めた幅広の道を辿れば、すぐに城の広間らしき場所に出た。人の背丈ほどもある灯台にはひとりでに火が灯る。罠だと言わんばかりだが、明かりに導かれるまま、赤い絨毯の通りに進めば、玉座の前まで辿り着く筈である。人の城ならば。

「まぁ、そう簡単には行かないよな」

 ネクロゴンド城の主が人間であった時からこういう造りだったのかはわからない。行く手を阻む煉瓦の壁に、一同は落胆も露に溜め息を吐いた。
 と同時に、入ってきた大扉に獣の顎を閉じたかのように格子が下りて、灯台の炎の中からゆらりと魔が滲み出た。
 緑色の衣を頭からすっぽりと被り、赤い目だけを覗かせている。修験者のように見えなくもないが、人間だと言い張るにはすこしばかり大きすぎた。緑色の魔物は4匹。アレクシア達をぐるりと取り囲み、聞きなれない言葉で何事かを唱えた。すると緑色の魔物の前にそれぞれ薄青い竜が現れる。美しい竜だった。こちらに向けてカッと口を開き、氷のブレスを吐き掛けて来さえしなければ。

「くそっ!」

 一方向からのブレスなら、盾を構えて凌げもしただろうが、四方を囲まれては互いに背中を守るだけで精一杯だ。盾を持たないリリアは諸に氷を被ることになり、悲鳴すら氷の中に飲み込まれる。

「痛い! 寒い!」
「リリア!」

 吹雪に視界が遮られて、アレクシアの背後にいるリリアの様子をうかがい知ることは出来ない。僅かに遅れてディクトールのフバーハがかかって、ようやく視界が回復する。

「やってくれたわね!」

 霜焼けに打撲と切り傷。乙女の柔肌に傷が残ったらどうしてくれるのかと息巻いて、リリアが放ったベギラゴンが竜達を焼いた。天井すれすれまで飛翔してベギラゴンの火線をかわそうとした個体もいたが、レイモンドのメラミに狙い落とされる。床で蛇のような長い体をくねらせ、再びブレスを吐こうと口を開いた竜には、アレクシアの斬撃が待っていた。
 一瞬で竜の囲みを崩した4人は、もう後手には回らない。

「神の祝韻、唱うるを能わず!」

 緑の魔物が次の術を唱えるより早く、ディクトールのマホトーンが魔物たちの呪文を封じた。発動しない術に狼狽する魔法使いなど、手練れの剣士の敵ではない。一瞬で間合いを詰めたアレクシアとレイモンドが、一太刀で魔物をまっぷたつに切り裂いた。アレクシアとレイモンドがそれぞれ二匹の魔物を片付けている頃、リリアのベギラゴンが竜の生き残りを片付けている。魔法を封じられた魔物は鋭い爪を振るって来たが、アレクシアとレイモンドはこれを難なくかわして魔物に止めを刺した。

「リリア、大丈…ぶ?」

 ベホイミを唱えようとしたアレクシア自身を、ぽう、と癒しの力が包む。レイモンド、リリア、ディクトール自身をも、同時にその力は及んだ。

「ディクトール?」

 何をしたのだと、訝しげに振り替えると、ディクトールは自分でも驚いている様子で肩を竦めた。

「ベホマラーを試してみたんだ。自分でもうまくいくと思わなかった」
「ベホマラー?」

 鸚鵡返しに訊ねたアレクシアに、ベホイミの同時行使だとディクトールは説明する。ダーマ神殿で学んだ理論で、ギラを増幅させたベギラマやベギラゴンと同様の増幅魔法理論の応用だと言うが、回復魔法の増幅は攻撃魔法のそれに比べて格段に難しく、ベホマラーの使い手はベホマ以上に少ない。
 ここで魔法理論の講義など聞いていられないので、まだ喋りたそうなディクトールは放っておいて先に進むことにした。といっても行き止まりなので引き返すことになるのだが。
 階段を上がったり下がったりを繰り返し、魔物が潜む広い城内を一日中歩き回った。暗闇の中手探りで隠し通路を見つけ、辿り着いたのは魔法障壁で封印された広間だった。玉座の間だったのか、豪華な牢獄であったのか、広間の上座には玉座があり、白い骨を覗かせた遺体が座っていた。

「魔王≠ネんて言うんだから、玉座にふんぞり返っているものだと思ったんだが」

 椅子の回りを一通り調べて外れだとレイモンドは首を振る。

「別の場所にいるんじゃない?」

 まだ行っていない場所があるはずだと、リリアが言うと、レイモンドは懐から4つに畳んだ紙を取り出して広げて何やら書き込むと「そっちにスペースがあるはずなんだ」と南の壁を指差した。

「ここ?」

 壁は青い魔法の光に覆われている。不用意にさわれば雷に打たれたように激しい衝撃を受けて弾き飛ばされるだろう。

「見えざりし力、マナよ変じよ。我らを守る障壁となれ」

 心得たとばかりにリリアがトラマナを唱えて壁に触れると、魔力の光は消えて扉が現れた。扉は独りでに音もなく開いて、一同は霧萌える月夜の庭園へと足を踏み出した。
 辺りをぐるりと見渡すと、池の真ん中に怪しいと言わんばかりの離島があり、地下へ階段が続いていた。
 四人は顔を見合わせて頷き合うと、ランタンを翳しながら階段を降りていった。今、狭い階段の上と下から魔物に襲われたら、と嫌な想像に駆られたが、幸運なことにそんな事態には陥らなかった。代わりに長い階段を降りきった一同の前には、腐敗臭に似た刺激臭を放つ巨大な魔物が姿を表したのだった。
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