ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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 翌朝、といっても昼近くになってようやく起き出したアレクシア達は、丸一日寝ていたのかと驚いた。それほどに窓の外は暗く、霧のような細かい雨が日の光を遮っている。この天候ではと出掛ける気持ちも萎えて、誰が言うでもなく食堂に集まった。
 食堂には既に、同じように仕事にならないと諦めて、昼間から休んでいる村人で賑わっている。宿の主人は料理と酒を運びながら客との会話に加わっていたが、アレクシア達の姿を認めるや頼んでもいない酒と料理を持ってきて、珍しい話はないかと、にこにこ顔で話しかけてきた。旅人など滅多に来ないのだろう村人にとって、アレクシア達余所者は居るだけで話題になるのだろう。どこにいっても大抵はこういう扱いを受けるので、アレクシア達も慣れたものだ。といっても、相手をするのは専らレイモンドなのだが。
 レイモンドは陶器の碗を打楽器にして拍子を取りながら、声を高く低く大海原での海王クラーケンとどのような死闘を繰り広げたとか、氷の大陸がどんなところであるかなど、若干どころかおおいに脚色して語る。
 聞いている方も大人だから、ある程度盛っているのだとは理解しつつ、それでもレイモンドの話に聞き入った。アレクシア達でさえ、よくそこまで脚色出来るものだと呆れながらも、話法の見事さにはいつも関心させられるのだ。

「本当になにをやらせても…」
「嫌味な男よね」

 むすりと言ったのがリリアだったのが意外だったのと、昨日の今日で軽口を聞くまでになったのが嬉しくて、アレクシアはくすりと笑う。

「ディもそう思…」

 同意を求めて見た幼馴染みは、酒にも料理にも手を着けず、ぼんやりとテーブルのただ一点を見詰めている。

「ディクトール?」

 肩を揺すられて初めて、ディクトールは自分が話しかけられていたことに気付いたようだ。

「大丈夫? 疲れているみたいだ」
「ごめん。少し考え事」
 取り繕った笑顔に、アレクシアの表情がさらに曇る。

「今日はどうせ出掛けないし、ゆっくり休むといいよ。なんなら明日だって休んだっていい」
「アル」

 息を吐くようにディクトールは笑った。駄々をこねる子供をなだめるように。

「そんなこと言ってたら、いつまでも出発出来ないよ」
「あら、賢者さまは1〜2日休んだくらいじゃどうにもならない位お疲れってこと?」

 身を乗り出してにやりと笑うリリアに、「そ、そういう訳じゃないけど」と慌てて否定する。いつも通りのやり取りに、アレクシアはほっと小さく息を吐いた。
 昨日のリリアの取り乱し様から、立ち直るのには何日もかかると思っていた。表面上だけだとしても、強がりでも、そうするだけになってくれたことが嬉しい。
 人間なのか判らないような自分に、それでもついてきてくれる幼馴染みの、いつもと変わらぬ様子が嬉しい。
 こんな関係がいつまでも変わらなければいい。こんな生活が終わらなければいい。
 旅が続いていさえすれば、自分が何者なのか、父や母の事から目を背けていられる。
 いつも通り。
 気心の知れた仲間。
 気を置かないやり取り。
 そんな日々が続いたなら、どんなに楽しいだろう。
 アレクシアをオルテガの子供だと特別な目で見る人のいない、期待されない日々。
 過去に何度望み、否定してきたかわからない。
 それは自分をも否定することで、オルテガの子ではないアレクシアなど、アレクシア自身が知らない。それは奇妙に魅力的で、とても怖いことだったから。

「アル?」

 そっと肩を揺すられて、アレクシアは慌て笑みを作った。

「アルこそ疲れてるんじゃないの?」
「そんなことは…」

 ないといいかけて止めた。疲れていないわけがない。みんなだってそうだ。アリアハンを旅立って二年。否、もう直に三年になる。長い旅だったなと感想を抱いて、過去形にしていることにおかしさが込み上げてきた。

「ふふ」
「ちょっと、なによ? どうしちゃったのこの子は」

 気持ち悪いと言いながら、リリアが腕をアレクシアの首に回す。抱きつかれてキャイキャイじゃれあっているところに、レイモンドの吟遊詩人ごっこも終わったらしい。

「何やってんだ」

 村の男達から喝采を浴びて、酒を次々注がれたレイモンドは若干赤い顔をしている。ふー、と長く息を吐いて乱暴に元の席に座るレイモンドも疲れているのだろう。いつもならば酔った様子も見せない男が酔っている。

「うん。もう一晩ゆっくり休もうって話」
「それはいいけど…」

 そんな話をするのにお前たちは抱き合わなきゃいけないのかと、レイモンドの呆れ顔が言外に物語っている。

「お前が酔っ払ってるとこ、初めて見た」
「は? 酔ってねーし」
「酔っているやつの言いそうな台詞」

 まだ首にリリアをくっつけたままアレクシアが笑う。リリアも酔っているのではないだろうか。にやにや笑ったままレイモンドを囃し立ててくる。
 こいつらに何をいっても疲れるだけだと、レイモンドはディクトールに目を向けた。困ったような優しい瞳でアレクシアを見詰めている賢者さまは、いつもの賢者さまだ。

(昨夜のあれは、なんだったんだろうな)

 いつも聖人面のディクトールの人間らしい顔。
 あんな顔もするのだと昨夜は少なからず驚いた。驚いて、好感に近いものを抱いた。本人に言えば絶対に嫌がるだろうし、今更友好を深めたいとも思わないので言わないが。
 昨夜の愚痴を思い出す限り、ディクトールは何百年に一人と言われた賢者になった天才なのに、彼には彼で悩みがあるのだ。引け目、と言うべきか。『ただの人間』が『勇者』の同行者足り得るのか、という。レイモンドはディクトールの悩みを贅沢だと感じる反面、理解もできる。自分でよいのか? という葛藤はレイモンドにも、恐らくアレクシアにもあるからだ。
 苦悩や葛藤は自分で乗り越えねば消えるものではないので、どうこう言うつもりもないが。
 そんなことを考えていたから、ディクトールの顔をじっと見ていたらしい。逆に睨み返された。肩をすくめて視線をはずしたレイモンドの前に、村人が二人立っていた。気づけば村の女達も酒場に集まっている。

「もう一発頼むよ!」
「女達が俺たちばっかりずるいってすねちまってよ」

拝まれながらどこから持ち出したのか年期の入ったリュートを差し出されて、レイモンドは押し付けられるままにそれを受け取った。やはり酔っているのだろう。文句も言わずにリュートを奏で歌い始める。アレクシアとリリアは再び顔を見合わせて、先程と同じにくすりと笑った。外は相変わらず薄暗く、しとしとと細かい雨が降り続いていた。
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